Vヴェールと涙
対人希望ということだが、有栖川に連れられたのはSクラスの教室がある豪華な校舎の中だった。俺は前を歩く栗色髪に聞く。
「なあ、有栖川。教室からどんどん離れてるんだが、もしかしてお前の言う対戦ってリアルファイトか?」
「アナタはアホですか。対人施設Vーヴェールにいくのですわ」
「へぇ」
「まさか」
「えっと……まあ、うん。何それ状態だ」
という俺に有栖川は、一体今日何度目だろうかと思える呆れた表情を向ける。
「普通、自分の学校のことくらいは調べて入るでしょうに。貴方実技満点でFということですがまさか筆記ゼロとかいうオチじゃありませんわよね」
「ははっまさか。俺は流石にそこまで馬鹿じゃねえよ」
シンとしてしまった。オホンっと有栖川が咳をうつ。彼女がツカツカと先に進み俺は慌ててその後を追う。
「貴方もV-sportsは見るでしょう?」
「ああ、見る見る。今年の凄かったよな。女の廃人で確か」
「ウルフさんですね。アメリカの方で若干20歳でハイヒューマンに上り詰めた人です。私の目標でもありますわ。っと話が逸れましたわね。兎に角、あの舞台と同じものがヴェールです。現実にVRMMOの世界を再現する。拡張現実と言えばいいでしょうか」
「マジかっ!?あれ現実だったのかよ」
そういえば登校時に妖精とすれ違ったのを思い出す。あれもそうだったのだろうか。そして、ん?っと何かが俺の中で引っかかった。
(つまり始業式の演出もヴェールってことだよな?てっきり特別な機材を持ち込んでやってるって思ったけどもしかして)
普段からヴェールが学園全体で動いている?一瞬、回り始めた思考だったけれど有栖川の声が耳に入ってきたため中断した。
「勿論、ホログラムですけどね。技術の進歩はここまで来たということですわ。しかし、ホントに貴方という人間は何も見ていらっしゃらないのね」
「ハハ、基本VRゲーに手を付けると。その事しか考えられなくなってさ。しかし、そうなるといつか世界がVR化とかすんのかな」
それは今という時代に生きる人達が思い浮かべる夢。俺も生きている間にそうした光景が拝めればいいなと思っている。
「そうですわね。でも、それはきっとまだ先の未来のはずですわ」
あっ着きましたわと彼女が足を止めたため俺も立ち止まる。たどり着いたのは体育館のような場所だった。床が青と赤のマットが敷かれていてお洒落。
幾つかテニスコートのような場所があってその端と端に特殊なパンドラボックスが設置されていた。これがヴェール。天井には球体の映写機があってあれによりホログラムとして投影される仕組みのようだ。
「うおっ何やってんだよ」
いきなり有栖川が服を脱ぎだしてビビる。覆った手でこっそり伺うと下にニーモテクスを着込んでいたようだ。
「貴方が何をやっているのかですわ。ニーモテクスを下に付けておくのは学生として当り前でしょうに。貴方は?着替えないのですか?」
「あー俺、今まで使った事がなくてさ。ない方が慣れてるからそっちで」
「つくづく舐めていますわね」
「いや、そういうつもりはないんだけどな」
「まあいいでしょう。力で示せばいいのですから」
有栖川がパンボに入ってゆくのを見て、俺も手前の機体へと乗り込んだ。ヴァラエティーパラシスのソフトはサイクルフォンの中にあってそれをリーダーと呼ばれる読み込みに触れさせれば特殊なパンドラボックスがVヴェールとして動き出す。
起動画面は教室のものと変わらない。ただ多少、演出が違ってやはり戦いを彷彿とさせる音楽や映像が流された。目の前にダイブしますかという文章が現れて、はいと念じれば身体が飛翔したかのような感覚を俺は得る。
「うおっ」
まるで宙返りから着地のような浮遊感。気づけば、既に意識が先ほどのコートの上に降り立っていた。振り返るとパンドラボックスの中に俺がいる。自分が2人いるみたいで不思議な気分だった。
”ヴァラエティーパラシスにおける貴方のデーターと同期を開始しています”
システム的な声が頭に響けば俺の衣服が光を帯びてあのヴァラパラでの装備に変わってゆく。黒と紫の衣。剣士の初期装備。軽く腕を振れば肉体がヴァラパラの世界のものだと分かった。
「すげえ」
俺は今、幻影とはいえ現実にヴァラパラの姿で立っているのだ。しかも驚くことに体に触れる感触もある。ペタペタと確かめる俺の元に有栖川がやってきた。彼女は剣士上位の装備を身につけていて、もった美貌も相まって様になっている。ただ、俺があれを着ると孫にも衣装となりそうだ。
「脳に錯覚させているだけで、実際に触れているのではありませんわよ」
「ああ、分かってる。これがホログラムってやつなんだよな。でもすげえよゲームの中と変わらねえ」
「勝負は一回。一撃が入った方が負けのクリティヒットのルールでいいですわね?」
掠りまでは大丈夫。どんな形でも直撃を受けた時点で終了の超短期決戦。
「ああ、それでいい」
「後、互いにメインジョブが剣士のようですので、職玉なしと……」
