破滅の空洞と鬼ごっこ
ペチペチペチペチと俺たちの前でビーサンが地面を叩いている。教壇の横で苛立った御影先生の貧乏ゆすり。彼女はガンを垂れていて、その怖さに生徒達は委縮していた。
「てめえらに聞く。どんな授業がいい?」
そういって彼女は後ろの自習と書かれた黒板をバシンっと叩いた。そして振り返ってギロリ。
「「「じ……じしゅう」」」
「うしっ」
「うしっじゃありません。御影先生、貴方が今、嵌っているネヴェロ・ブリガンツのソフトは没収とさせて頂きました」
「なってめえホントに血の通った人間かよ」
「貴方の方こそ人間ですか?幾ら認可証を持ってるとはいえプレイしすぎです。いつ寝てるんです」
「泉先生。俺はなFPSで死ぬと決めている」
そうドヤ顔で差し出された御影先生の手をぺチンと泉が叩き伏せた。
「念のために言っておきますがダウンロード版の方も11個全て凍結していますので悪しからず」
「なっ!?」
「ですが、しっかりと授業を行えば凍結は解除します」
わかったッと言って御影は黒板を叩き、しっかりした授業をですと泉に怒られていた。
「後、ちゃんと寝てください。倒れられたら大変なんですからいいですね?じゃあお願いしますね。コウソック君達一応彼女を見張っておいてください」
そう言って泉先生は立ち去ってしまった。静まり返った教室の中で彼女はぼりぼりと頭を掻く。
「てめえらもゲームを学びてえだなんて変な趣向してやがんぜ。まあ、VRMMOとFPSだとまた話が違えんだろうが」
うーんっと彼女は考え込みそしてうんと頷いた。
「よしお前らパンドラボックスにインしろ 俺がてめえらに授業をつけてやる」
◇◇◇
御影先生に戸惑いを覚えながらも俺たちは机が裏返えることで登場したパンドラボックスへと乗り込んでゆく。VRMMOの授業というのは一体何をするというのか。まだ俺たちには想像もつかなかった。
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≪pandorabox起動≫
≪system all green≫
≪world of ruin≫
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(ワールド オブ ルイン?)
直訳すると世界の破滅だが、余りにも捻りもないそのタイトルはかなり珍しいと俺は思った。
(先生ってFPSプレイヤーらしいし多分FPSだよな?)
まあ入れば分かるかと俺は先生が指定した世界へとダイブする。光が溢れ目を眩ませると足が地を踏んだ感覚を得、俺はゆっくり顔を上げた。そしてその目に入った光景に──
「なっ」
(なんだこれ……)
クラスメイトと共に驚愕することとなる。世界がグチャリとねじ混ざっていた。まるで粘土のように捏ねられたみたいに。そして俺たちはそうやって出来たであろう宙に浮く足場に立っていた。眼下には遺跡のような場所が見える。
「バグ」
俺はこれをそう評したが、傍にいた御影先生によってすぐさま否定された。
「不正解。これは溢れだ」
「溢れ?」
彼女は身の丈半ほどのボルトアクションライフルを背負っていた。それを構えると少し遠めからエイのような怪物が空を飛び此方に向ってくるのが見える。まだ距離があると彼女は口を開く。
「これはお前らが大好きなVRMMOのサービス終了後の姿だ」
(これが)
もし本当なら初めて入った。クラスメイトもその言葉に興味が引かれたようで観察するものが増える。
「VRMMOにはその開発に多額の資金が掛かる。そしてその世界を消し去るのも無料でってわけにはいかねえ。マナーの悪い開発連中なんかはそうした世界を不法に投棄しちまう」
ガコっとボルトを引き彼女は装填した。
「普通はそのまま時と共に消滅する。だが、極稀に捨てられたもの同士が互いに補完しあって残っちまうことがある」
先生と誰かが叫んだ。もう迫った怪物エイがグワンと大口を開けて彼女の頭に食らいつこうとしたのだ。だが、彼女はなんとそれを見てもなお俺たちへと振り返り、銃を片手で持ったまま何を思ったのか真下に銃弾を放ったのだ。
「GYIいいAAAAA」
一体どういうことなのか。その理屈はわからない。けれど、突如、真横から飛んだ銃弾がエイの脳を捉えた。彼女の薬莢がチンっと転がり、エイの身は眼下の世界に落ちてゆく。御影はライフルを肩に担ぎ、長髪を傍目かせながらその口角を上げた。
「Ruin cave。学者どもはここをそう呼んでる。破滅の空洞ってな」
破滅の空洞。人の投棄によって作られし空間。それが俺たちF組の最初の授業として選ばれた場であった。
◇◇◇
私たちここにいて大丈夫なんですか?そんな当然の如く投げられた生徒からの質問に面倒くさ気に担任教師御影が答える。
「問題ねえって。これはあくまで背景。実際ある破滅を再現したものに過ぎねえ。大体、そんな危ねえこと俺がするわけないだろ?」
まだ短い付き合いだが、しそうと皆思ったのか押し黙る。それを見て御影がチッと舌打ちした。
