ヴァラエティーパラシスCM【桂木家】
ここは桂木家のリビングルーム。ダイニングテーブルに座ってご飯を食べる姉、の涼子とその母、民香。今二人の頭に思い浮かぶ言葉は同じだった。
とても”静か”だと。
映像が付いているのにカチャカチャと食器音と咀嚼音がやけに目立って感じられる。それだけ彼の存在が大きかったんだなと民香の口から溜息が漏れた。
「はぁ……」
「お疲れ?お母さん」
「ううん、流ちゃんがいないと寂しいなって」
「そう?静かでいいじゃない。ってかどんだけ五月蠅かったのかって話よ」
ズズズっとみそ汁を啜る涼子。そんな彼女に民香は揶揄うような視線を送った。
「またまたそんなこと言っちゃって。もう弟のお世話したくなっちゃったり」
「馬鹿言わないでよお母さん。始業式の前準備で鼻血垂らして大騒ぎするような奴よ。ホントこっちから願い下げよ」
「ふふっ」
「何よ」
「別にー何でもないですー」
クスクスと笑う母。父が死んだ頃の沈んだ母のことを考えれば良かったなと涼子はこっそりと思う。アレ(流星)が支えていたとは思えないけど、今母の傍にいるのは自分だけなのは違いない。
(頑張らないとだな私)
女で一つで姉弟を育ててくれた母に絶対楽させてやると決意を漲らせる涼子の横で当の本人はくてーっと伸びをした。
「はーまさか流ちゃんが寮入りとは……。せめて一言先にあれば心の準備もできたのに」
「寮制って当日になって気づいたのよアイツ。自分の行く学校くらいちゃんと見とけっつうの」
「流ちゃんお父さんの影響で小さいころからゲーム漬けだったから常識はないのは仕方がないかなって。ほぼ向こうの住人みたいなものだから」
「まあそれだけ夢中になれることがあるのは凄いとは思うけどさ」
夢にまっしぐら。小さい頃は馬鹿らしっと弟の思いを馬鹿にしたこともあったけれど涼子が引くレベルで弟はずっとその夢に向かって邁進している。
ゲームは楽しい、でもあれだけ長時間となるとよく嫌にならないものだと感心する。
「涼子ちゃんはなりたいものとかやりたいことってないの?」
「うーん、やりたいことか。今は学校の友達と仲良くなれたらそれでいいかな」
「ふむ最高につまらない答え」
「いいでしょ!別に」
ムスッとした涼子に民香は慌てて手を振った。
「冗談よ冗談。好きに過ごしなさい。それが一番の親孝行なんだから」
民香に微笑まれ目を逸らす涼子。ちょっとほっこりした雰囲気が漂い。ふと涼子は思った。流星がいないこのタイミングであの事を聞くべきなんじゃないかって……。
「ねえお母さん。私、ずっと聞きたい事あ「ああああ!!!」」
突如、叫び声をあげた母にぎょっとなって母が見る方へ振り返れば壮大な音楽と共に画面一杯映し出された美しい風景に度肝を抜かれた。どうやら最新VRMMOのCMらしいと京子は驚いた。
「へーこんなに綺麗なんだ今のVRMMO」
技術の進歩。いよいよゲームが現実と変わらないように涼子の目にはうつった。
「これ流ちゃんの教材よね?」
「え?」
確かに弟が言ってたロゴが踊っている。思わず涼子は読み上げた。
「ヴァラエティーパラシス……」
壮大な曲と共にフィールドや町が映し出されている。戦士らしき剣を持った少年が装備を買い揃える姿と共にナレーションが流れた。
”ジョブ100以上 スキル総数一万 戦闘中でジョブを変更可能な新システムを搭載 故にその組み合わせ無限 ”
少年が水龍と対峙し、咆哮と共に剣を振るえば──
”君だけの無限を紡げ”
それが決め台詞なのか。画面に剣筋が入って暗転した。ほんの僅かな映像だったけれど、涼子の心臓も少しだけ高鳴ってしまった。
(でもやっぱ闘い系かー。興味ないのよね私。スローライフ系とかでたりしないのよね)
「何か凄い気合入ってるわね。お母さんもいっちゃおうかな」
「止めなよ。学校の集まりに母親が突っ込んでいったら最悪の極みよ」
「あっもう一本始まったわよ」
誤魔化した。この母親ならやり兼ねないとジト目で見つつも涼子も再び画面に目を移す。そして涼子は釘付けになった。
”ヴァラエティパラシスの世界でスローライフを楽しみませんか?”
美しい町並で女の子たちが異世界ライフを楽しんでいる。可愛らしい家や家具を買い揃え友人らしき者達とお茶している。
”ヴァラエティパラシスでは様々なプレイスタイルをお客様に提供する予定です。戦闘が苦手な人でも大丈夫。住人レベルを上げる事によって領主にだって。ヴァラエティパラシスの世界に移住してみませんか?”
ふと涼子は自分が見入ってることに思い立ち、ようやく母がニヤついた笑みを自分を見ていることにきづいた。
「うっ」
「興味ある?涼子ちゃん」
「ないない!ないわよ!欠片もないわよ。そもそもそんなお金」
「お金の話はしてないんだけどなー」
「うっ」
「パンドラボクスなら流ちゃんのがあるわよ?大会で優勝して貰った奴。売るわけにはいかないし、流ちゃんは今使ってないし。勿体ないとは思ってたのよ」
「ソフトだってただじゃないし電気代だって馬鹿にならないでしょ。いいのよ私は!」
バンっと叩いて出ていく涼子を暖かい目で見る民香。
「誕生日決まったかなー。流ちゃんと同じ目するんだもの」
チラっと見た民香は最後の値段を見て固まった。
「うっこれは仕事増やさなきゃ……」
とはいえ買わないという判断はもう民香の中になかった。彼女はチラっと写真立てを見た。父親らしき男性が赤子の流星を抱っこし、そして小さな涼子がぶすっと母のスカートを引っ張っている家族写真。
「子供は甘えなきゃ。そうよね?貴方」
そんな民香の言葉に応えるように何かがひっそりと煌めいたのだった。




