アップデートと目利き
PT対抗試合の言葉に浮足だつ生徒達。けれど、それに冷や水を浴びせたのが校長であるマグドールであった。彼は飄々とした爺さんだが、不気味な威圧感があると俺は感じていた。その片鱗がジワリと滲みだす。
「おっとすまぬのう。これ実は間違いなんじゃ」
「え?」
彼はピっと泉教頭が持っていた電子パネルを奪い取ると画面に映るように見せ、シュッシュとクラスの部分を消してしまった。これで対抗戦となった。
「校長先生っ!何を……して」
いつものおふざけだと泉教頭は思ったようだがマグドールは口に指を当て静かにと示した。その真剣な彼の表情は泉教頭を黙らせたようだ。
「さてニュービー諸君、わしは今クラスを消した。これがどういう意味かわかるかのう」
シーンとなる。雰囲気の変化に委縮したのだ。
「掲示板君、どれだけの者が気づいておった?」
「えー全体の5%未満ってところじゃないですかね」
俺たちはぎょっとなる。彼が手に持った電子パネルが話し出したから。しかも掲示板と言った。俺も結構書き込んだ。思いっきり見張られてた……っと思わず口元が引き攣る。
「ふむ例年通りというわけじゃな。さて、ニュービー諸君、まずわしはおんしらに謝らねばならん。あのS~Fのクラス分けあれは実力を考慮して分けたわけではない。あれはただAIの判断に委ね振り分けたものなのじゃ」
驚愕の事実。生徒達は動揺し、目を見開いている者までいる。教頭も口をあんぐり開けていて彼女も知らされていなかったと理解した。いや教頭は知ってないとダメじゃない?
「それで掲示板君、下の者を馬鹿にした生徒は?」
「えっとぉー全体の8%ってところじゃないですかー」
成程のうと髭を撫で、ドンっと足で地面をうったマグドールのこめかみがピキっと青筋を立てる。
「たかがアルファベット一つに騙されよってこの馬鹿者どもがっ!!!」
信じられない大声。ビリビリと振動を感じ身がすくんだ。
「よく聞けニュービーよ。人ひとりの力量はそんなに容易く測れるものではない。VRMMOは確かにゲームじゃ。だがプレイヤーは人間じゃ。その人間がゲームの中におるからといってゲーム的な表記だけで見抜こうとするでないわ」
シンとする。でも恐怖からではない。誰もがマグドールの言葉を真剣に聞こうとしていた。勿論、俺も。
「事実、おんしらはただアルファベットを振り分けただけで上であると勘違いし、下であると思いこみ、中間にいると信じ安心した。おんしらは周りを人を見たか?その上で判断を下したか?己が立ち位置を見失っていたのではないか。一度、学園の外に出ればそれが常識ことであると理解しておるのか。外は教師が評価を付ける世界ではない」
トンっと音もなく着地したマグドールは俺たちの間を通り始める。ゆっくりとじっくりとその声が全員に届くように。
「ハイヒューマンは決して一人では至れん道。仲間を見つけなければならん。おんしらはその仲間をどうやって選ぶ、どこで測る。わしらがSと付ければ入れるのか?有名ギルドだったら誰でも良いのか?」
俺の後ろから彼の声が聞こえたが、胸に刺さってゆく。
「おんしらがただゲームで遊ぶつもりであればそれでよい。だが、このラヴェルに来たということはおんしらはその遊びで食ってゆくつもりなのだろう。それを決して容易い道と思うな。これは老い耄れからの忠告じゃ」
そしてこれが最後と彼は振り返った。そこには先の威圧感は無かった。
「ゲーム側から与えられる評価は膨大なものとなる。称号、ステータス、所属、そしてブラフ。騙されるでなく己が目で同僚を見抜け、実力を測れ、そして信じあう友となれ。そうした目を養うことがハイヒューマンへ至る道の第一歩である。それがラヴェル創始者鞍馬洋介の言葉。ニュービー諸君、1か月で己の見出だした仲間6人を集めよ。それがそなた達にとって最初の」
