閑話『実技満点の男』
深夜。ほとんどの生徒達が寝静まったその頃、校長室の明かりが爛々と照らされていた。内部では二つの陰が揺れ動く。
勿論、一人は校長であり、もう一人は教頭の泉友里という20代後半の女性だった。
ビジネススーツにトンガリ眼鏡と秘書風の格好をしていてタイトなスカートから綺麗な生足を披露している。そんな彼女のヒールが敷かれた赤い絨毯を強く叩く。そう、彼女は怒っているのだ。
「マグドール校長先生っ!聞いているんですか!?」
「うん?聞いておるよ。泉先生」
ぐるりと黒椅子を回転させて中空で指を動かしていた白髪の老人がこれに答える。名をマグドール。彼の前には幾つもの光の板が展開していた。
「でしたら先程から人を無視して何を弄っておられるのですかっ!」
「そりゃ新入生達が始めるヴァラパラじゃよ。丁度、インベントリーの整理をしておってな。いやー流石はタブ社が協力してるだけのことはある。ゲーマーのことをようわかっておって実に面白い。まだベータ版じゃが年甲斐もなく熱中してもうたわ」
「全く……それ、そこまで教師が没頭する必要があることなのですか」
「何を言うておるんじゃ。生徒が使用する教材をある程度、把握しておくことはVR講師として重要なことじゃぞ」
「だからといって別の業務中にまでしなくても。そういう時間が設けられているのですから。知っているんですよ。校長先生が始業式に隠れてピコピコしていたことは。もう、新人先生方に示しがつきません」
ぷんすかと怒る泉にマグドールは目をしばたかせる。
「そんな事言われてものう。大体、泉先生も何でまだ校内に残っておるんじゃ。勤務時間はとうに過ぎておろう」
「それは……。校長先生も知っているでしょう。私はゲームに理解が少ないので付いてゆくのがやっとだと。生徒達に示しがつきません」
「ラヴェルはそういう事だけを教える場所ではないと言うたはずじゃがな」
「保護者に知られれば面倒になりますから」
聞いたマグドールはピっと弾くように光の窓を消した。
「仕事周りのことになるとほとほと融通が利かんのう日本人は」
「ホントに、少子化で人手不足だか何だか知りませんが、苦手なゲーム学校にぶち込まれ気づけば教頭に……はぁ……婚期が遠のいてゆきます」
果たしてそれだけが原因なのだろうかと教頭からお叱りを受けそうなことを考えてしまったマグドールは誤魔化すようにポリポリと頬を搔いた。
「さて話も終わったということ「いえ、まだ終わっていません」
そして、ドンっと机に押し付けられた電子パットには一人の新入生、桂木流星の情報が書かれていた。
桂木流星。それは幾度も教員会議で名前が出てきた生徒である。筆記試験0点、実技満点という前代未聞の生徒である。
「なんじゃ。生徒の情報なんぞ出してきおって。ふむ、桂木流星。はて誰じゃったかな?」
「と・ぼ・け・ないで下さいっ!何故、教員会議で不合格が決まった生徒が入学式に出ているのですかっ!貴方でしょう。彼を合格させたのは」
「そりゃあ、最終的に同率の生徒から誰を選ぶかはわしに権限があるからの」
マグドールの不思議な威圧感のある青眼に捉えられ、泉は少したじろいだ。
「ですがっゼロですよ?ゼロ。一般常識問題があるラヴェルのテストで」
「まあ、確かにこやつは東京の首都を札幌と答え、外国人のわしですらも戦慄するお馬鹿ちゃんじゃが……ほれ」
スッとマグドールは泉にペットボトルを差し出すが受け取ってしまった泉はキョトンとした。何も入っていなかったのだ。いや、入っていてもいらないが。
「何ですか?空ですけど」
「泉君。君はそこに尿を出せるか?」
いつの間にか立ち上がり窓の外を見るマグドール校長。その反射する顔は真剣そのもので、だからこそ彼女は聞いた。正気かと。
シンと静まり返り、場がシリアスな空気になった。耳に入った気もするが、流石に聞き間違いだと泉は思った。振り返ったマグドールの顔が余りにも引き締まった表情をしていたから。
「すみません。バッチリ聞いた気がしますが一応……。今なんと?」
「わしは言った。そこに尿を出せるかと」
「ななななな」
真っ赤に染まった泉はスカートを抑えて声を荒げる。
「何を考えているのですかっ!セクハラです。訴えますよ」
「過去、ネットゲームが体勢を占めていた時代、トイレに行く時間すらも削った猛者達がいた。日本ではそれをボトラーと呼んだそうじゃ。かつてわしも同じ質問をされての。お主のように無理だと断ったのじゃが、その場でズボンを下し、実践して見せた彼にこう返されたよ。なら、お前は真のハイヒューマンになれねえとの」
「真のハイヒューマン?」
コクリと頷いたマグドールは返されたペットボトルを受け取った。
「丁度、そこはカフェじゃってな。そやつは公然わいせつ罪で逮捕されよった」
「アホではないですか」
「うむ、じゃがそやつは今やハイヒューマンランキング一位の男」
「え?」
「泉君、生徒を常識的な物差しで測るでない。ハイヒューマンは字のごとく壊れた人と書く。まさに狂人。教育のこれまでは覆えされたと考えるべきじゃな」
泉は流星の写真を見る。学年トップを走る有栖川と比べると覇気の無いどこにでもいそうな男子生徒にしか見えない。
「彼がその高みに行きつくと?」
「そこまでは分からんの。じゃが、何かしら尖ったものが必要ということじゃな。様々な事ができるようになった時代であるからこそな」
「あの……では何故、そこまで高く評価をしておきながら彼はFなのです」
当然の疑問にマグドールは口角をあげて肩を竦めた。
「ま、今は内緒じゃ」
「は?」
「なにすぐにも明らかになる。さてそろそろ遅い。送るよ泉君。女性の夜道は危険じゃからな」
はぐらかされたと泉は思ったが確かにもう帰らなければならない。
「ありがとうございます。どちらかというと貴方に危険を覚えるのですが、帰りに警察署に寄って頂けると有り難いですね」
「泉君っさっきのはアメリカジョークという奴で」
貴方はイギリス人でしょうっとガっと手を掴み、グイグイと引っ張ってゆく。
「今の時代、発言には気を付けた方がいいんですよ?校長先生。一発退場なんですから。まぁこれはずっと昔からでしたか」
バタリと扉が閉じられ、誰もいなくなった。当然、こんなやり取りが会った事など生徒達は知らないが再び扉がゆっくり開いたのだった。
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流星ノート〇 VRMMOにまるで関係の無いテスト
VR学校でありながらラヴェルではMMOと関係の無い一般常識テストを何故か受けることになる。実技が重要視され、その必要性を疑問視する声も上がっていた
桂木流星は幼少期からMMO漬けの生活を送っていたため一般常識が皆無




