使命 2
これで目的地は決まった。問題は市役所に入る方法だ。老人の言葉をきいていると、市役所は革命の本部みたいになっているに違いない。具体的な手を考えようと席をたった瞬間、窓から飛び込んだ銃弾が老人の頭に乗ったアライグマの帽子を真っ二つに切り裂いた。老人は砕けた頭をテーブルに突っ伏してそのままズルズルと血の跡を残しながら床に倒れた。イルククたちも慌てて、窓から離れると、イリカの鼻先をマスケット銃の弾丸が飛び過ぎていった。
外は大騒ぎで、パニックを起こした人びとが建物に逃げ込んでいた。道にはひとり、革命派の兵士が倒れていて、血が敷いた石のあいだに染み入っていた。
「教会だ! 鐘つきの塔からだよ!」
と、叫んだ女が乾いた銃声の後、つんのめって倒れた。
民衆は教会の司祭を探していたのだが、司祭はどこで手に入れたのか、マスケット銃数丁とカバン一杯の弾薬を抱えて鐘つき塔に登り、そこから身分や老若男女問わず、革命支持者を銃で狙い撃ちにしていた。道をすばしこく裸足で走りまわる子どもたちは略奪者が落とした銀の聖具を拾って、サッと物陰に飛び込んでいた。銀でできているとはいっても、一般的な一家庭のひと冬の薪代くらいにしかならないが、それでも拾い集めようとする。すると、また銃声がして、赤い大きなチョッキを来た少年がひとり、ピンと真っ直ぐ立ってぶるぶる震えてから、棒みたいに倒れた。
参ったことにイルククとイリカの服装はいかにも革命を支持していそうな庶民の少年少女のものだから、居酒屋を出ることができない。さっきから見ていると、司祭の銃の腕はかなり良かった。ライフルよりも命中率の低いマスケット銃で動く的を狙って撃ちおろすのは選抜射手兵並みの技術が必要だ。
あまり意味はないかもしれないけど、とガヴルナはテーブルクロスと壊れた椅子の足で白旗をつくり、窓から出したが、すぐ銃弾が飛んできて、旗のど真ん中に焦げた穴を開けた。司祭の憎悪は降伏を許さない。それは革命支持者たちも同じで、何とか教会に入って、鐘つき塔へ登ってやろうとしていたが、入り口へ近づこうとすれば、必殺の弾丸が飛んでくる。
どう転がろうが、司祭の運命はもう決まっていた。問題はあと何人殺せるかなのだ。そのうち、ガヴルナは司祭の革命派への憎悪が半端なものではないことを知った。というのも、司祭は教会の金庫を上から投げ捨てた。すると、バカンと大きな音がして、金庫の扉が外れ、リュイ金貨が一面にばら撒かれた。
こうなると庶民だけでなく、兵士たちまで拾いに行く。弾は一発ずつ飛んでくるからなんだ、自分が当たるとは限らないじゃないか、と気が大きくなるのだが、司祭は金貨を拾いに集まった民衆の頭に銃弾の代わりに擲弾兵の爆弾を落とした。
数秒後には耳鳴りと熱を帯びた煙に閉じ込められた世界に手足がちぎれて血まみれの人間が三十人ほど転がっていた。
「ここまで凄まじい憎悪もそうそうないよ」
「エージャ。裏庭から出ましょう」
「それなんだけど、さっきボクが見たら、同じことを考えた人が三人いたらしくてね。ふたりが死んで、ひとりはあそこに」
あそこ、では痛み止めの火酒を無理やり飲まされた男が銃弾でぐちゃぐちゃになった足をノコギリで切り落とされるところだった。
「こんなところで足止めされている場合じゃない」
イリカが小さく唇を食いしばる。この子は無感情かと思ったけど、口元に感情がよく出るんだな、とガヴルナが思っているあいだ、革命軍の兵士たちは要塞の四十八ポンド砲を六頭の馬に曳かせて、通りに持ち込んだ。砲尾のネジをいっぱいに締めても、砲身は鐘楼のてっぺんを狙うことはできなかったが、塔の根元は何とか狙えたので、点火係の砲兵が火門に導火線を押しつけた。それなりに歴史もあったであろう教会の建物は吹き飛んで、ステンドグラスは粉々、鐘楼は砲兵たちのほうへ――イルククたちが覗いていた窓のそばへと倒れていった。早速、剣や包丁を手にした女将連が司祭の死体をバラバラにしようと髪を振り乱して、瓦礫を除けたが肝心の司祭が見つからない。
「空を飛んだんじゃねえのか?」
「んなことあるわけないだろ」
「おい、この鐘のなかじゃねえのか?」
見れば青銅の鐘が道に立つ形で落ちていた。すぐにどこかの材木商から持ってきた角材の大きいものでてこをつくり、鐘を持ち上げかけたが、なかから反響で大きく脹れた銃声がして、てこの指南役の踵がごっそり削り取られた。てこが折れて、鐘が落ちると、なかから礼拝の祈りがきこえた。すぐに砲兵たちが二発目の榴弾を鐘にぶち込んだ。砕け散ったブロンズがそこらじゅうに飛び散って、砲兵の半分が倒れてしまった。
「この国の王はろくでなしだったのか?」
市役所に向かう道を歩きながら、イルククがたずねた。
「大公陛下は完全無欠の理想的な君主とは言えないかもしれない。でも、民のことを気をかけ、よき君主であろうとした。要領の悪いところは少しあった。でも、性は善人だった」
「その善人の国の民衆はあんたの王の首を切断して、槍の穂先にかけたがっているようだな」
「心からの革命家はそんなに多くない」
「じゃあ、なんで民衆は革命を喜んでいる」
「パナシェの革命が影響されている」
「あのクズども」
イルククの顔が怒りでひきつった。
「あなたはなぜ、そこまで革命を敵視するの?」
「お前には関係ない」
イリカに対する二人称が『あんた』から『お前』になったところを見ると、イルククの斜めなご機嫌角度が直角へと近づきつつあるようだ。イリカはガヴルナのほうを見る。
「すまないけど、イルククが話す気がないなら、ボクからも話すことはできない」
「……まあ、いいわ。確かにわたしには関係ない。公子さえお救いできれば、それでいい」
市役所は教会とひとつの商店街を挟んだ広場にあった。その街を通りながら、イリカは赤い蝋と黒い蝋、それに一番安い印章指輪とそれなりに造りが凝った革製の書類バサミを買った。そして、熱いパンを売る屋台から熾き火をひとつ失敬すると、赤と黒の蝋を溶かして、ある手紙を折りたたんで、垂らした蝋に印章を押しつけて封印をした。
「その手紙、中身はなんだろう?」
「さっき、男からスッたものよ。アリアという女性から届いたもので、あなたとはやっていけないこと、二度と会いたくないことが書いてあった」
三行半の悲しき手紙は書類バサミに入れられた。