(試練である……か)
ヴァラパラだけでなくラヴェルも俺の想像を超えてきてふらつく。俺の学生生活が途方もない魅力溢れるものになり替わろうとしている。周囲を見れば皆目がギラついている。
そう、こいつらは精鋭なのだ。この年でゲーマーとしてラヴェルに見出された者達なのだ。雑魚なんていない。彼らとの闘いは壮絶なものとなるだろう。後、二か月。どこまで強化し戦いたいと思う仲間を見つけられるか。
(滾ってきた)
武者ぶるう。けれど、これだけではなかった。俺、そして生徒達の心を高ぶらせるものが何とまだ用意されていたのである。その存在をマグドールが告げた。
「さて、少々脅かしすぎてしまったのでのう。これはわしからではないのだがおんしらに詫びとして一ついい知らせを届けよう。泉君あれを」
あっはいと呆け気味になった泉。彼女がパネルを操作すると巨大なスクリーンが登場しそこに映像が流された。タブ社とニンステーションの名前とロゴが登場し、それが誰からのメッセージであるかを理解する。パっと映像が切り替わり、白の背景をバックに椅子に座った白人の優男が現れた。額で分けられたウェーブする金髪と少しだけ垂れた青い瞳を持つその人は何故か白衣を纏っている。そんな彼が画面の中で口を開く。
「初めまして、ラヴェルの学生の皆様。私の名前はエリオット・レインリバー。貴方たちがテスターとなったヴァラエティー・パラシスの総合プロデューサーを務めさせて頂いています。まあ、貴方たちにとってはゲームマスターと名乗った方がなじみ深いかもしれませんね」
そうクスッと彼は笑った。
「あの日本屈指のハイヒューマン鞍馬洋介が作ったラヴェルの教材に選ばれたこと、僕たちスタッフ一同はそのことを誇りに思っています。まあ私は洋介と知り合いなんですがね」
ふと俺は思い出した。ヴァラエティーパラシスで初めて出会ったNPCが言った言葉を。確か彼女はカップワンという名前だっただろうか。その彼女が言っていた。
”鞍馬洋介の死には謎があります”
と。それが、少し気に掛かったがエリオットの話が続けられる。
「さて遂にヴァラエティーパラシスも発売まで一週間と迫りました。僕たちはこのゲームを世界トップMMOとして君臨させたいと考えています。そこで話題を浚うため発売数日後に大型アップデートを施すこととなりました」
アップデートと聞き、生徒達が笑顔で顔を見合わせる。ゲーマーにとってアップデートは祭りのようなもの。情報一つで狂喜乱舞するものだ。
「ですがただのアップデートではありません。貴方方の現実の生活を変えてしまうほどの従来のMMOでは決して行われなかったであろう趣向を凝らしたものなのです」
よくわからないと?が浮かぶが彼もそれを予測したように苦笑した。
「とっ言われてもよくわからないでしょうね。PVを用意したので是非ご覧ください。どうぞ」
手を広げたエリオットの姿が消えてピポっと電子音が鳴った。タブ社のロゴ、ヴァラパラのロゴが流れ、ムービーが始まった。音楽の中で、デフォルメされた女の子が必死に走っている。俺はそのキャラに驚いた。
(エアだ)
エア姫だっと周囲からも声が上がる。彼女は迷宮に繋がった厄災グレゴアのこれもデフォルメされたものに追われていた。壁際に追い詰められたかと思えば、彼女の影からもう一人の女性がポンっと飛び出した。エアと同じ容姿。
(ミア)
ミアだった。眼を閉じた彼女達が手を合わせて祈りだすと、その身が輝き始め、その光を浴びた厄災グレゴアは消滅した。
カランカランと落ちた野球ボールのような黒い玉を不思議そうに覗き込む二人。そして何かを理解したのか。彼女達が頷き合いそれを掲げると次から次へと魔物達がそこに吸い込まれてゆく。
