水龍と名付け
ストラージュの守り神、水龍。その正体は生贄を求める糞野郎。っと断じたいところだが、その竜は化け物を封じるために何十年もの間ずっと洞窟に籠っているのだそうだ。そう思うと何だかこれも致し方ないのかなって思ってしまう。
できれば生贄を使わない方法を模索して欲しいと思うのはやはり人視点に立ちすぎなのだろうか。
「ねえ僕の話聞いてる?絶対聞いてないでしょ」
「聞いてる聞いてる」
「嘘絶対聞いてないよ君。はい、嘘ポイント1追加」
「んだよ嘘ポイントって」
俺がそういえば彼女は人のように悩み、人のように笑った。
「んー5ポイント溜まったら何か奢って貰うから」
「はいはい」
「あー本当に奢って貰うんだから」
「だから分かったって」
子供っぽくムスーっとするこのエアは人間ではなく、ミミックである。彼女はそのことを知らず、ただエアの身代わりを果たすために生み出された。なので、彼女からの依頼はある意味もう達成されている。
どうして魔物の声が聞こえるのか。それは彼女が魔物だから。
至ってシンプルな答え。でもそれを伝えるのは勇気が必要で俺にはちょっと言えそうになかった。ここまでリアルじゃなかったら話は違ったのになって思う。
エアの部屋に来るのはストーリー、サイドクエストを合わせ既に相当な回数になっている。女の子の部屋なのにドキドキしないのは演出とはいえ彼女の目的への狂気的な拘りが見え隠れするから。
彼女は資料に埋もれながら聞きずらそうに俺に問うてきた。
「ねえ、聞いたよ。君……お城に連れて行かれたんだって?」
「ああ」
「変なことされなかった?その、乱暴なこと……とか」
「全然、全くされてない」
良かったああっと安堵するエア。これまでの付き合いで分かったが彼女はほんと人の心配ばかりする。
「じゃあ、やっぱり僕のことに関する説明とかかな?ってことはやっぱりもう聞いちゃった?影姫と光姫の話」
「聞いた。生贄の話も」
「……そっか。うん、そう。僕は守り神様の生贄。時期ももうすぐ。だから稀人様との依頼もあとちょっとだけの間ってことになるね」
「逃げようって思わないのか」
「正直言って怖いよ。でもほら僕が逃げると他の誰かが代わりになるんでしょ?それは……嫌だよ。だからさ僕は逃げない」
まるで互いに庇い合っているかのようだ。そしてその連なりはエア・ストラージュの持つ優しさ。
「ほら、もっと話そ。僕、稀人様の世界の話とか聞きたいな。え?目的からズレてる?いいんだよ。何かのヒントになるかもしれないんだから」
縋るような彼女の目を見て俺は軽く目を見開いた。まさかと思う。もしかして彼女はもう全て知っているんじゃないかって。
彼女との話を終えて暫く歩むと大体いつもこいつが待っている。白髪の騎士アッシュが腕を組んで壁に背を預けている。美形を持つ者だから許されるポーズだ。
「お前、いつもそんな体勢だと壁凭れとか掲示板にそんなあだ名つけられるぞ」
「稀人、お前は時々訳の分からん話をする」
俺が先に進めば彼は嫌そうに付いてくる。アッシュは本物のエアとの連絡橋。他の奴に変えてくれといったが味方はこいつと騎士団長の爺さんくらいなのだそうだ。可哀想に碌な人材がいない。
「おい、その目を止めろ稀人。無償に腹が立つ」
「なら、さっさと要件言ってくれよ。お前とデートしてるみてえになるだろ」
「っち。エア様からの伝言だ。他に手段はない。予定通り最初の計画でゆくと」
「最初の計画っていうと贄の儀に姫さんが入れ替わるってあれか」
「そうだ」
「なあ一個言っていいか?」
「一々聞くな。さっさと言え」
ムカっとするが俺は拳を収める。大人なのだ俺は。
「仮に100歩譲ってその計画をやって成功して、アイツが助かったとして……。魔物である彼女をこの国は受け入れられんのか?」
「まず無理だろうな。とはいえ姫様に化けさせ魔物を飼っていたと民に知らせるわけにもいかないから秘密裏に処理、もしくは幽閉だろう」
