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侵攻 3

 北のホマダリ谷と東のザンジャ谷から進軍してきた共和国軍の先鋒を一時的だがくじくのに成功したが、南のサーワ谷から北上してきた共和国軍は話が別だった。

 三つの谷の道のなかでは一番広いサーワ谷では四個師団四万八千がなだれ込み、第七師団と第九師団がダンバレイ村、第十一師団と第十五師団がカマン池へと進軍した。

 ランカ勢も事前にサーワの谷の危険性は知っていたので、いくつかの砦をつくり、そこを拠点に攪乱戦を挑んだが、数と火力に圧倒された。

 最初のうちこそ、砦から自由に出撃し、敵の弱点を狙った効果的な奇襲が行えたが、平野にも森にも、そして山までも敵兵であふれると反撃による損害が増えてきた。

 ランカ勢のいくつかの隊はついに各砦に閉じ込められ、籠城戦に持ち込まれたが、そのほとんどは大砲で全ての防御陣地を吹き飛ばされた後、銃剣突撃を食らい、血みどろの白兵戦の後、全滅した。

 ガッタナ岩のそばの古い砦にも影術士ウースールを中心とする五十名余りが逃げ込んできた。

 ランカ南部はすでにあちこちに火がかけられ、真昼にもかかわらず、空は夜のごとく閉じ、その黒煙が炎にあぶられ、赤く不気味に染まっている。

 ウースールは櫓から東方を見た。彼女の領地があるカマン池近郊にまで共和国軍が押し寄せていた。連隊旗を前に押し進む歩兵隊、各司令官のあいだを走り回る騎馬伝令、真鍮が輝く竜騎兵、十二ポンド砲の砲列が火を吹くたびにカマンの漁師集落から炎と土の入り混じった火柱が上がり、醜い傷痕を地に残した。

 ダンバレイ村を目指す二個師団のうち、第九師団は〈地獄師団〉の名で知られていた。アルブケルケ戦役やアーデルハイト共和国では目につく生き物は全て殺し、建っているものは全て焼き払い、婦女の強姦まで行って、その悪名を広く知られていた。共和国はこの人殺しと異常者の集まりに『革命の怒れる剣』という称号を与えた。師団長はエドゥアルト・ルドゥ将軍で、色白ですっきりした相貌、抑制された物腰の三十八歳の元貴族であった。だが、その外見からは想像できない酷薄無惨な気質がアーデルハイトのゴルズヴ州で発揮され、彼が司令官として部下に下した命令はただひとつ「殺し、犯し、焼き尽くせ」だった。

 地獄師団が司令部を置くことにしたダンバレイ村の南集落は道沿いに七軒の民家があるだけで周囲は水田に囲まれていた。ルドゥが集落に着くと、一番大きなリクニの家に落ち着くこととなったが、その前庭で立ち止まった。

「バラ大尉。そいつらはどうした?」

「この集落で見つけました。捕虜です」

 それは戦うことのできずルンビエに逃げ込むことができなかった女性と子ども、それに年寄りと怪我人二十人余りだった。

「この戦いに捕虜は必要ない。全員、処刑だ」

「子どももですか?」

 将軍は出来の悪い生徒を注意する教師のように言った。

「大尉。当然だろう。子どもも処刑だ」

 壁際に立たされ全員が銃殺されると、ルドゥはきちんと全員死んでいるかどうか軍刀の先で刺して確かめ、それから司令部に入った。

 ウースールら砦のランカ勢はこのケダモノの首を狙って戦うことになる。砦の逆茂木を足していると平服のリム爺が顔も隠さずに手提げ籠を抱えてやってきた。

「クリュムはいらんかね」

「リム爺、あんたの悠長さもそこまで行けばひとつの芸だな」

「見ての通り、それどころじゃない」

「腹が減っては戦はできぬというだろう。ほら、ひとつ食べてみよ」

 ダンバレイ村で小さな地所を耕して暮らしている青年とシヤンヤ村の網代職人が覆面を下げ、クリュムをひとつ口に放り込んだ。

「うまい」

「そうだろう、そうだろう」

 リム爺はそのまま南へ向かおうとする。

「リム爺! いま、南に行ったら死ぬぞ!」

「腹が空くのはパナシェ人でも変わりはあるまい!」

 カッカッカと笑う声が山間の細い谷間に響き、リム爺はそのまま南の、村々が燃えるほうへと歩いていった。

「どうした?」

 ウースールがやってきたのでふたりは事情を話した。

「リム爺が?」

「うむ。ひとりで行ってしまった」

 リム爺は渓谷沿いの道を竹の杖を片手に南へ下る。そのさあさあと砂漠の砂がこすれるような瀬音を右にききながら、フミリを差した白い頭髪を揺らし揺らし、歩を進める。頬に大きな傷跡がある懲役面の伍長に率いられたふたりの兵士があらわれ、リム爺を見るなり、パナシェ語で止まれと怒鳴った。

 何となく意味は分かったが、リム爺は手を挙げて、籠のなかの菓子を見せ、ランカの言葉で話しかける。

「クリュムいらんかね? ランカの銘菓だよ」

「伍長。物売りみたいですよ」

「師団長閣下は見つけた人間は皆殺しにしろと仰せだ。アルダン、おい、何をやっとる。撃ち殺すんじゃなくて銃剣で刺し殺せ。こんなジジイひとり殺すのに銃の弾がもったいない」

 アルダンと呼ばれた兵士はアルブケルケとアーデルハイトでやり飽きるほどやった動作――腰を落として、銃の台尻を右へと引きつけ、切っ先をかすかに上向かせ、ひと息に相手の肋骨を下から突き上げた。

「ぎゃあ!」

 リム爺がばったり倒れる。

「ジジイめ、耳障りな声あげやがって。おい、アルダン」

 だが、振り返ったアルダンの喉にはその銃の先端に固定されていたはずの銃剣が刺さり、噴き出る血がソケット式の取り付け金具から滴り落ちていた。

 瞬きひとつするあいだにランカの平服が空に飛び、伍長ともうひとりの兵士の首が肩から落ちた。

 イバリノミ姿のリム爺は刃の血を死んだ伍長の上着で拭うと、竹の杖に静かに納め、渓谷へと降りた。

 ――わしも今日で終わりか。ヨナ、わしもずいぶん死に遅れたなあ。

 影術士をやめるきっかけとなった女性の名を心に唱え、リム爺は共和国軍の警戒線を潜るべく藪のなかを進む。だが、数が多く、さほど正確ではないと言えど、銃撃を受けることもあった。草むらに伏せ、目の前の土を共和国兵が踏んでいくことがあれば、仕込み杖で敵を素早く始末し、進むこともあった。リム爺に斬られたものたちはみな顔を驚きで凍りつかせて倒れた。刃に光を目の端に見たときには首が逆さに落ちていく。

 地獄師団の司令部のある南集落はアリ一匹入り込む隙もないほどの兵が警備についていた。集落の外れでは殺された里のものたちの死体が山と積まれ、火をかけられるところだった。

 ――惨いことをする。

 草むらに伏せ、仰いだ空は西のイワウ山脈の冷たい山頂へと傾きつつあった。

 ――夜を待つか。それまで砦がもてばいいが。

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