共和国 4
深夜、サン=タンドレ将軍がブロエ議員と連隊長たちを呼んで軍議を行うことになったが、ブロエと連隊長たちは退却には断固として反対すると繰り返し言い続けた。
「敵は少数ではないか!」
「閣下。その少数の敵が我々の前進を阻み、後続の部隊を襲っている。兵糧も弾薬も尽きて、包囲が続けば降伏しかなくなる」
「革命軍が軽々しく降伏を口にすべきではない」
「だから、そうなる前に撤退するんです。我々はランカをあなどっていた」
「とにかく、退却はならん」
そのとき、馬の高いいななきがきこえてきた。
伝令がテントに駆け込み、敵の夜襲を告げるが否や、その首を矢が刺し貫く。大佐になったときに打たせたサーベルを抜いて、外に出ると、ろくに軍服も身につけていない兵士たちが叉銃しておいたマスケット銃に飛びつき、矢が飛んでくる暗闇を撃とうと引き金を引くが、その途端、銃身が破裂し、顔と手の指が吹き飛ぶ。
「細工がされているぞ! 銃を使うな!」
歩哨の数を倍に増やして夜討ちを警戒していたパナシェ軍だったが、ランカ族は灯に食われた闇のあいだを縫って、野営地に接近し、歩哨の喉を掻き切り、小麦袋を燃やし、食用の牛を全て逃がし、砲の火門に釘を打ち込み、何丁かのマスケット銃に水に濡らすと固くなる砂を詰め込み、発射できないようにした。
銃を発砲することをあきらめた兵士たちは銃を棍棒のように振り回すが、ランカ勢たちは次々とこれを斬り捨て、隊と隊のあいだにくさびを打ち込んで、敵を寸断した。すでにかなりの数が北を流れるオノベ川へと飛び込み、無秩序に逃げていた。
その混戦のなか、影術士の一隊が敵陣へ浸透し、司令部を攻撃範囲に捉えていた。
そのひとり、サヅタヤは偵察で顔を知っているということで、敵司令官抹殺の任を帯びていた。司令官たちが集まる軍議のテントはすでに知っていたので、それを見つけるのに時間はかからなかった。
そのとき砲兵陣地で気の狂った砲兵士官がランカ族をひとり捕まえていた。その首に腕をまわしたまま、十二ポンド砲に点火しようとしていたのだが、その砲はすでに塞がれていて暴発は必至だった。砲兵士官はそれを知っていた。知ったうえで捕まえたランカ族と一緒に吹き飛ぼうとしているのだ。
サヅタヤは迷うことなく、テントを後にし、砲兵陣地へ走った。砲兵士官は火縄が燃える杖を火門に突き刺そうとしていたが、サヅタヤの放った手裏剣が指の股を切り裂き、導火線が地面に落ちた。
砲兵士官は捕らえたランカ族を突き飛ばし、ぶつぶつ言いながら剣を抜いた。砲兵士官は「解放だ」と繰り返しつぶやいている。サヅタヤはランカ族の戦士を抱えて、砲兵陣地から逃れると、「解放だ!」という叫び声に続いて、暴発した十二ポンド砲の断末魔の衝撃が周囲三十ヤードのテントを薙ぎ倒した。
「大丈夫か?」
「はい」サキリはうなずいた。「ありがとうございます、サヅタヤさま」
「これより敵司令官を討つ。援護を頼む」
「はい!」
野営地ではランカ勢とパナシェ兵が斬り結んでいるが、夜の戦いではランカ勢が大きく有利でパナシェ軍はいたずらに被害を増していた。すでに兵士たちは浮き足立って逃げ始めているなかに外套に深紅の帯を締めたサン=タンドレ将軍が髪を振り乱して、ひとり奮戦していた。
「戦え! 踏みとどまれ! 本物のパナシェ軍人の死に様を見せてやる!」
将軍を相手に三人の戦士が手傷を負って、退いていた。
サヅタヤとサキリがそれぞれ上段と下段からかかるが、サン=タンドレは一振りのサーベルでそれをいなし、逆にサヅタヤに突きかかった。
影術士ふたりを相手に戦うサン=タンドレの剣士としての優れる技量は疑いようもなく、ふたりは将軍相手に数合打ち合った。そのサーベルは命をもった生き物のように自在の斬撃と突きを隙間なく繰り出し続け、ふたりも影術士の技を惜しみなく使い、攻め守る。
「おうっ!」
だが、ついにとうとうサン=タンドレの剛撃がサヅタヤの小太刀を叩き折る。その刃は断頭台の斧のごとくサヅタヤの首を狙う。
あと、ほんの一寸というところでサーベルがぴたりと止まった。
あいだに入ったサキリの細腕がサン=タンドレの会心の一撃を受け切り、利き手の小太刀がこの将軍剣士の胴に深々と刃を沈めていた。
すかさずサヅタヤが左手の短刀をサン=タンドレの首の付け根に突き刺す。
ふたりの刃が外れると、サン=タンドレは深く息を吐いて膝をつき、剣を地に刺して杖となし、立ち上がろうとした姿勢のまま、絶命した。
「腕を見せろ」
「大丈夫です」
サキリは籠手を二枚重ねにしていた。一の篭手と二の篭手が割れたが、剣の勢いは殺されていたが、浅くない傷を負っていた。
「骨までは達していません」
「すまない」手当をしながら、サヅタヤが言う。
「いえ」サキリは覆面を引き下ろして微笑み、首をふった。「サヅタヤさまのためなら、このくらい、なんでもありません」
総司令官を失ったパナシェ軍が総崩れとなったのは、それから間もなくのことであった。




