蒼龍ナズナと幼馴染
ラヴェルの始業式。それは卒業式と並んでかなり手が込んでいると有名だ。毎年演出が変わるため、幾つも動画も上がっている。
どうやら今年は初年度と同じ西洋ファンタジーで行くようだ。空を竜が飛びかい、先生達は騎士のような恰好をしていた。顔が見えない。あればかりはミスってると俺は思う。
「凄え気合い入ってんな」
そんな一大イベントの中で俺たちFクラスは暗かった。わーきゃーしている他クラスと違って、まるで葬式のような暗い表情。その雰囲気に首を捻りつつも、俺は自分の席を探す。
「えっと、番号254番254番っと」
「ここ」
「ん?」
「254番なら私の横」
俺に声をかけてくれたのは、背の低いちんまりとした紫髪の女の子だった。眠いのかトロンとした眼には光がなく、青のマフラーで首をグルグル巻きにしていた。垂れて地面に付いているがいいのだろうか。
「おっサンキュー。えっと」
「ナズナ。蒼龍ナズナ」
「俺は桂木流星だ。よろしくな」
「よろ」
鞄を降ろした俺がじーっと見ればナズナが小動物のように子首を傾げた。
「何?」
「いや……暑くねえのそれ?春とはいえさ」
言えば、ナズナが嫌そうに顔を顰めた。
「暑い。でも」
「でも?」
ナズナの真剣な表情に俺は何事かと唾を吞む。
「これは枷。解けば私の封印された力が解放される」
(ああ成程)
拗らせてんのかと俺は顔をまだ誰もいない舞台上にスッと視線を移した。VRMMOが無かった時代の事を俺は余り詳しく知らないが、その時よりもこの手の奴は増えたと聞いている。まあ、プレイングの一環みたいなものだ。
「何で私から視線を逸らす?」
「一世一代のイベントだぜ?お前も見とけって」
「むう」
膨れ面となったナズナに奥にあるこの世の終わりのように意気消沈するクラスメイトの様子を俺は聞いた。
「なあ、ところで俺らのクラスって何でこんな澱んでんだ?」
「愚問、Fだから」
「あの学校カースト最底辺っって奴か。別に成り上がればいいだけじゃねえか。上がれるだろ?」
一応、定期的に行われる査定で評価を上げればクラス替えができるとは聞いていた。
「上がれる。でも、皆が心配しているのは生活のこと」
「生活?」
俺が首を捻ればラッパが吹かれ、校長先生らしき爺さんが壇上に上がったため慌てて会話を中断する。魔法のようなエフェクトが空を彩り、様々なゲームの映像が展開し流れた。
それはトッププレイヤー達の輝き。身が震えてぞくりとした。そして──ブツっとマイク音が鳴り、軽く長髭を撫でた爺さんが両手を広げて叫んだ。
「ようこそ、ラヴェルに。ハイヒューマンの卵。若き新人諸君」
画面が切り替わり、爺さんの顔が映し出される。堀が深く、少なくとも日本人ではなさそうだ。そんな彼の青い瞳がぐいっと近寄りウインクする。随分とファンキーな爺さんのようだ。
「君たちには無限の可能性があり、活躍する場はVRの数だけあるじゃろう。このラヴェルで学び、仲間を作り、競い、目指すのじゃ。ハイヒューマンを」
ざわっと周囲の空気が変わった。そうだ。ここにいる生徒達は友であり、ライバル。のし上がる者もいれば、振り落とされる者もいる。校長の話がありきたりなものになったので俺はナズナとの話に戻った。
「それで生活って?」
「そのままの意味。生徒がMMOで上げた成果によって生活費が支給される。上と組めないFランクは極貧確定」
「よくわかんねえんだけど、それ必要なもん家から持ってくればよくね?」
「ラヴェルは寮生活。一度入ったら長期休暇にしか出られない。ちなみに今日から。まさかラヴェルの取説見てない?」
「見てねえけど、それマジ?」
「まじ」
「……」
「……」