「いいたかねえけど意味なくねえか?それじゃあ」
「姫様はエルフと知古があってな。彼らなら匿ってくれるだろうと」
一応の考えはあるらしい。スッキリしない結末ではあるが、部外者かつ何も思いつかない俺には何かを言う資格はないだろう。
「お前はいいのか?それをすると本物の方が死ぬことになるけど」
「俺は騎士だ。主の本懐が仕える者の望み。まあ、姫様には生きて欲しいとは思うがな。あの魔物が代わりとなって死んだとなれば自ら命を絶ちそうな嫌いがあってな」
あちらを立たせば此方が立たず。両方を救いたいならやはり元を絶つしかない。
(これは竜と闘って、封印が解け復活したグレゴアって奴が裏ボスってことか?いや……だとすると続きそう。ストーリークリアってひと段落がある感じじゃない。駄目だ。やっぱ聞くんじゃなかったな。つい逆から考えちまう)
「兎に角、伝えるべきことは伝えた。次に会うのは贄の儀の時だろう」
それではなっと言って去ろうとしたアッシュを俺は止める。
「ちょっと待った。ホントに最後の一個、お前さ何で初めて俺と会った時、笑ったんだ?」
「笑った?俺がか?」
「ああ」
未だにはっきり覚えている。なにせスローモーションで見せてきたし。ふーむと悩んだアッシュはポンと手を打った。
「思い出した。貧相な奴がいるなと噴き出しかけて」
「よしお前表出ろ。ぶっ飛ばす」
「俺は騎術士でもないやつとは剣を交えん」
「あっ!そういえば騎士のジョブゲットできるんだっけ、どうやってなるんだ?」
「騎術士には品格が必要だ。品性の欠片もないお前には無理だ」
「よしお前表出ろ。ぶっ飛ばす」
「同じセリフを二度吐くな。鳥かお前は」
「……」
NPCに弄ばれている。色々言いたいことは山ほどあるが、とりあえず俺はこのNPCが苦手だ。
竜贄の儀とはその年で取れた穀物を守り神様へ捧げ、次年の繁栄を願う豊穣祭。っと庶民には説明されているが実際のところは王家の血を贄として捧げ封印を守る仕来りである。
贄とされる影姫は穀物と共に荷台に乗せられ運ばれる。本物の姫部屋に掛けられていたあの隠蔽魔法は本来はこっち用として用意、或いは開発されたものだったのだろう。
なので馬車の中だというのに闇の中のよう。真ん中に置かれた魔道具のランタンが無ければきっと何も見えなかったに違いない。
え?何でそんな内情に詳しいかって?そりゃ俺が簀巻きにされてその中に入っているからだ。
「いや、何でだよ」
恐らく同じタイミングでストーリーに入り、同じ目に合っているだろう新見さんも今頃何でやねんって叫んでいるに違いない。
「やっぱアイツ悪い奴だったってことか?」
俺を縛りここに放り込んだ奴はあの憎きNPC壁凭れのアッシュである。油断しているところをゼロ距離からの中級魔法ぶっぱで気絶させられた。絶対、低級でもいけた。あれには私怨が入ってたと俺は思う。
「やっぱ見間違いじゃなかったか。悪い感じでニチャーってしてたしなニチャーって」
ただである。ぶっちゃけ俺は彼女たちのために何かできたわけでもなく実際ただの傍観者。
ほっとけば何もできないし、俺を贄にするつもりなら王家の血じゃないと駄目って話は一体なんだったのかってなる。つまり、この状況全く意味が分からない。
「うーん」
まあゲームだから落ち着いていられるわけだが俺は唸りつつコロコロと転がる。すると、コンコンっとノックされて誰かが入ってきた。
「姫さんか」
薄紺のドレスを着こなし、この凛とした雰囲気を放つのは本物のエア・ストラージュ。彼女は何も言わず積まれていた稲わらの上に腰を下ろし、じっと俺を見つめた。
「なあ、どうなってんだ?アンタの部下にこんな目に合わされたんだが」
「申し訳ありません、稀人様。貴方にも贄となってもらうこととなりました」
「……何でまた?」
「父と母の計画が水竜様に露見したのです。偽りをもって魔物を捧げようとしていると。大層お怒りになり、私と稀人を捧げればもしかすれば静まるかもしれない。そう……っふふ」
