フィールドキャンプと高峰功
ロゴス三爪渓谷。水の都ストラージュより西に広がる広大な山岳地帯。そこにはまるで巨大な魔物に引っかかれたような三本の渓谷が通っている。その先に繋がるのは次の町であり、俺が向かう場所だ。
ヴァラパラはプレイヤーがどこにいこうと自由。なのでホントいうと次の町なんて概念はない。でも、やはり町で聞いた情報を整理して進まなければ強力な魔物と遭遇しやすく序盤はこの声に従っていた方がずっと楽。
俺は無茶はするが無理はしない。大胆かつ慎重なプレイヤーなのである。
オホン……ってことで俺は今、全力でフライパンを振っていた。ジュッジュっと素材がいい香りを放ち、自分の真横に表示されたゲージをじっと見た俺はタイミングよくパーンと素材をフライ返しさせて料理を完成させる。
成功のBGMが鳴り響き、その会心の出来に思わずガッツポーズしてしまった。
「うし完璧」
「ほおお流星は料理も凄いのじゃ」
「あっこら危ないってのキッカ」
「ん?でも熱くないのじゃ」
火に手を伸ばそうとしたキッカを慌てて止めようとしたが火を貫く彼女の手でそういえばゲームだったと思いなおす。
「確かにこれは賞賛すべき出来栄えのようですね」
そしてキリキリキリっとゼンマイのような音を立てながら俺の横から顔を出す女性。日本人離れした流れる金髪に青い瞳を持つその容姿は様々な西欧人の血が混じっているからと聞いた。
C組、慧木麒麟。彼女はモノクルを回しながらお得意の鑑定を使っているようで俺の料理をまじまじと観察している。
川横──砂利の上に張ったキャンプセットに作った料理を並べてゆく。慣れた手つきで準備を終えると慧木さんが申し訳なさそうに俺に聞いた。
「宜しいんですか?私まで頂くことになってしまって」
「別にいいって素材余ってるし、このキャンプも貸して貰ってるし。いいよなこれ。俺も早く買わなきゃだわ」
そう、このキャンプセットは慧木さんのもの。ストラージュの町に売っていたが値段が10万PCパラシスコインと高く手が届かなかった。
ってかこのゲームは全職装備を整える必要があるため糞金が掛かる。特にキッカを運用する俺は出費2倍となり財政状況はいつも厳しい。
「裏ボスのクリアで大金が入りませんでしたか?」
「あー俺これに変えたからな」
そう言って俺は首に下げたミアの騎士飾りを彼女に見せた。
「記念品ですか。効果がないようですが使用用途はあるんでしょうか?」
「さあな。でもまあ別に無くてもいいさ」
「のう流星早く食べようなのじゃー」
カンカンとナイフとフォークを叩いてキッカが文句を言う。行儀が悪い。子どもか。あっいや幼女か。
「ったく」
「ふふっ仲が宜しいのですねサポーターと」
「そんなんじゃないって。キッカ全員揃ってからだ。あと一人「おーい」」
A組の低身長イケメンの声が聞こえ、やっと戻ってきたかと俺は息をついた。
「遅えって高峰」
「悪い悪い怒るなって。囲まれてさ。やっぱこの辺ソロ厳しいわ。死にかけたー」
そう高峰は笑った。。
ちょっと変わったメンバーだが現状この4人で組んでいる。まあ、慧木さんはこの後すぐ離脱することになるんだけど。揃った俺たちは日本人らしく頂きますをするのだった。
◇◇◇
「うめえええええ」
「うまいのじゃあああ」
高峰とキッカが頬を膨らませて頬張っている。ハムスターのように。
「お前らゲームとはいえもうちょっと落ち着いて食えって」
「美味ですね。一つのランクによってここまで味が違うとは興味深いです」
「ふごふぉおおむ むむふぉ ふもっふ」
「高峰先に呑み込め。マジで何言ってるかわかんねえ」
ごきゅんっとゴックンしそんな音やモーションまで用意されてんのかよとちょっと衝撃。高峰はふうっと歯を見せた。
「いやーだって美味えよ。流星、お前こんな地味なのも得意なんだな」
「地味言うな」
