閑話 蠢きだした闇ギルドとフェス関係者
今の世はVR全盛期。そのため様々なサービスが架空空間に生まれ、VR旅亭なんてものも中には存在している。それは密会場所。自宅から動くことなく会えるため運営が漏らさなければ絶対に足取りを辿ることは不可能である。
よってそこは、闇のものにとって非常に都合の良い場所であった。
ゲーム用語が社会に逆流したこの時代。興味深いことに小説のような存在が現世に生じ始めていた。その一つが闇ギルド──彼らは所謂ネットやくざ。VRMMOを介し悪事で金を稼ぐ者達のことである。
そんな闇ギルドに所属する二人に向けて大量の金貨が押し出される。その手を離したのは世界2大VRMMOの一つフェスに与する男、栗原。彼の手が震えているのは極度の緊張のせいであった。
本営の指示を受けこうした荒事によく参加する栗原。その栗原でも目の前の者は慣れては駄目な相手とチラっと対面する者を見た。
悪。人を見た目で判断しないことを信条にしている栗原であってもそれはそう断じるしかなかった。紅蓮の髪に感情の無い黒眼。頭には何故か乱雑に包帯を巻きつけていて、右腕がオートマター機械の腕になっていた。
勿論、ここは仮想空間。よってアバターなのだろうが滲み出ているのだ。性根の腐った者の匂いが。自分も大概であるがその男の指がコンコンっと卓を叩いただけでビクついてしまった。交渉において相手に弱みを見せちゃいけない。が、どうしようもなかった。
「栗原さんだったか?」
「はっはい」
「んだ?こりゃあ」
「1000万モランです。我がフェスのゲーム内通貨でっ」
バアンっと男が積み上げられた金貨モランを腕で振り払い。金貨が部屋に散らばった。米神に青筋を立て栗原を睨みつけ、彼を固まらせた。
「栗原ちゃん~俺は説明したはずだぜ?俺達が求めてるのは現ナマ。だが、こりゃどういうことだ。話がちげえじゃねえか。俺達と敵対するってか」
「ちっ違います。落ち着いて下さい。ここは仮想空間です。現金を見せてもそれは偽物。こっこれはあくまで分かりやすく。我々は現金で支払うこともできます。ただそれでは足が付きやすいと思いまして……そもそもモランは換金することができますし、それにその……」
「なら先にそう言ってくれや。おらあー馬鹿だからよーハッキリ言ってくんねえと分かんねえだよ」
「すっすいません」
闇ギルドの黒い噂を知っているからこそ青ざめてしまう。栗原はこの場に送った上司に恨みを抱きつつどうか私個人が恨まれませんようにと小さく息をつく。
「それで?1000万モランってのはいくらなんだ?おらあクラッツ出身でな。他所のMMOに関しちゃわかんねんだわ」
「十億です。日本円換算にして約十億」
「へえ、そんな大金をMMO最大王手様が叩いて俺達に何をやらせようって?」
「話は通しているはずですが……」
「おらあ依頼は自分の目で確かめるのを信条としていてね。ゲームだろうと現実だろうとそこは変わらねえのさ」
説明しろと顎で示され、仕方なくメニューを開き栗原はヴァラパラのパッケージを彼の前に置いた。
「ヴァラエティーパラシスというゲームを貴方は知っておられるでしょうか」
「知らねえな。欠片も」
「まだ正式版がリリースして2か月と経っていませんから無理もありません」
これを聞き男の眉が歪んだ。
「2か月?なんでそんな生まれたてのMMOをてめえらが気に掛ける。塵みたいなもんだろう?お前らにとってみれば」
「そうは言ってられない状況でして、こちらのグラフを」
男が立って出した映像を覗き込んだのを見て栗原は説明をつづけた。
「プレイヤー増加数、注目度指数が全盛期の我々を超えています。VRMMOプレイヤーは年々増加傾向にあるとはいえこれは異常。何でも泣けると評判のストーリーが若年層の心を捉え……」
「はっお涙頂戴ねー反吐がでちまうねー俺は。MMOに物語なんて必要ねえ。力、力、力。闘いこそが魅力ってもんだろう」
「とっとにかく上はそれを脅威とみたわけです。はい」
「しかし、怯え過ぎじゃねえか?大手さんよ。もっとどっしり構えて貰いてえもんだね俺は」
「上は……既に気づいているんでしょう。自分たちが時代の先駆者でなくなってしまったという事実に、だから若い芽を摘み潰そうとする」