「俺何も持ってきてねえどころか。制服すら持ってきてねえんだけど」
俺たちはじっと見つめ合い、ナズナの眼が俺の全身を嘗め回した後でジト目になった。
「私は今、君と組むことだけは辞めようと心に誓った」
これは洒落にならない事態なのではないだろうかと俺が青ざめれば、女性の司会者が声を張ったため俺たちの首が再び前に向いた。
「それでは新入生代表に挨拶して貰いたいと思います。主席、有栖川胡桃」
称賛の歓声に出迎えられたのはアイドル並みの容姿を持った花のある女子生徒だった。栗色の髪は地面に届きそうなほど長く、既にオーラを纏っている。誰もが彼女に見惚れていたが、その中で俺はその後ろに控えている人物に釘付けとなっていた。
「美咲……?」
そう、そこにも俺の幼馴染である美咲がいたのだ。成長し、ビックリするほど可愛くなっていたがそれでもわかる。青いショートミディアム。間違いない。彼女だと。
「あっと、すみません。一応、次席の方も紹介するんでしたね。失礼しました。十文字深夜君と相田美咲さんです」
コスプレなのだろうか今時、眼帯を巻いた青年と美咲が軽く手を振って挨拶する。しかし、あそこにいるということは美咲はかなり頑張ったのだろう。理聖だってSクラスだ。其々変わってしまった所もあるが、皆ハイヒューマンになるという夢は変わっていない。
「いいね。滾ってきた」
俺がボソッと呟けば、聞こえてしまったのかナズナが眉間に皺を寄せていた。まあ周りの視線なんてどうだっていい。誰に何と言われようと俺は逆境から這い上がるだけである。
残念ながら俺はすこぶる頭が悪いので、少し出遅れてしまったが気にしない。勝負の舞台はVRMMO。そこでぶち抜けばいいのだ。今、口を開いた有栖川胡桃とやらも含めた全員を。
「清涼ある春の日差しの中、今日、私たちは名門ラヴェルに入学しました」
太陽の光を浴びて、輝く有栖川の澄んだ声が場を包み込む。たった一声。それだけでわかる。彼女はカリスマを持っていると。
「本日は、このような素晴らしい入学式を行って頂き本当にありがとうございます。私たちはここで学び、競い、有名ある先輩方に追いつけるように研鑽を重ねたいと思います。そして──これは私的なことなのですが」
そこで有栖川はグルンと生徒達の方を見た。何故だろう。美人の微笑であるはずなのにその笑顔には背筋が凍らせるものがあった。
「私は在学の間、常時トップであり続けたいと思っています。どなたにも負けるつもりはありません。ですが、私たち新入生の中で実技満点が出たとのこと。私は何かの間違いだと思っているのですが、私はその方に宣戦布告をしたいと思います。臆したわけではないのであれば、是非とも名乗り出て下さい」
実技満点に皆驚いたようで、ざわついている。俺はわからないと隣で驚いているナズナに聞いた。
「なあ、実技満点って凄いのか?」
「凄いってものじゃない。確か、この学校始まって以来だと思う。私なんて500点中300点。君は?」
「俺、合格の文字しか見てねえや」
「……私は今、君とPTを組むことだけは辞めようと神に誓ったよ」
ほぼ初対面なのに失礼な奴だと俺は顔を不満げにしたが、口角が上がるのを抑えきれなかった。嬉しいのだ。とんでもない奴がいることがわかって。
(実技満点か。そいつは強そうだ)
俺はちょっとバトルジャンキーが入ってる。知識をつけるよりも戦って慣れろ。そんな適当男の俺だから有栖川が探す人物が俺であることに気づくのは少し先の話になる。そう実技満点、筆記0点という前代未聞の新入生は俺だった。
既に教師陣の中で俺の名が有栖川胡桃と並んでとても有名になっていることをこの時の俺はまだ知らない。