「調理ってよ。まだ道具も揃ってねえし、相当難しいんだろ?」
「まーな」
「本当に凄いですよ。何かコツとかあるんでしょうか?」
天然か?上目遣いで聞いてくる慧木さんに俺はオホンと咳を打って解答する。
「慣れだな。慣れ。後半は複雑だろうから技術いるだろうけど」
「じゃがお主はそんなにやっとらんではないか」
「大体、同じなんだよ他ゲーと。俺別ゲーで腐るほどやったから。ほら、俺がリーダーやってたって話はしたろ?料理は便利なんだ。話題のきっかけ作りに使えるから。
「料理美味しいですね。あっうち来たらいつでも食えるよみたいな」
「お前そんなナンパみたいな……どうりでいつも女ばっかといると思ったぜ」
「高峰それはマジで偶然だ」
「サポーターもこれだし」
「高峰これはマジで不可抗力だ」
「お主ら人をこれ呼ばわりするでないわ」
ふふっと上品に笑った慧木さんは意を決したように俺に視線を向けた。
「では、桂木さんが私にこれを食べさせたのもそういうことなのでしょうか。私に桂木さんが声を掛けてくださったのも」
そう、俺から彼女を誘った。というかギルドであたふたしていた彼女に声を掛けて次の町に向いたいという希望を聞きじゃあという流れになったのだ。
「対抗戦のPTに誘うって意味なら違う。俺自身がどういうPTにするか決めて兼ねてるからまだ募集する気はない。ただ、本音を言ってしまうと慧木さんと伝手は持ちたいと思ってる。ボス戦いきませんか?って軽く誘える程度には」
「あっそれは俺も」
俺と高峰がそういえば彼女は目を瞬かせた。
「私とですか?」
やっぱりなって思う。彼女自分の需要を理解してないんだろうなとは思ってた。
「慧木さんには相当PTの誘いが来ると思う。このゲーム、職玉があって自由に職替えが可能とはいえレベルを上げなきゃスキルは増えねえから」
「だな。狙って平均化しねえとピラミッド型になる。アタッカータイプ、後衛タイプに自ずと成長が分かれるだろうな」
真剣に聞くキッカに微笑みながら、高峰にその通りと頷く。
「補助職に時間を割くプレイヤー、つまり慧木さんみたいな人は必然的に数が少ないってわけで「唾をつけたってわけだな」
ニっとする高峰に俺はジト目を送る。
「高峰言い方」
「VRMMOの誘いなんて実質ナンパみてえなもん。だろ?色男」
不満を表しながらも俺は渋々頷く。古来のMMOではカタカタと文字をうってアバターを使ってお誘いしていた。
でも、現代VRMMOではどうやっても面と向かって誘わなければならない。難易度でいうとナンパと変わらない。ある程度のコミュ力がないとやっていけない。年玉君が嘆く理由も分かるというものだ。
「っとそろそろ時間じゃねえか?慧木さん」
俺がそういえば彼女は懐から取り出した懐中時計を見て頷いた。
「そうですね。戻らないといけません」
「ぬ、麒麟はどこかに帰るのかの」
「私はクエストを消化する予定なのです。鑑定士の8式スキルをどうしても覚えたくて」
そういって彼女が手渡してきたボールの付いたピンを俺は受け取った。こいつはPTピンと呼ばれるもの。PT仲間に運んで貰うと行ったことがない場所でも町手前までなら転移が可能となる。
VRMMOの移動はどうしても時間が掛かるもの。その移動が嫌いってプレイヤーも多い。とはいえ行ったことない場所に転移できてしまうとフィールドの存在価値が薄れ、移動速度を上げると探索のしがいが無くなり魔物からも容易に逃げられてしまう。案外、バランスを取るのが難しい部位なのだ。
そして苦肉の策が今俺が手に持っているピンというわけでPT推奨の意も含められているとかなんとか。
「正直、お頼みするのは心苦しいのですが」
「気にすんなって、それをお願いしにギルドに来てたんだろ?それに元から高峰と二人でやる予定だったしな」
「そうそう、俺が桂木のハーレム阻止してやったぜ」