そしてゆっくりカメラ視点が回り、黒い玉の中を映し出した。そこには迷宮のような迷路の中にデフォルメされた魔物達が沢山住んでいた。そこでムービーは終わり掌ダンジョンというロゴが映し出される。
「マジか……」
想像通りの仕様ならこれはヤバいと俺は情報に見入る。ロゴからゴトンっとさっきの黒い玉が落ちて、その横から二人のデフォルメキャラが現れた。彼らが口を開いた。
「こんにちはプレイヤーの皆さん、私の名前はエア。水の都ストラージュの影姫です」
「俺はアッシュ。彼女の騎士をやらさせてもらっている」
まさかの壁凭れ野郎再登場。デフォルメされてもちゃんと壁に凭れていてちょっと笑う。女性陣からキャーアッシュと黄色い声がとんでいて女子から相当人気のようだ。勿論、エアに対する野太い声援も多い。ぱっとエアが黒い玉を掲げた。
「こちらは掌ダンジョン。貴方方プレイヤーが新たに手にする力です。条件がストラージュのストーリークリアとなっていますので、まだの方は発売後すぐクリアすることをお勧めします。力の内容は言葉通り、掌ダンジョンは貴方方が持つ専用のダンジョンとなります」
「この力を手に入れてから魔物を倒すとカードが落ちるようになる。それを読み込ませれば自分のダンジョンに魔物を呼ぶことができるだろう。まあ、これはあくまで俺の直感だがな」
きゃあという声に今のどこがカッコいいんだと俺と男性陣が振り返る。
「もう取得したものがいるかもしれないが魔物専用スキルカードもここで使用することができる」
成程、塔鉄君から貰ったあれや迷宮でゲットしたカードはそのためにあったのかと納得。
「ダンジョンはフィールドに設置することができます。NPCが挑戦し、勝利するとポイントが貰え、それと交換で報酬がもらえます。ちなみに、プレイヤー自身がダンジョン挑戦者に報酬を用意することになるのですが、より高価なものを置けば高ランクのNPCに挑戦して貰いやすくなるはずです」
そしてと彼女が下を指せば掌ダンジョンと同じ見た目の現実で使えそうな物品が表示された。これがエリオットの言っていた現実にも影響を与える仕掛け。
「この掌ダンジョンデバイスは現実でも販売されます。貴方方ラヴェルの方々には教材となりますので無償で提供となっておりますのでご安心下さい。使用方法はゲームと同じ、貴方方は現実にダンジョンを設置することができます」
エアが言いアッシュが引き継いだ。
「AR情報によって書き込まれ、謂わばプレイヤーがダンジョンマスターとなったフィールドが現実に生まれる。魔物同士で戦わせることもできるが、プレイヤーが挑戦することもできる」
「ヴァラエティーパラシスでは沢山のジョブが用意され、レベルを上げなければ上位のスキルが解放されません。単調とならないようご友人のダンジョンに挑戦しレベルを上げてみるなどもいいのではないかとご提案します。それでは皆様ヴァラエティーパラシスでまたお会いしましょう」
「ヴァラエティーパラシスでまた会おう」
ブツンっと映像が切れ、静寂が訪れた。誰もが見入っていた。そして──
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
爆発。ゲーマーたちは歓喜する。俺もまた天を仰いだ。
「やっば過ぎんだろこのゲーム。もう何から手をつけていいか分からねえや」
βが終わってやっと現実に帰れそうだというのに俺の頭は暫くヴァラパラで一杯になりそうである。
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流星ノート〇アップデート
ヴァラエティーパラシスのアップデートは通常では考えられないスピードで行われる。完成しているのに小出しにしていると批判の声も当然存在する
〇ランク
ゲーマー達のランクへの固定観念は年々酷くなっている。




