表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/35

束の間の休息 1

 パナシェ軍の侵攻からひと月が経った。

 ランカの里では再度の侵攻に備えて、木柵や濠を新たにし、防衛拠点や奇襲の拠点をつくり続けていた。

 諸国に人を派遣して情報も集めていたが、パナシェ軍の被害は大きく、四千人が死傷、残った八千人のうちほとんどは武器を捨てて、命からがら逃げかえった。砲は全て失われ、戦死者のなかには総司令官のサン=タンドレ将軍も含まれていた。

 戦死したパナシェ人たちは敵とはいえ死者であるとしてきちんと葬られ、家財を焼かれたものたちのために家をつくるなどして助け合っているうちに一か月が経った。

 ガヴルナは何日か旅に出て、戻ってくると様々な国の新聞を鞄に入るだけ入れて帰ってきた。東大陸の国のものだけでなく、西大陸のものもあり、なかでも彼の故郷であるアレンテラの新聞が一番多かった。

「エージャ。世界はどうなっているのですか?」

 彼の家にはイルククとターカ、サキリ、それにサヅタヤも来ていた。

「アーデルヘイト北部十一州がパナシェに降伏したよ」

「つまり、その軍勢をランカに送ることができるようになったと」サヅタヤが言う。

「そうだね。どうやら前回の侵攻は派遣議員のブロエが独断で決めたことらしい。パナシェの議会では世にも醜い権力抗争があって、様々な党派が『革命の輸出』で功名を上げて、議会に勢力をひろげようとしている」

 パナシェで革命が起きたとき、当初は穏健なもので皇帝の権限を奪うだけで君主国という体裁を残して、民主主義を実現するというものだった。

 だが、貴族と民衆の対立はどうあっても解消されず、また皇帝が兵を集めようとしたことが発覚した結果、民衆は皇帝と貴族を虐殺し、パナシェは共和国となった。

 その共和国を支配しているのは議会の議員であり、そのなかで多数派なのはアントワーヌ・ギュイ率いるギュイ派だった。

「ランカに攻め込んだブロエもこのギュイ派だった」

「つまり、ブロエは走狗、殺すならギュイってやつを殺せってことか」ターカが言った。

「どうだろうね。ギュイ派は革命を進める一方で、現在の革命が少しばかり過激になり過ぎたのではないかと思っている。ギュイ派の議員は良くも悪くも人間らしい。権力を好み、少しばかりの蓄財は国を率いるという重責の報酬だと吹聴している。革命も人が作ったものだから、完全ではない。あちこちで軋みが生まれている。皇帝を廃して、その膨大な権力を前にして、腐敗が始まっているのだ」

「そうきくと、ますます許せません」

「そうだね、イルクク。でも、ギュイ派は扱いやすい。欲で動くからね。少なくともこのランカを攻めても彼らの富や名声にはつながらないと思い知らせれば、それで動きを封じることができる」

「では、エージャはこのままギュイ派がパナシェを支配していればいいと思うのですか?」

「うん」

 ガヴルナは立ち上がると、井戸の底に沈めておいた果汁の壜を引っぱり出し、焼き物の器に四人分注いだ。おいしそうに果汁を飲む影術士たちの年相応の綻んだ笑いを見ていると、ガヴルナも釣られて笑ってしまった。

「それで、続きなんだけどね、議会にはギュイ派の次に多いのが清廉党(アンテグリティ)と呼ばれる人びとなんだ。この清廉党(アンテグリティ)は本当に厳密な意味での革命家でね。貧民を救済し、人民が主権を行使し、軍は革命の守り手であると宣言している。清廉党(アンテグリティ)の人びとは有史以来なかった支配者なんだ。つまり、不正な蓄財や特権の乱用をしない、正直者の支配者。その意味でいうと、きみたちと近いかもしれない」

「その清廉党(アンテグリティ)がパナシェの指導的な地位になれば、ランカに侵攻することはないのでしょうか?」

「残念だけど、その逆だ。もし、清廉党(アンテグリティ)が革命政府の権力を握ると革命のやり直しをする。一切の不正を許さず、一切の旧弊を許さず、一切の反革命を許さない。彼らはきみたちがカシャ神を崇めて暮らすことを許さない。それにたとえ腐敗した議員に率いられた軍とはいえども、革命の軍を破ったのだから、清廉党(アンテグリティ)からすれば、ランカは反革命の根拠地ということになるんだ」

「そんな――」

「ひどく勝手な論理だ。でも、彼らはそれが正義だと信じている。一番怖いのは腐敗ではなく、ひとりよがりの正義なんだ」

 清廉党(アンテグリティ)の代表的な指導者はフランソワ・パヴィエール。

 いつも古い外套をつけて議事堂に通い、娯楽の類には一切興味を示さず、古い下宿屋の一室に今もなお住んでいる。革命の前は貧民のために無償で働く法律家であったという。

 そうきくと、ますますそのパヴィエールがランカを攻める理由が分からなくなった。

 イルククたちが先に帰ると、サヅタヤはガヴルナの家に残り、ききたいことがあると言った。

「エージャ。テロル、とは何ですか?」

「……ふむ。どうしてかな?」

「わたしは革命が勃発する直前、任務でパナシェの首都ルゼにいました。そのとき、ある若者と知り合いになりました。少女のように華奢なその若者は、ただテロルだけが革命を成功させる、人民を救い、貧困を撲滅できると言いました」

「その若者が使った意味なら、テロルは、相手に恐怖の念を抱かせる直接的手段、ということになる。彼は暗殺を?」

「はい……」

「ふむ……」

「エージャ。我ら影術士は戦に乱をもたらし、営みを乱から遠ざける。そのために我らは暗殺も行う。権力者にその命が安泰であると思わせぬことで、妥協を生み出させ、戦を終結させる。我らはそれを平和への道だと思い、その術と技に誇りを持つ。しかし――」

「それはカステルノウのいうテロルと違いがあるのか」

「名をご存知なのですか?」

「何度か会ったことがある。まっすぐで純粋な少年だった」

「エージャは本当に何でもご存知ですね」

「そんなことはないよ。それでノエルはきっときみにテロルとは恐怖であると教えたのだろう」

「はい。しかし、それはあまりにも衝動的であり、苛烈でした。正義を抱いているのは分かるのです。しかし、カステルノウがその矛先を貴族から民に向けることがあれば」

「そして、ランカの里に向けることがあれば――」

「任務ではなかった。殺す必要のないものを殺すことは影術士には禁じられている。でも、わたしはあのとき禁を破ってでも、ノエルを殺すべきだったのかもしれない」

「きみたちは人の命を奪う術を磨く。それゆえにきみたちは命の大切さを嚙みしめる。でも、パナシェの革命家たちは処刑を簡単にできるように機械をつくり、人の命を焚き木のように燃やしてしまう」

「……」

「人を救うというのは難しい。独善的になりやすく、ひとつ道を誤れば鬼と化す」

 ガヴルナの目が田畠のつながりへ向けられる。村の屋根から煮炊きの青い煙がもれている。牛を連れた子ども。狩りに出かける男たち。木の実でいっぱいになった籠が軒先からぶらさがる……。

 こうしたものをこれからもずっと眺めることができるのだろうか?

 ガヴルナとサヅタヤには祈るしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