ビっと指を立てる高峰をまた揶揄いやがってと睨む。
「わしもおるのじゃ。無視するでないわ」
「あーそうだったな、ちびっ子も一緒にだったな」
「だーれがちびっ子かっ!大体お主の方がちびっ子ではないか」
「はあ!?馬鹿言えよ。どう考えても俺の方が高いだろ」
「はっ年を考え年を。ゼロ歳であるわしはまだ成長の余地があるが、お主はもう一生そのままじゃ」
「んだっと、ってかゼロ歳ってんだよ。生まれてないだろそれ」
「なんじゃあ」
この既視感溢れるアホなやり取り。どこかで見た記憶が……うっ頭が。頭を抱えれば慧木さんが囁いてきた。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか」
「ん?ああいいよ」
「他の方とは違って桂木さんが強引にお誘いにならないのは何故でしょう?チームに入れと言われると思っていたのですが」
「VRMMOの基本。距離を空けた関係性。互いの利益ややる気が一致した時だけ組む。じゃねえと長続きしないし碌なことにならない。慧木さんとはボス戦いきませんか?って軽く誘える関係性になれたらって思ってる。勿論、慧木さんがいいならの話な」
「色男」
「え?」
「色男でも目指されているのでしょうか桂木さんは」
聞き間違いと願ったが違った。俺を見つめながらキリキリとモノクルを回す慧木さん。何を鑑定しているんでしょうかねとは俺は怖くて聞けなかった。
◇◇◇
「それではよろしくお願いします」
ペコリとお辞儀して手に持った緋色のバズタル掲げる慧木さん。あれが転移石。登録した場所にひとっ飛び。超便利アイテム。当然俺も持ってる。
「ああ、いい位置にピン差しとくよ」
「じゃあな、っつても学校で会えるけどな」
「うむ、達者でな麒麟よ」
謎にカッコをつけるキッカ。それを可愛いと思ったのか、はいっとキッカに普段無表情の彼女にとって珍しい笑顔を見せた慧木さんは──
「転移 水の都ストラージュ」
と唱え青い光の玉となって空に消えていった。勿論、演出。実際に飛んでるわけじゃない。まあ、俺は開発者じゃないのでどうなってるのかとかは知らないが。
「ふむ、敵は去ったか。これで高峰がおらなければ二人きりになれたものを。忌々しい」
「お前最近ベタベタしようとし過ぎだろ。止めてくれマジで。俺の学生生活を殺す気かよ」
オープンからキッカの甘えが凄い。町にいられないレベルで。
「ふんっ一週間の放置を噛まされた者の気持ち。お主にはわからんのじゃ」
「しゃあねえだろ?学校だったんだから」
「とかいってナズナとは二人で遊ぶと聞いたのじゃ」
「なんでそこ繋がってんだよ。だあ縋り付こうとすんじゃねえ。わかったからっ時間作るから」
キッカの猛攻を回避する俺に高峰の呆れた声が飛ぶ。
「お前らホント仲いいよな。他にも出してる奴見たがそこまでじゃねえよ。秘訣とかあんのか?」
俺はキッカを軽いアイアンクローによって止め、彼に答えた。
「うーん、わかんねえけど。だしっぱなのもあるんじゃねえかな」
「成程な。んじゃあ折角だし俺のサポーターも出すか。ここ3人でもしんどそうだしな」
喰った喰ったと腹を叩く高峰。高峰のサポーターだと。俺気になります。
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流星ノート〇VRMMOでの食事
従来は味気ないもので一時的に能力をアップさせるものであったが近年では技術が上がり現実と何ら遜色ない──どころか現実を超えた味を創出するに至った。空想料理家と呼ばれる仕事が存在するくらいである。ただ、余りに美味で現実で食べることを忘れる者が続出したため一度食べたら3日はゲーム内での食事禁止などの方策がとられている。※ゲームによって差異あり。ちなみに料理家の廃人をハイコックと呼んだりする




