侵攻 13
刃を立てると、敵は自分の突きの勢いで、自らイルククの小太刀に突き刺さりにいった。剣のねじって抜き、首を打つと猟兵の首が鮮血を引きながら坂を転がり落ちていった。
イルクク隊が相手にしているのは普通の歩兵とは違った。
森に溶け込みやすい緑の軍服にイバリノミのように顔を隠し、短銃身のカービン銃と二本の剣を巧みに操る猟兵であり、ランカの戦士たちのような遊撃隊を狩るための専門の訓練を受けてきたものたちだった。
トゥーシとリクニは銃撃にさらされ、既にこと切れ、ひとりの猟兵がカービン銃を手にムータへ走り寄った。猟兵は撃つかわりに銃を投げ、ムータはそれを手で受け取ってしまった。イルククが叫んだときには時すでに遅く、がら空きの胴へ剣が繰り出され、ムータは虫のように刺し貫かれた。
イルククがその猟兵へ斬りかかると見せかけて、柄頭を顔に叩き込む。虚を突かれた猟兵は剣で薙ぎながら後ずさりするが、そのころには背後にまわったイルククの刃が腹を突き破り、肋骨にぶつかるまで、その体を容赦なく裂いた。
薬師のユレシの、血で汚れた包帯頭が見えた。ムータのもとに駆け寄ったが、できる治療はなく、ユレシは母親が抱きかかえるようにムータの頭に腕をまわすと、痙攣する少年の延髄を鎧通しで突き、その身をねじるような苦痛を終わらせた。
残り四人。彼らのいまの任務はルンビエの社にこもる味方のために西への退き口をつくることだった。
敵指揮官は左方の崖の上にいる。
刺し違える覚悟でそちらへかかる。
よろめきや瞬きといったほんのわずかな隙が死命を制する戦いが始まった。猟兵の巧みな剣をかいくぐり、伸縮自在のバネの強い体が繰り出す斬撃と蹴撃が猟兵たちを捉え、命を奪う。
銃の台尻が斧の刃となっている奇妙な剣付きカービン銃をつかう大兵がイルククの前に立ちふさがり、突きと斧による斬撃を繰り出した。ぐっと身をそらして、そのまま小さく飛んで片手で地に触れた逆立ちの状態からまわし蹴りが共和国兵の顎の下を滑る。次の瞬間には喉がパックリと裂けて、奇妙なカービン銃の男は膝をつき、それから仰向けに倒れた。イルククのかかとに仕込まれた刃に首を切り裂かれたのだ。
ターカはまるで命乞いでもするように相手の前に身を伏せたが、猟兵は苦痛に叫び声をあげた。ターカは伏せの姿勢から前転して次の敵を求めて走り、ターカの短剣によって足の甲を地に縫いつけられ、動けなくなった猟兵を後続のユレシが一刀で斬り捨てる。
バネ仕掛けのように飛び上がったシヤインは耳朶を刺すような猿叫とともに目の前の敵の脳天に唐竹割りを食らわした。だいぶ刃こぼれしたにもかかわらずその太刀は雷が直撃したかのように共和国兵の三角帽からみぞおちまで斬り下げた。
だが、猟兵たちはこれまでの兵士のように死を恐れなかった。影に生き、卑怯と謗られることを恐れず、褒賞に興味はなく、ただ目の前の任務を遂行するある種の頑固さが備わった彼らはたとえ刺し違えてでも、イルククたちを殺そうと襲いかかる。
たとえ五人屠られてもひとり減らせればそれでいい、そんな捨て身の技がイルククたちを確実に削っていった。
最初はシヤインだった。猟兵のひとりが撃った弾で脇腹から血が噴き出し、よろめいたところをサーベルで胸を突かれた。背中から剣先が飛び出すほどの突きだったが、シヤインは最後の力を振り絞り、猟兵の首を両手でつかんで締めた。あとで死んだシヤインの手を無理やり剥がすと、哀れな猟兵の首は三分の一ほどの細さに絞られていた。もちろん絶命である。
背中合わせに死角を潰しながら戦うのが常道だが、最後の三人はがむしゃらに敵の指揮官目がけて、走り、斬り、跳んだ。
後ろから追いつこうとして剣を見舞った猟兵が剣を叩き落され、眉間を貫かれると、もはや敵は指揮官のみだった。騎兵総監のような軍服を緑で統一し、重騎兵用のサーベルを手に立つ指揮官へあと十歩と迫ったとき、指揮官の前の地面が波打った。それが穴を隠すための布だと分かったそのとき、八名の猟兵が戦列歩兵のような一斉射撃をした。イルククとターカは伏せたが、ユレシは伏せるどころか両手にしゅうしゅうと導火線が燃えている焙烙玉を両手に握り、猟兵の列へと突っ込んだ。爆発で耳が鳴り、視界がぐらついたが、目をあげると、バラバラにちぎれた猟兵たちが自分のぶちまけたハラワタのなかで激しく震えていた。
最後のひとり、指揮官は全てをあきらめ、ピストルを抜き、走る影術士たちに狙いをつけた。
イルククとターカはその弾丸が自分に向かって撃たれるようカシャに祈った。相手を生かしてくれるよう祈った。
銃声が鳴って、ガクッとひざまずいたのはターカのほうだった。
指揮官が背中から剣が飛び出るほどの突きをもらい、小太刀ごと崖から落ちた後、イルククはターカに駆け寄った。
血だまりが広がるほど、顔は蒼くなり、呼吸が弱くなっていく。
「おれで、よかったよ……」
「だめだ、ターカ、きっと助かるよ」
「もう目が……ほとんど見えない……」
「おいていかないでくれ。行っちゃダメだ」
「……サキリ」
ターカの息がとまり、喉の奥が小さく鳴ると戦士の魂は体を離れていった。
親友の血に染まった自分の手に震えながら目をやり、立ち上がる。
そのとき、初めて、イルククは風の叫びをきいた。
巨大な炎がより激しく燃えるために風を集めるその音、その元凶はルンビエの社だった。
「あ、ああ……」
ルンビエの社だけではない。
彼の住むライコウ村もセイハ村もシヤンヤ村も全てが燃えていた。
山間の平地に兵隊たちが旗を先頭に動き回り、吊るせる枝の全てにランカのものを吊るしていき、斬り落とした首を銃剣の先に刺して高くかかげている。同じことを赤子で行うものもいた。
共和国万歳の叫びが風を圧してきこえてきた。自由と平等の敵をことごとく血祭りに上げる理想主義者たちの唄がランカの地を蹂躙した。
「父上、母上、兄上……サキリ……みんな……」
覆面を引き下げると、舌に煤を感じた。
彼の故郷は彼の家族や親しい友人たちを焼いた煤に満ちていた。
「ふ、ふふ。ふふふふふ。あはははははははは!」
体が震え、何かの芯のようなものが切れた。
そして、自分でも抑えきれない感情が哄笑の形で湧き出る。
「あははははは! 燃える、みんな燃える! みんな、フフ、あはははははは! 燃える、燃える、みんな、アハハハハ、アハハハハハハハハ! ――グッ!」
背後に忍び寄った何者かに殴られたイルククは失われる意識のなかで自分の笑い声が何度もめぐり、どんどん大きくなるのを感じた。
だが、彼が本当に最後に感じたのは頬を伝い落ちる涙だった。




