束の間の休息 4
派遣議員用の六輪大型馬車は〈走る事務室〉とも呼ばれていた。
軍の占領地域への政令作成や様々な稟議書への署名を行うために必要な什器が全てそろっているのだ。机、革装丁の帳簿と書物が詰まった書類棚、インクと羽根ペン、吸い取り紙、封蝋、そして封筒の数々。
高性能なバネのおかげで馬車の揺れは極限まで抑えられ、書類をつくるのに困ることはなかった。
いま、この馬車の持ち主はノエル・カステルノウ議員だった。彼は先日、ある議員と専制について話したとき、「人民をあらゆる専制から守るには革命自身が専制となるしかない」と言い切って、相手の議員を断頭台に送ったばかりだった。テロへの傾倒は革命前から顕著であったが、政敵たちはカステルノウの若さと体の弱さ、女性であれば美貌と呼ばれたであろう相貌を馬鹿にした。あんな女男に何ができると。彼はテロができた。革命が成功する前、革命資金を獲得するために金塊輸送隊を両手にピストルをもって襲撃し、ロマンダ人の高利貸しを射殺し追いかけてきた警吏と銃撃戦をし、陸軍次官のボントン男爵を火薬樽で馬車ごと吹き飛ばした。彼を馬鹿にするものたちはせいぜいパンフレットを数枚書いただけだった。
そうした革命と人民の敵への苛烈な態度、そして、同志が革命を腐敗させると分かればためらうことなく同志をテロルにかける決断力を買われて、清廉党の議員となり、そして今、ランカ攻略軍の督戦を行うことになった。
馬車は午後七時、ランカまで二十マイルの宿場で停車した。ブロエ議員と六人の大佐は食堂に集まり、従卒に編み縄で包んだ壜からワインを注がせながら、カードをしていた。カステルノウがあらわれたのはブロエが親の総取りでコインを搔き集めているところだった。
「ブロエ議員。これは何だ?」
若いカステルノウの高圧的な口調が気に入らなかったのか、ブロエは「ポーカーだ。見れば分かるだろう」と乱暴にこたえた。
「僕がたずねているのは、無断で革命軍を動かし、惨めに敗退し、自由と解放の担い手である共和国の武威を地に落としたことについてだ。返答をいただこう。ブロエ議員」
「敗退などしていない。もともと威力偵察のつもりだった」
「それを証明する人間は?」
「ここにいる六人の大佐だ」
「彼らはもう大佐ではない」
カステルノウは今度の敗戦の責任を取り、六人の大佐を一兵卒に降格する旨の命令書を取り出し、テーブルに置いた。
その命令書に公安委員会の署名が揃っていることを見るや、六人の元大佐の顔が紙のように蒼褪めた。助けを求めるようにブロエのほうを見たが、ブロエは先ほどまでの取り巻きをあっさり見捨てた。そこにはギュイの署名もあったのだから、ギュイの派閥であるブロエとしてはかばうメリットがないのだ。
ワイン壜を手にした従卒は伍長だったので、カステルノウは伍長にこの六人の兵卒の大佐の肩章を引き剥がすよう命じた。
糸が切れる音とともに一個連隊三千人に死ねと命ずることのできる権力の象徴が全て剥がされ、六人の元大佐たちが追い出された後、ブロエはゆっくりパイプを吹かしてたずねた。
「カステルノウ。どうしてきみは伍長にやつらの肩章を剥がせと命令したのだね? きみは公安委員かもしれないが、あくまで議員だ。軍への命令は派遣議員であるこのわたしにある。きみがしたことは越権行為だ。公安委員会に訴えさせてもらう」
そのとき、初めてカステルノウのつくりの優しい顔に嘲りのようなものが浮かんだ。
「ブロエ議員。きみは派遣議員の職を解かれた。公安委員会は全員一致であなたが責任を取ることを決定した。きみには――」
鈍い光を放つピストルがテーブルに置かれる。
「名誉ある決着をつける機会が与えられる。できなければ、処刑する。それと先に言っておくが、ギュイもこの命令書に署名した。派閥を盾にすることはできない。きみは革命軍の敗北の責任を取らなければならない」
ブロエが立ち上がる。顔は紅潮し、怒りに震えていた。
「いいか、若造。おれは――」
革命の口火を切った三月十三日事件で近衛兵たちから三度の一斉射撃を受けた群衆を王宮まで導いたことを言おうとしたのだろう。だが、真相は分からない。
カステルノウがテーブルの銃を手に取り、ブロエの出っ張った額に弾を撃ち込んだからだ。
ギュイ派の有力議員でアントワーヌ・ギュイの右腕と呼ばれたブロエの名声はその脳漿と一緒に壁に飛び散った。その陶器のような顔に跳ね返った返り血を拭うこともなく、カステルノウはまるで芝居の人物のように銃をテーブルに置くと、〈走る事務室〉に戻った。そして、新任の派遣議員として十個師団十二万人の兵士に対する布告を書き始めた。
――共和国は諸君のより一層の奮闘を望む。
――革命の担い手である諸君が目指すのは封建制度と宗教のまく毒に満たされたこの因習の土地に革命の萌芽を植えんとするものである。
――そのために一切の旧弊は焼き払わなければならない。
――旧弊とは支配的地位にいるものの城郭や寺院だけを指すのではない。
――そうしたものが存在することを許す制度と風習、そして、それらに毒された人間全てを指すのである。
――公安委員会より任ぜられた派遣議員として、わたしは同志諸君に虐殺を命ずる。
――なぜなら、旧弊の側につく人間はそれ自体が罪であり、裁く以前の問題だからである。
――全ての道徳は革命に準ずる。
――ゆえに共和国は諸君により一層の奮闘、すなわち虐殺を望むのである。
――因習の血が流し尽くされ、封建制度の断末魔が消え去ったそのときこそ、ランカの地に本当の自由と解放が訪れるのである。
――革命が世界を救うのである。
――共和国万歳!
共和国暦2年 フリュクティドールの月 二十六日
共和国議会議員 ノエル・カステルノウ