有栖川が設定のために光の窓を弄ってくれている。俺は任せてぼんやりと待つ。同級一位の人間とタイマン。思ったよりも早く叶ってしまった。ただ、残念かな。俺の気持ちはやはり猿に流れてしまっている。有栖川より気分はエテ公。まあ本人には言わないけど。後、イマイチ乗り気になれないのはスキルが出揃ってないというのもあった。出来る事が少ないと対人は正直あまり面白くないからだ。
(有栖川には悪いけど、ちゃちゃっと終わらせるか)
「ボコボコにしてさしあげますわ」
「やってみろよ」
戦い前の挑発はご愛嬌。俺は剣を握りしめて彼女も構えをとった。ブザー音が鳴り、目の前で決闘の文字が踊る。
”duel”
地を蹴ったのは同時。
(へえ)
早いと感心する。対人のコツは相手の動きをよく見ることだ。癖を読み、そして打ち勝つ。初見でそれを行うのは難しいが有栖川は分かりやすかった。目がギラギラしているのだ。
(挨拶代りのスキル。どちらの技量が上比べようってか)
なれば合わせるのが礼儀だろう。
「「剣術一式『マギア一閃』」」
同じ咆哮、全く同じスキル。だが、放たれたタイミングと角度が違った。互いの剣術スキルがぶち当たりガインっと互いの身が弾かれた。目を剝いたのは有栖川。体勢が大きく崩れ、体が泳ぐ。
「な、威力はそっちが上だがこの軌道のが嫌だろ?」
俺がしてやったりとニヤリとすれば彼女はギリっと歯を鳴らした。
「調子に乗らないでください。ちょっと足を滑らせただけですわ」
「ホログラムなのに?」
「五月蠅い!」
右凪を受け止め、切り返し、俺が回避した有栖川の着地に足払いを仕掛ければ、対する有栖川もステップを挟んで、振り下ろす。激しい剣戟の飛ばし合い。
「よっと」
「っ!?」
切りかかる有栖川の剣を顔横ギリギリで掠ませながらも、鋭く懐に入り込み彼女の剣を上へ打つ。小気味のいい鳴り響き、彼女の手から剣が離れ、カラカラと音を立てて地面を転がった。
「嘘……」
まだ一撃入れたわけじゃないが、やはりイマイチ燃えないと俺は剣納した。
「なあ、これで終わりにしねえか有栖川。やっぱ対人はスキル出揃ってからの方がよさそう……ってちょっ」
「まだですっ」
どうやったのか。既に有栖川は新たな剣を装備していて、振るわれた上段を俺は大きくバックステップを踏むことで回避した。
「待てって!話聞けって」
「有栖川家のものとして、貴方のような人間に負けるわけにはいかない。絶対に」
「有栖川家?」
少し有栖川の雰囲気が変わった。それに合わせて構えも。彼女の睨むような目を見て納得した。
(俺の知らねえスキルを使う気か)
使わないと言っていたが、なりふり構ってられなくなったのか。ムキになった顔つきになっている。
「いいぜ。面白え、来いよ有栖川」
「剣術二式『一刀っ──
デカい歯車の幻影が彼女の足元に生まれる。ギリギリと音を立て力を絞っているようだった。有栖川の瞳が俺を収めた。
(来るっ)
──閃火』」
言い終わると同時に歯車が砕け、有栖川が地を蹴った。
(速えっ)
想像以上の加速。その手にある剣は鞘に納められ彼女は抜刀の構えをとっている。剣術二式『一刀閃火』。俺がまだ手にしていないスキルだが、超高速化での居合い抜刀だと一目で分かった。
足元に有栖川の踏み込みが入り思考が止まる。集中。抜き放たれ、鞘から顔を出し始めた刀身には青きスキルの輝きが纏わりついていた。狙いは──
(首っ!いや違う)
彼女の呼吸、動き、目線、そして勘が告げていた。これはブラフなのだと。それを証明するかのように有栖川の口角が薄く上がった。
「剣術三式『山茶花』」
有栖川の叫びと共に帯びた青光が橙へと変化し、彼女の攻撃も変幻する。これは〈重ね〉と呼ばれるスキルの連続使用。〈重ね〉は徹底的に体に叩き込まなければ出せない高等技術。これが彼女の──有栖川胡桃の奥の手。まだβ版だというのにこれが使用できるとは恐れ入る。
例えゲームで死ぬことも痛みを感じることがなくても自分の身に迫る刃を見るとぎゅっと目を閉じたくなってしまう。でも、俺の師は言っていた。負ける恐怖すらをも抱き込んで楽しめと。
(いいか流星。壊ちまえ。それこそが廃人へと)
「至る道」
師匠の言葉を思い返し、対峙する俺の口元もまた自然と弧を描くのだった。
剣術三式『山茶花』。当然の初見。この技看破なくして俺に勝機はない。だから予測するしかないと全力で思考を回し始める。有栖川がどんな攻略をしようともまだ序盤。そのささやかであろうスキル群の中で効用が被ることはゲーム設計上基本的にはあり得ない。そこに賭ける。
『マギア一閃』は溜め技で、『一刀閃火』は突進技。つまり、それ以外の何か。そして何より勝利を確信した有栖川のこの表情。
一撃で終わると思えない。この攻撃は紡がれる。向けられた横凪を上体を後ろに倒し限界で躱す。チっと鼻先を切っ先が掠めHPバーが減少。瞬間、有栖川の姿が忽然と消える。
(消えっ!?いやっ下っ!)
