エア・ストラージュと住まい
暗い室内に置かれた人の身ほどもある機械箱。プシューっと蒸気を吐き出すと表面に付けられた扉が開いてゆく。
こいつがダイブ専用デバイス『パンドラボックス』。そこから身を起こした俺はぐっと伸びをしふわあっと欠伸をした。現実に戻った俺を出迎えてくれたのは当然、住まいとなった最下荘の自室である。
「眠っ」
ほとんど寝た状態といってもプレイ中は脳を覚醒させるため疲れるし、睡眠もとれない。ちなみに、寝落ちすると普通に動かなくなる。
「あー肩痛」
呻きながらバキバキと骨を鳴らす。パンドラボックスが軽く体勢を変えてくれるとはいえ、長時間やるとこの年でも凝りがヤバい。そして俺はそのままベットにダイブする。ホント不健康極まりない。
ほとんどのゲーマーがこんな感じ。とのわけで政府はスポリティーの高いゲームを作るよう開発者に促したのである。人が少しでも運動を行う必要があるようにVRMMOを規制するという選択肢を人はとれなかった。それほどに人は架空に熱中し魅了されているのだから。
俺はパチっと旧式のテーブルライトを付けて天井を眺める。
さて、VRMMOの登場が人類において健康以外で問題を起こさなかったのかと言われるとその答えは否となる。人を架空に飛ばすというこの革新的な技術は面白いことに人類技術にある鈍化を与えることになったのである。
ざっくりと言えば人が架空に流れた。資金、人材、夢が現実から架空へと渡り、それを失った現実は停滞した。いや、こういう旧世代のものが一部使われている時点でむしろ後退してしまったというべきか。
今や俺たちがいる現実は歪なものとなっている。近未来的なものがあるかと思えば未だにクリーニング屋を利用したり、学園のホログラム投影に驚けば100年前の掲示板で同級生達と和気藹々と語り合う。
まあ、それだけVRMMOの登場が人社会にとって衝撃であったということだ。ゲームとはいえまさに別世界を作るようなものなのだから。
「ヴァラエティーパラシス……か」
このゲームの世界観はどんな感じなんだろうか。カップワンと名乗った運営AIはヴァラパラではキッカをも上回る超高性能なAIフラグメントが一部いて、そいつらが自立して動いていると語っていた。が、その出会いはまさかの一年後宣言。
「やっば知恵熱でそう」
考える事が一杯だ。ナズナのこと、理聖のこと。ストーリーのこと。そして、これからのこと。思考がぐるぐると回って疲れ切った俺の瞼はいつの間にか落ちていたのだった。
早朝。日差しを浴びながら、日課としている空組を行う。カラクミとは武道における舞いのようなもの。そこに自身がプレイするゲームスキルの構えを取り入れるのである。
「ふっ」
小さく息を吐いて、俺は蹴りを放ち武道一式、破天掌の構えをとって掌底を打ち出す。ゲームと違ってそれだけで汗が飛んだ。
法で学生に許された最大実働時間は10時間で、その半分は休まなくてはならない。また一週間でインできる総量も決まっている。許可を取ると一日中できたりもするけれど、基本的にこれを守らなくてはならない。
大人になったらもう少しこれが長くなって政府公認の資格や免許を取れば更にその時間が延長される。
この学園、ラヴェル卒業証書もその一つ。競争率が高く入学できただけで勝ち組と言われる。まあ、卒業できればであるが。
ちなみに西にもう一つ国が認めた廃人養成学校があるが、もし俺がV-sportsに出れば関わることもあるだろう。確か学校対抗試合みたいな交流があったはずだ。
「よし」
訓練に満足してクールダウンに入る。お茶目な爺さんマグドール校長はこのまま一か月頑張れといった。謂わばほぼ自習。生徒としては嬉しいが授業を受けている気はしない。
「授業ってホントやったりすんのかな」
そもそもVRMMOの授業ってどんな感じなんだろうか。ただ考えてもダブルピースするマグドール校長の姿が浮かび不安な気持ちにしかならなかった。
「ラヴェルポイントっつうのどうやって増やすか未だわかんねえし」
学校方面の説明が無さ過ぎで愚痴ってしまう。それでお金が支給されるって話も聞いた気がするしその辺り一体どうなっているのやら。
まあなるようになるかと離れようとした俺はこちらにやってくる人影に気づいた。背が高くてめっちゃ分かりやすい。
Fクラス一のノッポ、塔鉄君である。彼は何人かの生徒達といて彼らと別れるようにして向かってくる。そいつらはFクラスの面々ではなかった。
「おはようなんだな流星君」
「はよ」
「礼を言いに来たんだな。ばっちり見せて貰ったんだな」
ああ、そうだった。彼にもフィールドボスとの戦闘を見せたのだった。
「別にいいって色々聞いたしスキルカードも貰ったし」
「やっぱりお願いしてよかったんだな。凄かったんだな。あいつ等にもいい刺激になったんだな」
そう言って塔鉄君はさっきの奴らの方に向く。
「あれは塔鉄君の友達とかか?」
「同じPTなんだな。ライスト時代からの」
「へえじゃあ俺と太一みたいなもんか」
ちょっとだけ塔鉄君が羨ましい。
「流星君、竜の爪は?」
「ドラクロは解散した。プレイスタイルの違いで」