「仮にホンモノでも危険はねえよ。混じったとはいえ、元は人が遊ぶために作られたもんだ。精神汚染なんて起こりえない。まあ、全くないって言うと嘘になっちまうがミーム(汚染空洞)……ってこいつはてめえら学生には早えわな。話がそれちまったじゃねえか」
彼女はメニューを操作する動きをしたかと椅子にドカリと座った。
「天下のVRMMO様と違って日本じゃFPSの新作が余り入ってこねえ。じゃあ自分で作っちまえばいいってことで俺がクランに自作させてんだが、マップがネックだ。んでこうやって捨てられたもん買い取って再利用してるってわけさ」
彼女が手を振るうと俺たちの前に赤と青のフラッグが現れた。レッドチームとブルチーム。あまり俺はFPSをプレイしないが、FPSでよく使用されるルールだとわかった。俺はレッドチーム。3人で一組のようだ。
「このゲームではさっき見てえな魔物が出る。本来はあれを狩りながらどれだけ相手チームに銃弾叩きこめるかで勝負を決めるんだが、お前らはFPSやったことなさそうだからルールを変える」
彼女がメニューを操作するとパッと目の前に拳銃が現れ、俺たちは慌ててそれを受け取った。
「ハードコアモード、魔物から受けるダメージを最大にした。喰らう前に避けるか倒せ。その中でお前たちは戦うわけだが、レッドチームは相手チームへの攻撃を禁じる」
レッドチームの面々はえ?っとなるが彼女は無視して説明をつづけた。
「ブルチームはレッドチーム三人一組の全滅、もしくは最後の一人を倒せばクリアとする。要するにだ。てめえら餓鬼どもが大好きな鬼ごっこってわけさ。予想しといてやるよ。このゲームを終えたお前らが最高だったというってな」
っと御影先生は言ったが、終えた生徒達の感想は最悪の一言だったと先にネタバレしておこうと思う。
◇◇◇
駆ける駆ける全力で俺は駆ける。足場が屋根で走りくい。俺がいるのは家の上ではなく、坂。家が地面に埋もれているのだ。御影先生の言葉を借りて説明するなら別のゲームが混ざっている。
「チッ」
舌打ちした俺が瞳に捉えるものは俺を後ろから追いかけてくる赤い点。これはスナイパーライフルから放たれたレーザーポイント。つまり俺は青チームの誰かに狙われている。
「桂木君前だっ!!」
俺が向かう場所、時計台。そこからひょこりと顔を出したショタ系男子張本とその友人眼鏡の年玉の姿が見える。そう。俺のチームメンバーは彼らだった。
「GURAAAAAAAAAAAAA!!!」
張本が俺に忠告したのは飛び込んできたモンスターのこと。このゲームの魔物はどこかおかしい。攻撃の軌道が奇妙な線を描いてくる。また持った特性もぐちゃぐちゃだった。体の半分を透明化した黒豹が、俺に鈎爪を立てやんと腕を振るう。難易度はハードコア、一撃で終わる可能性は高い。
(集中。狙われてることは意識から消せ。軌道を思い出せ)
上からの攻撃がグニャっと奇妙な軌道を描く、潜り込む俺はそこに銃口をピタリと合わせた。発射、ドパァンと銃弾を受けてヒットエフェクトが弾け豹の動きを止める。無防備な姿に引き金を引きそうになるが……止める。
(殺すなっこいつを盾に)
モンスターが死ねば泡となって消える。俺は豹とすれ違うように青チームから見て後ろ側へ回る。その動きは完璧だったが、その際に右足を撃たれた。
(抜いてきやがったっ)
頭と胸は一撃だが、腕や足は部位破壊となり、神経が遮断される。ドスドスっと豹が撃たれ消失の光を見ながら俺はもう片方の足で踏み切った。
「届けえええっ」
気合の全力飛び。転がるようにして時計塔に入るとそのギリギリを二つの銃弾が掠め地面を抉った。
「ぶねえええ。おいっ俺たちのクラス絶対FPS経験者いるぞ」
「よく今の避けたね桂木君」
「早く足を出せ底辺。包帯を使う」
包帯というアイテムを使えば部位破壊から復帰することができる。でも、貴重品で俺の足に巻く年玉の顔が歪んだ。
「これで最後だ。次掠めただけでも僕たちは嬲り殺しだぞ。どうするんだよ」
「ははっ絶対絶命ってやつかな?逃げた方向が悪かったね」
確かにこの時計塔より先に遮蔽物がない。グレネードでも投げ込まれたら一貫の終わりである。俺は既に開いたショーケースのような宝箱を見た。
「宝箱の中身は?」
「グレネード2つだったよ」
「今、使えるものじゃねえな」
このゲームでは各所に宝箱が設置されている。それを取ることでプレイヤーは装備を強化してゆく。俺を狙ったスナイパーライフルもそうして取ったものであるはずだ。俺たちは運が悪いのかまだ武器は初期に配られたもののまま。
「詰んだな。こりゃ袋小路ってやつか」
「そうやって諦めるから君は底辺なんだよ」
そう言って年玉がグレネードににた爆弾を俺に手渡す。
「スモークをクラフトして置いた。ただ逃げ切れるかは賭けだろうけどね」
(へえ)
あの逃走劇の中でアイテムを拾い、クラフトしてみせた。俺はちょっとだけ眼鏡君を見直すのだった。