「ん?ふふ?」
じーっと見ていると姫の顔がどんどんニヤけ俺のよく知るエアになった。
「え?マジ?」
「もう駄目。無理だよ。ねね、どうかな?僕似合ってる?こういうヒラヒラしてるの身に着けてバレないように振る舞うとか絶対に無理だって思ってたんだけど」
コクコクと頷くとやったっとガッツポーズした。そしておてんばな彼女らしくパタパタと足を振る。
「でも、そっか僕にそっくりな人がお姫様なんだからそりゃ大丈夫だよね。うーんもっと勇気を出して色んな服着れば良かったかな僕」
「いつから」
俺の視線が深い蒼の双眸と交わる。
「いつから気づいてたんだ。自分が魔物だってことに」
「ごめんね嘘ついちゃって。君と出会う少し前からかな。僕がミミックでエア・ストラージュのコピーで、魔物なんだって僕は知ったんだ。アッシュから教えて貰って」
「あいつが……」
彼はやっぱり姫様を助けるために彼女に打ち明けたのだろうか。それとも……
「彼はね直観ってスキルを持ってるんだ」
「直観?」
「そう、特殊なスキルさ。でも君たち稀人なら手に入れることができるって聞いたことがあるよ」
頭の中にメモる。多分、いつか手に入れることになりそうだと。
「そのスキルを使ってアッシュは僕に言ったんだ。稀人を巻き込めって。そうすれば姫様が死ぬことは無くなる。僕はその要求を呑んだ。僕は本物のエア・ストラージュに死んで欲しくなかったから。でも」
これはやり過ぎだと彼女は俺の縛られているロープを解き始めた。
「ごめんね。ここまでとは聞いてなかったんだ。君と話すだけで回避できるって聞いていたから」
「何でそこまでして人間のエア姫を救いたいんだ?」
「僕はもう長くない。通常のミミックじゃあ到底無理なことをやってのけているからね。彼らからすると長生きさせる必要はない。竜贄の儀まで持てばいいんだから当たり前といえば当たり前。だからどんな選択肢だろうと僕はどのみち死ぬ」
「そのことを姫には?」
「当然アッシュから伝えて貰った。でも、彼女頑固でさ。信じてくれないんだ。身代わりになる方便だと思ってる。僕が生贄になれば全部丸く収まるのにね」
パサリと彼女は俺の拘束を解いてくれた。
「僕には何もない。人間でもなく魔物でもなくエア・ストラージュでもない何か。経歴も全部作られたもので僕本来のものじゃない。でも一つだけ繋がりがある。それがエア姫。理由はどうであれ僕は彼女から生まれた。だから僕にとってはお母さん。僕が生まれた理由が母を助けることなんだったら僕は本望さ。さあ、そろそろ着いてしまう。君も」
よいしょーっと俺は彼女の横に寝ころび、彼女はキョトンとなった。藁ぶきで寝るなんて初めてだがチクチクする。
「何やって」
〈NPCに名前を付けてください。”あ”など適当な名前は採用されません。投票となり一番多い名が採用されます〉
おっと丁度考えていたこととシステムからの注文が一致してしまった。採用されるとかされないとか考えない。俺が呼びたい彼女の名は──
「ミア」
「え?」
彼女を指して言ってやり、俺は軽く口角をあげた。
「前々からややこしいって思ってたんだよ。だから俺が名前を付けてやる。お前は今日からミアだ」
「ミア?」
「ミミックとエアを掛けてミア。どうだ?」
「どうだって……君ネーミングセンスないって言われるでしょ?」
「よく言われる。でも文句をいいながらも皆何だかんだ使ってくれるな」
「ふーん、じゃあいいよ。短い間だろうけど、僕のことミアって呼んでも」
「後、依頼もまだ終わってねえだろ?俺の意見が欲しいってやつ。だから最後まで付いてってやる」
「いや、でも」
「大丈夫だって、俺は稀人。プレイヤーは死んでも蘇る」
「何それチートじゃん。ずるいよ」
「確かにそれが一番チートかもな」
生贄の時間が来るまでの間、俺とミアは初めて会った時のように談笑に花を咲かせるのだった。