「おいおい栗原ちゃんそいつは私見だろ?」
「あっ……とっすいません、今のは聞かなかったことに」
やってしまったと顔を顰めた栗原に男は喜々とした顔で肩を叩いた。
「いい、いいぞうーそれでー。最初に言ったろ俺あーハッキリいう奴は嫌いじゃないってな。それで一億払って裏ギルドに何をさせたい?」
「できれば言い逃れのできない重大な問題を起こして欲しい……っと言いたいところですが、それよりも調査を依頼したいとのことで」
「荒事が基本の俺達に調査ね。ってことは他に依頼したが失敗しその原因を究明したいってところか」
「ごっご明察通りですっ」
ドサッと再び椅子に座り、ふぅーっと息を吐く裏ギルドの男。栗原は恐る恐る聞いた。
「そっそれでこの件引き受けて貰えるのでしょうか?」
「ん?ああ言っただろ?既に話は上で通ってるって。団長が受けると決めた以上奈落はどんな依頼も受ける。それが裏の掟だ。それに……俺はそのゲームのことはしらねえがそいつを作ったとされる奴とは因縁があるんだなーこれが。何でも今はプロデューサーを名乗ってるらしいじゃねえか」
「エリオット・レインリバー。確か四翼のロスカの」
「そう、日本屈指のトップクラン鞍馬洋介が率いた四翼のロスカ。その右腕だった男だ。四枚羽と言われた奴らは日本で唯一の世界8大クランの仲間入りを果たすかと思われた。が、その矢先に頭を失って地に落ちた。残念だったなー俺がその羽むしり取ってやろうと思ってたのによぉ」
男から放たれたドロリとした殺気にゴクッと喉を鳴らして、栗原はそれでも知りたいと勇気を奮って口を開く。
「かつてクランに属したものが何故MMO運営に関わっているのかと私たちでも気にかけておりました」
「それは俺らにもわからねえ。が、引退してMMOをただ運営してみたかっただけってのはあり得ねえなー。あの男はそんな玉じゃねえ。そして奴は完璧主義者だった。無駄なことはしない。だからこそー洗うなら一番怪しいここだろうよぉ」
そう言って裏ギルドの男が展開してみせた3D映像に栗原は軽く目を見開く。
「学園ラヴェル」
「なんでも鞍馬洋介が建てたっていうじゃねえか。これで何も匂わねえってんならそいつの鼻を塞いだ方がまだ合理的だろうなーおい」
つい今まで一言も話していない人物に栗原がチラリと目を向けてしまえば、男が笑みを深めた。
「気になるか?何でこいつがここいいるのか」
「すっすいません。上から身元を探らないようにと言われていたにも関わらず」
「構やしねえさぁ。気になるのも仕方がない。こいつも俺達裏ギルドの人間さ。ラヴェルに紛れ込ませたな」
男がそういえば学生服を着たふくよかな少年が丁寧にお辞儀する。それは紛れもなく流星達と共に厄災グレゴアと戦い。流星以外の者達の記憶から立ち消えた少年だった。だが、ここにいる者達はそんなことは知るわけもなく、栗原はこんな少年が裏ギルドの人間?っと驚くにとどまった。
「初めまして、僕は福笑笑福といいます。黙っていてすいません。チェイスさんが一言も喋らず笑っとけっていうものですから」
ここでようやく裏の男の名前がチェイスであると判明、福笑に告げ口され彼は肩を竦めた。
「おいおい、俺は確かに黙ってろと言ったが笑えとは言ってねえはずだがぁ」
「いやいやだってチェイスさん。僕のこの顔って素でも笑顔なんですからそういったと同意でしょ?」
そう言ってぐにーっと頬を引っ張る笑福を栗原が呆けて見ていればチェイスに話しかけられハッとする。
「んでー栗原ちゃんアンタが俺達の担当ってことでいいんだよなぁ」
「えっとはい……そういうことになりますね」
できれば外れたいのだがという本音を隠し、栗原は続けた。
「勿論、裏ギルドの貴方たちには色々あるでしょうから最後に報告するだけで大丈夫です」
「んー話が早くて助かる。今更だが俺の名はチェイス。そして多分、勘違いしてるんでいっておくとこっちが俺の上司さ」
「え?」
全然、上司っぽく扱って貰えなくて困ってるんですよーっと笑う笑福にあんぐりと口を開けて今日一番の驚きを披露する栗原であった。
◇◇◇
トップVRMMOの使者との密会を終えて、裏ギルド『奈落』に所属する二人の男が『黒道』と呼ばれる仮想空間にある暗いワームホールの中を歩いていた。
