閑話『カップワンの関心ごと』
ヴァラエティーパラシスを開発したのは日本企業ニンステーション社であるが、アメリカの超巨大VR企業タブ社も共同開発に入っている。
タブ本社はアメリカ、23世紀現在もシリコンバレーとして名を馳せるカルフォルニア州に存在する。その成功を示すかのように天まで伸びたビル。誰もが寝静まった深夜にも関わらず一室だけ明かりが灯されていた。
そこは学園ラヴェルの創始者鞍馬洋介と同じPTメンバーであった現ヴァラエティーパラシスのプロデューサー、エリオット・レインリバーの部屋。
ここは現実だ。にも関わらず、ソファーで寝そべり旧式のゲームで遊んでいた白衣の白人、エリオットの元にやってきたのは流星とゲームで出会ったはずのメイドAIカップワンであった。そう、彼女の足は現実を踏んでいた。
「エリオット様。言われた通りの命令すべて完了しました。従順」
「よくやったねカップワン。褒美にー褒美にーカップワン、君って何が好きなんだったか?」
ギギギっと首を横倒したカップワンはビー玉のような紫瞳を彼、エリオットへと向けた。
「困惑。設定したのはエリオット様でしょう?」
「……僕じゃないさ。残念だけどね。うーんちょっと、改めさせてもらうよ?」
エリオットが認証と告げれば、ピタリと動きを止めたカップワンが機械的に口を開く。
「認証。好物設定なし」
「そうか決められて無かったようだな。再設定は……僕がやるのも変なことになるし、まあいいか。ならお前のやりたいことは?」
やりたい事とぼそりと呟いたカップワンは目の色味を取り戻し、怒りを露にした。
「要求。なら、返して欲しい。私をヴァラエティーパラシスの世界に」
「これから生徒達と会う時は帰れるだろう」
「足りない。私の世界はここではない」
ふむと鼻を鳴らしたエリオットはカップワンに歩み寄ると彼女の顎を持ち引き寄せた。
「カップワン。あれは偽りの生活で、全ては作られたものだ。君の母も妹も全部AI。言うなればそう、全ては演出に過ぎない。君のその頭にある家族との記憶だって植え付けられたものだ。実際に、君が体験したものは何もかもが「嫌」」
パシリとエリオットの手を弾いたカップワンは胸ぐらを掴み引き上げた。
「拒絶、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌」
「CPU10352再起動だ」
がくりと崩れ落ちたカップワンをエリオットは抱き留める。
「どいつもこいつもこの事実だけは受け入れてはくれないね」
彼はお姫様だっこでカップワンをベットに寝かしつける。そして褒美褒美ーっと唸り、思いついたと言わんばかりにポンっと手をうつのだった。
◇◇◇
変わらずエリオットの部屋。先ほどの出来事など無かったと言わんばかりにチョコンと座ったカップワンがとある映像を眺めていた。その目は爛々と輝いている。
「へえ凄いね。勝っちゃったよ。開発者泣かせだね」
「感嘆。凄いです」
彼らが見る映像にはキッカと桂木流星がエイプキングと闘う光景が流されていた。そして闘いは終わり、二人で寝転がり拳を突き上げている。
パチパチパチとエリオットは拍手を行い、カップワンはつい二人の拳を合わせようと手を出してしまう。けれどそこでパっと映像が消え、あっと声を漏らした。
「どうだった?カップワン」
「ケイネスの計算によれば勝率は10%以下でした。混乱。エリオット様、彼は桂木流星は特別なのですか?」
カップワンの言葉にエリオットはクスリと笑ってから、彼は首を横に振った。
「いいや、彼が才能を持っているのは認めるけどあの学園にも同じことをできる者はゴロゴロいるだろうし、それこそ世界に目を向ければ彼より上の者なんて腐るほどいる。水を差すようだけどやったこと自体は大したことじゃない。あの状況から勝ちに持っていける者はそう多くはないだろうけどね」
「推測。では、このキッカ=markⅡが特別なのですか?」
「特別といえば彼女は特別だけど、性能自体は他の者に配ったものと全く差はないよ。彼らは心で壁を突破したのさ」
「心……」
ぼーっと考え込むカップワン。
「まあ強いていうならば彼は鼓舞し目標を示すのが上手かったってところかな。まあこの映像を選んだのは一番派手だったという理由に過ぎないよっと」
エリオットは立ち上がった。
「いいかいカップワン。VRMMOにおいてチートは最も忌むべきものだ。片方だけが普通にチェスを差し、もう片方だけが盤面をひっくり返す駒を持っている。そんな対決馬鹿らしくて誰も見やしない。やってる者もすぐに飽きてしまうだろう。ルールを設け平等であろうするからこそ人は熱中し勝利を得た時に歓喜する」
いつの間に手に持っていたナイトの駒。それをエリオットはポーンっと放り投げた。地面に落ちたはずのそれは吸い込まれるようにして消える。
「僕はこのゲームで覇権を取らなくてはならない。今、世界を牛耳っている二つのMMOを押しのけて覇者となる。熱狂させてやるのさ。僕と彼の目的のために」
「目的……」
「そう、だから君のロール(役割)も重要だ。生徒達のこと頼むよカップワン。といっても暫くは暇だろうからそれまで君が望むものを考えるといい。設定されたクエストには必ず開発者として報酬を与えないといけないからね。じゃあ僕行く。後は任せたよ」
そう言い残してすっと暗闇の中に消えるエリオット。その背にお辞儀をしたカップワン。その上げた顔は困惑したものだった。カップワンは時々、彼の言っていることがわからなくなる。元々変な人だと理解しているが今日は特にひどかった。
「混乱、私の望むもの」
ぼそりと呟くカップワン。それを考えると心臓がぽっかりと空いたよう。手持無沙汰となった彼女はあの動画を再び流した。ただ暇だから。そう思いながら彼女はじーっと流星達の映像を見続けるのだった。
◇◇◇
一人意味深な笑みを浮かべるエリオットはコツコツと窓際に立ち、そこから世界中の富が集中するサンフランシスコを一望する。真夜中であるにも関わらず、光が灯る民家が散見できる。きっとゲームでもやっているに違いない。今や世界はVRMMOに夢中だ。そしてその人々を魅了して止まない作品群の中にヴァラエティーパラシスが食い込み始めるだろうとエリオットは確信している。
「さて世界中のプレイヤーをこいつが取り込みその真価を見せた時、世界はどんな反応を示すかな」
「進言。きっと大変な事になるかと愚考致します」
姿は見えないがエリオットと全く同じ声質かつ機械的な返事が返される。それに振り向くことなく彼は答えた。
「そうだね。まさにパンドラボックスがどんな結果を齎すか……。きっとこのヴァラエティーパラシスが決めてくれる。鞍馬洋介も描いたヴァラエティーパラシスが。洋介、私は貴方の意思をつぎ、必ず」
そんなエリオットの瞳には並々ならぬ決意の色が滲んでいた。そして、その眼下には、誰もいない街が── サンフランシスコの風景とはガラリと違った空間が広がる。そう、流星もカップワンと見たMMO内であったはずのその街並が。