潜り込まれた。屈んだ状態となった彼女は背を向け、片足を投げ出した状態となっていた。足払い。認識したと同時に払われ俺の体が宙を舞う。
これがスキルの力。決まれば有無を言わさず体が崩される。既に有栖川は上段の構えをとっていた。でも──
ギリギリギリっと響く機械音。それはスキルの音色。彼女から見えないように俺はスキルを発動させていた。勿論、放つのは俺が持つ唯一の技。
「剣術一式『マギア一閃』っ!」
叫びと共に幻想の歯車が砕け、到底剣を振るえる態勢でない俺の体がスキルの力によって回りだす。スキルの力を動力に利用した体勢変化。これも技の使い方。しかし、流石は主席か。タイミングは完璧だった。攻撃は完全に有栖川を捉えていたというのに彼女はそれをも回避しきった。
けれどその顔が驚愕に染まる。
(ああそうだ、有栖川。俺がスキルを乗せたのは右じゃねえ)
回ることで現れる左という本当の一撃目。俺の動きに推力を与えていたのは左手に握られた鞘。簡単なブラフだが鞘でも放てる事を知らなければこいつを見破ることは難しいだろう。
特に進みを優先し一つのスキル研究が疎かであろう有栖川であればなおさら。左手に持った鞘が有栖川の顔面に入った。本来ならカスダメだが、一撃粉砕ルールであるクリティヒットならば決まり手となる。そう、このルールのみの有効打。ドシャリと倒れ落ちながら俺は勝利音を聞くのだった。
◇◇◇
気づけば真っ暗で手を伸ばせば壁があって、俺はパンドラボックスの中に戻ったことに気づいた。勝利演出などあったのだろうが見逃してしまった。何とも締まらない勝利である。
「ふぅ」
強かった。勝てはしたが正直、騙し討ちに近くそれにかなり運も良かった。
「あのスキルの重ね打ち」
〈重ね〉と呼ばれるあの技術は容易にできる技ではない。ゲーム仕様を深く理解し、相当にやり込まなければ辿りつけない一つの境地である。なのにスキル理解がまだまだであろうこのβ段階で有栖川はそれを行った。彼女は感覚だけでそれを為したのだ。
「天才だな」
真似ることができても一からは俺にはできない。もし有栖川がもっと多くのスキルを有していたとしたら俺は勝てなかったかも知れない。ぶるりと身が震える。
「はっ」
凄い。そして先輩方を含めれば有栖川よりももっととんでもない奴らがこの学園にはゴロゴロいるのだ。湧き上がる喜びにニヤけてしまう。
「楽しみだ。俺は俺のやり方で絶対にのし上がってやる」
決意を新たにしてパンドラボックスから外に出れば有栖川の姿が無く俺は首を捻ってしまう。
「ん?あれ?帰っちまったとか?」
待たせ過ぎただろうか。そう思い有栖川のパンドラボックスへ向かおうとした俺の足が止まった。すすり泣く声が聞こえたから。
(そっか)
俺にも経験がある。彼女は生まれて初めて対人で負けたのだろう。俺たちみたいな年代は自分がその世代で最強だと思いこむものだ。
「またやろうぜ有栖川」
届いてないだろうが俺は一言告げてその場を後にするのだった。
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流星ノート〇 重ね
VRのスキルは基本的に軌道判定。本来連続発動不可能だが発動軌道を先行入力で合わせることでスキルが繋がること。高等テクニック




