侵攻 5
「おい、しっかりしろ!」
影術士のムエンがイバリノミの男に肩を貸すが、後ろから飛んできた弾丸が男を前につんのめらせ、弾き飛ばす。
カマン池の戦闘は一方的な虐殺となった。
よって守る砦や塹壕の全てに共和国兵が到達し、白兵戦が起こったのだ。
剽悍なランカ勢は反撃し、一度は押し返したが、次々と襲いかかる共和国軍の第二第三の攻勢を跳ね返すことはできず、切り防ぎながらカマン池に飛び込むが、共和国軍はマスケット銃だけでなく大砲のブドウ弾まで池に撃ち込み、カマン池は影術士たちの血で赤くなった。
「兄者!」弟のムイリが塹壕に転がり込む。「池に逃げたものたちは全滅だ。池の東岸ではヘランたちが頑張っているが、長くは持たない」
影術士ムエンの隊はまだ池の西岸の塹壕を保持していて、そこから弓矢、手裏剣、石つぶてで抵抗し、共和国兵の落としたマスケット銃まで使って応戦を続けていた。
矢弾が尽きると、ムエンは残った戦士たち二十余名を集めて、敵陣へ斬り込んだ。目標は第十五師団の旗が立つ丘。
まさか塹壕を捨ててくるとは思わなかった共和国軍は戦列を崩していたため、簡単に敵の突破を許してしまった。
ムエンたちは死を覚悟し、鬼神のごとく戦い、立ちはだかる敵へ砂を蹴り立てながら斬り込んだ。
顎ヒゲの工兵が斧を横ぶりに仕掛けてくるも、ムエンは飛び上がり、そのまま相手の毛皮帽ごと頭蓋を叩き割る。
そのとき砲弾が恐ろしい音をさせながら地面を跳ね、まだ宙にいたムエンのすぐ横を飛び過ぎた。その弾をもろに食らった戦士が体を真っ二つにされた。
銃弾と銃剣の嵐をかいくぐり、師団司令部まで進んだときにはムエンの他には弟のムイリとダンバレイ村の薬師のふたりがいるだけだった。大きなテントの横では地図や機密文書の類を燃やしたらしい火がくすぶっている。見れば、はるか後方へと白馬に乗って逃げる師団長と幕僚たちの姿が見えた。
「兄者。これまでか」
「ああ。だが、せめてあれを仕留めよう」
ムエンの指したのは並んだ四門の大砲だった。
「おう。あれはいい」
「おれのせがれはあれに吹き飛ばされた」
三人は風のように走り、砲兵隊の隊列へ向かった。
突然、銃弾が至近距離から飛ぶ。
「ぐっ」
弾はムエンの右肩を砕いたが、小太刀を左手に持ち替え、岩に隠れた兵士へ横払いの一刀を打つと、悲鳴が上がり、両腕がマスケット銃を握ったまま、どさりと落ちた。
三人は砲兵陣地へ斬り込んだ。大砲の装填棒を車輪のごとくまわす大男をムエンとムイリがかわし、薬師が心得たとばかりに跳躍し真上から雷のごとく棒ごと叩き切る。
討ち取るのによい敵を求めて、陣地を縦横に駆け、タールトン・ヘルメットに懐中時計の鎖を光らせた青いチョッキの砲兵大尉が剣を抜いた。
砲兵大尉は決闘屋だった。短気な男でしょっちゅう誰かに決闘を仕掛けていたので、カミソリのような切れ味の砲兵隊サーベルの操り方を知り尽くしていた。火薬樽にかけていた防火布を左腕に巻いて盾代わりにすると、果敢にムエンに打ちかかる。
刃を返してすりあげ、左の横鬢を狙うが、砲兵大尉は防火布を巻いた左手で頭をかばいながら、後ろへ飛び、ムエンの間合いから逃れる。
さらに打ちかかろうとするが、右肩に激痛が走り、技が尽きる。
その瞬間、砲兵大尉の腕に巻いてあった防火布が広がって、小太刀の上に覆いかぶさった。
重い布に小太刀を封じられたムエンの首を狙った突きが襲いかかる。
ムエンは小太刀を放し、自分から相手の懐に飛び込んだ。
大尉の突きが頬を裂く。
後ろへ逃れると思い、次の突きを用意していた相手の裏をかいたムエンはまだ動く左手で右の脚絆に結びつけてあった鞘から短刀を抜くと、その刃を相手のみぞおちへ送り込んだ。
自分から踏み込んだせいで短刀は柄まで刺さり、刃をねじると砲兵大尉は口から大量の血を吐き、剣を取り落して絶命した。
砲兵伍長が小太刀を拾うムエンの背中を撃った。疲労で足元もおぼつかなかったムエンの体は砲の車輪にぶつかり、砲兵大尉の上に折り重なるように倒れた。
剣を抜いた伍長へムイリがぶつかって倒し、折れた剣を首に突き刺した。
そこで力が尽き、ふたりはそれぞれ仕留めた敵の上に倒れた。
「兄者――生きているか?」
「ああ」
「おれは二発もらった。これまでだ」
「それはおれも同じだ。薬師は?」
「死んだ」
「そうか」
まだ無事なほうの手で土をつかみながら、火薬樽のほうへ身を引きずる。
「ムイリ。手伝え。手が片方では火打石が打てない」
ムイリが這いずり、ムエンが渡した火打ち袋から石と打ち金を手に取ると、火薬樽にしがみつき、粒の大きな黒色火薬の上で石と打ち金を寄せた。
「さらばだ、兄者」
「おう」