ずっと続く関係だと思っていた。でも俺たちは袂を分かれた。まあでも、かつてのPTメンバーがVRMMOを止めるとは思っていない。だから俺はどこかで再会できると思っている。この道を走り続ければいつかきっと。
「流星君はいずれクランを?」
「勿論」
当然だと俺は頷く。仲間探しもこの学園にきた理由である。ちょっとゲームでPTを組むような関係ではなく、廃人を目指し世界と戦ってゆく覚悟のある真の仲間。だからここに来たんだ。
「俺も作るんだな」
「へえ、いいじゃねえか」
「エイプキングとの戦いを見て俺は君に嫉妬したんだな。タンクでない流星君が俺よりも盾スキル使いこなしていたから。でも俺は負けないんだな」
「そっか。ならクランを作ったら勝負だな」
「止めて見せるんだな」
「ぶち抜いてやるさ」
だなっと塔鉄君から手を差し出されその手をとった俺は驚いた。塔鉄君の掌が潰れた豆でゴツゴツだったから。それは剣の訓練を続けた者の手。相当修練したのだろう。そんな俺の心情を読み取ったようで彼は苦笑した。
「男だからやっぱり剣に憧れたんだな。でも、俺はこれで行くんだな」
そういって訓練用の盾を見せて去ってゆく塔鉄君の背を見て思う。あれは相当強くなると。握り締めた手が震えた。
「師匠アンタの言う通りここにきて良かった。ずっとワクワクが止まらねえ」
学生生活が楽しくてたまらない。やっぱりもうちょっとと俺は今度は木刀に切り替えて訓練を再開させるのだった。
水の都ストラージュ。その絢爛な街並みから外れるようにこじんまりとした小屋がある。そこがエア・ストラージュの拠点。城を抜け出して彼女はそこで研究をしていると受付嬢が言っていた。
「エア・ストラージュは魔物の言葉がわかり民から恐れられているが、その力で依頼を完遂させて、ギルドとの関係は良好。とはいえ表立って支持するわけにはいかず、この隠れ家と情報を提供しているか」
ここからどんな物語を描いてゆくことになるのか。気になると前をゆくちょっと不満げなキッカに理由を聞く。
「どうしたんだよ?何も言わずにログアウトしたのまだ怒ってんのか?」
「わしはそれほど狭量ではない。ストーリーが気に喰わんのじゃ」
俺は首を傾げる。
「そうか?テンプレ外してて面白そうじゃね?ってかまだ始まってないようなもんだろ」
「そういうことではないのじゃ。何故一緒に見れんと言うておるのじゃ」
「しゃあねえだろ。そういう仕様なんだから」
「この開発者は馬鹿じゃ。地球にカップルシートがあるのじゃからカップルストーリーを用意すべきなのじゃ」
「んだよカップルストーリーって。ごろ悪すぎ……ん?お前地球にカップルシートがあるってどこで知ったんだ?」
聞けばふふーんと自慢げにキッカの鼻の穴を膨らませた。
「わしも日々成長しておるということじゃ。見よ我が仇敵ナズナから奪い取ったこのバイブル」
掲げた雑誌をひょいっと奪いペラペラと捲る。
「男を落とす100の方法……「はい没収」」
「のわああああ酷いのじゃあああ」
「ったくお前はまだ子供なんだからこういうのはまだ早いだろ」
「流星だって子供ではないか」
「だから俺は読んでねえだろ?ほら、地球のもんが見てえなら今度俺が色々見してやっから」
「むう」
ムスーっとする相棒の頭をクシャクシャと撫でてやる。しかしであると俺は雑誌をジト目で見た。
(ナズナもどうやってこいつをここに持ち込んだんだ?)
謎深まるである。
エアの隠れ家に俺たちは辿り着いた。ドア前に立った瞬間、キッカが消えそれでストーリーに入ったことが分かる。
「えっと」
ちょっと困惑する。ベルは見当たらずノックして良いものかと。
(まあいいか)
コンコンっと手の甲でうつ。でも、返事は返ってこず、待っても何も起こらない。
「ん?」
不発?でもキッカは消えたままである。じっと観察し俺はドアの隙間から煙が漏れ出てる事に気づいた。
「おいっ!大丈夫か?」
応答なし。ドアノブを捻れば空いていると分かった。
「入るぞ」
確認をとって思いっきり開く。すると煙が溢れ目の前が白で染まる。
「ゴホゴホッ何だよこれ」
ゲームなのに器官に煙が入った気がして咳き込んでしまう。そして俺は靄の中に人影を見つけ助けに入るのだった。
◇◇◇
「いやー助かったよ。ちょっと実験でトチちゃってさ」
タハハっと笑う女騎士。ただあの時の甲冑は外され、今は彼女本来の姿で俺を出迎えてくれている。彼女がエア・ストラージュ。
水色のサラサラとした髪はくびれのある腰にまで達し、大きい胸が平民服を押し上げている。吸い込まれそうな水色眼に数々のVRMMOで美女を見てきた俺も見惚れてしまうほどの美貌を持っていた。
容姿は完全にお姫様、でも格好と雰囲気で普通の女の子っぽく見える。
それがきっと彼女の魅力なのかもしれない。
「何やってるか知らねえけど次から窓くらい開けとこうぜ」
「うん、そうするよ。有り難う」
でなんだけどさっと彼女は口ごもり言いにくそうに目を逸らしてこう続けた。
「それでなんだけど……非常に言いにくいんだけど……君誰だっけ?」
前言撤回、エア・ストラージュは変な子かもしれない。