それは闇の者達が作り出した洞。彼らが社会に蔓延る回虫であると言わんばかりにその道は曲がりくねりあちこちに繋がっている。その中でチェイスが前を歩く学生服の少年に向けて声を響かせた。
「なあよぉ変幻」
「その名で僕の名を呼ぶなと言ったはずだが?チェイス」
ギっと睨まれチェイスは手を上げた。笑顔の状態で糸目を薄く開けた福笑の顔は凄く不気味である。
「おっと怖え怖え。だがいいだろ?名くらい。その姿はうちの団長にすら知られてねえって話なんだからよぉ。仲間なんだから見せてくれたっていいんじゃねえか?先輩」
「馬鹿を言え。僕はハイシルフだぞ。覚えておくといいチェイス。ハイシルフってのは仲間すら信用しないものなのさ」
「要は陰キャだろ?」
「っチそれで要件はなんだい?この顔で話すのは余り好きじゃないんだ」
ゴキっと何かを鳴らした福笑に気にした様子を見せずチェイスはボリボリと頭を掻いた。
「餓鬼どもはどうだったかってよ。会ったんだろ?」
「ああ、一応一年の主席とやらを見てきたが大したことは無かった。彼らに秘密はなさそうだ。どこにでもいる子供だよ」
「ん?二年や三年は?」
「会えなかった」
「は?」
スタスタと歩く福笑を慌ててチェイスが追う。
「マジでかよっお前……いや、アンタが入れなかったなんてよぉ」
「死んだとはいえ、あれは日本トップクランが創った謂わば巣だ。中々楽しませてくれるよ。何で学生をと思ったけど、それが隠れ蓑なのかもね。あれは間違いなく何らかの目的を持って建てられた施設さ。絶対に暴いてみせ……ん?何で君がそんなに楽しそうなんだい?」
ニヤニヤするチェイスに福笑が聞けば彼は喜々と顎を撫でた。
「いやぁ、なんだか現実の方がよっぼど架空っぽくなってきやがったと思ってなぁ。自分が裏ギルドなんて所属するとは思ってなかったもんでぇ。楽しくて仕方がねえのさ」
「ふっなら君に先輩として面白い話を一つプレゼントしてあげよう」
「面白い話ぃ?」
「そもそもどうして裏ギルドやハイヒューマン、その他諸々空想のものであったはずの言葉が現実社会で使われるようになったと思う?」
「それに意味があるってことかよぉ」
「勿論、まあこいつはあくまで僕の考えだけどね。僕らの遠い先祖。まだ架空の世界が生まれる前、これはその雛形である小さな芽。ネットってのが生まれたばかりの頃の話。その時の人々はまだアニメっていう動く紙芝居を楽しんでた」
それが何だよと目で告げるチェイスにまあ慌てるなよと福笑が薄く口角を曲げて続ける。
「それまでそう呼んでいなかったにも関わらず、彼らはそのアニメに熱中する者の事を信者と呼び、舞台となった場所を聖地といい参拝し始めた。が、本来その言葉は神社や寺で使用される言葉であってそういう形で用いられるものじゃなかった。では何故、急にその用途で使いだしたのか」
そこで言葉を切り福笑は薄く開けた目を細める。
「ネットという空間が生じたことによって人が急遽、不特定多数の人間と話し合うようになったから。つまり、急激な変化についていけず新たな言葉を生み出すよりも先に代替として必要になってしまった」
そして彼は最後と肩を竦めた。
「まあ要するに言いたいことはだ。そういう言葉が社会に出てきてる時は決まって架空で地殻変動みたいなのが起こってる証じゃないかって話さ」
「地殻変動?」
「そっ時代の移り変わり。新たなる兆し。そしてそれをどういうわけかヴァラエティーパラシスを作った連中は見出しているんじゃないか。あーワクワクするじゃないか。この顔で笑うのは大変だってのに僕の知らない情報の存在にニヤケテしまうのが止まらない。彼らはハイシルフたる僕にどんな食事を提供してくれるんだろうってね」
じゅるっと啜った福笑笑福はネレロっと唇を舐めとった。ハイシルフ、彼らの情報への渇望は架空現実問わず少々異常じみていた。
──────────────────
流星〇ノート
このヴァラパラに纏わる様々な者達の思惑が入り乱れる大量のプレイ記録はある者に編纂され、リアルな人間模様を描いた新たなドキュメンタリー映像作品としてこれより先の時代で大いなる人気を博すことになる。そして、そのタイトルはこう名付けられることとなる廃人遊戯譚と。




