カップワンと謎の町
ハッと眼が醒めたように光が溢れて、気づけばパンドラボックスの曲とメニュー画面に出迎えられる。
自分の周囲を幾つものタグが旋回し、それを捉えなくても何があるのかがはっきりとわかる。
そして──手を伸ばせばピタリと希望のものが掌で止まる。勿論、選んだのはパッケージと同じ絵のもの。そいつを握りつぶせば粒子が弾け、世界に色が付いてゆく。
少し物悲しく、それでいて盛大な曲。これがヴァラパラのメインテーマなのだろうか。目を開けば俺は緑豊かな丘の上に立っていた。そして──眼下には信じられないほど巨大な街並みが広がっている。
「すげえ」
過去名を馳せていた日本のゲーム業界はVR時代に大苦戦し世界から大きく後れをとっている。世界2大MMOに匹敵するほどのグラフィックをまさか国産ゲーで味わえることなど一生ないと思っていたため驚きが満ちる。
まだどんなゲームであるのかすら分からないが何だか不思議と心地いい。最新技術によって創られた第二の現実。改めて思う。こんなものほぼ現実と──
(並んで)
「何故、人はゲームにリアルを求めるのでしょうか?」
急に横方向から声がなったために俺は驚いて視線を向けた。女の子。その予想外の登場と格好に俺は目をしばたかせる。
(メイ……ド?)
返されたのは幼い笑顔。年は15くらいだろうか。そのあどけない少女が俺の横に並び立つ。髪は銀色。何故か向こうから話しかけてこず、そのまま少し時間が経ってしまった。
気まずいと仕方なく俺は口を開いた。
「えっと……運営の人?」
まだオープニング最中なのでここに入れるのは関係者であるはずだが……。アバターにしても大人が入っていると思えないその姿には流石にたじろいでしまう。
俺が恐る恐る覗き込もうとすれば、少女が首を回すことなく、ぎょろりと黒目を動かしたため俺は少し警戒して後ずさった。
「難航、その問いは的を射ていると同時に的を射ていないと私は愚考致します」
何だか変な物言いに一瞬、呆気に取られるが俺は再起を果たした。
「よくわかんねえんだけど?とりあえず、あんたは運営じゃねえってことか?」
「否」
(もうどっちだよ)
「私は運営によって作られた人工思考回路。所謂、AIと呼ばれる存在です」
「AI?」
「是認」
「マジで?」
「肯定」
俺がまじまじと見つめれば女は子首を傾げた。
「思案、やはり、疑念を抱きますか?」
「いや、信じる。信じはするよ。ただ流石にここまでのがいきなり出てくると思ってなかったっつうか……」
人工知能。それはVRMMMOの急速な発展と共に発達してきたもの。いや、寧ろVRMMOの進化とはAIの進化と言い変えられるかも知れない。開発は気づいたのだ。それこそがダイブ世界に深い没入感を与える鍵であると。
だから、その作成には大量の資金が投入されていることは有名だ。とはいえ今、目の前にいる者はこれまでの有象で無象なものとは別格。まだ違和感は残るが、かなり人間に──近しいものと感じた。あくまで俺の肌感覚だが。
「で?その凄いAIが何の用だよ?こんなとこに開幕来る自体が普通じゃねえけど」
「進行。プレイヤー、桂木流星様。これは謂わば、特殊イベントならぬ特殊OPとなります」
「特殊オープニング?」
何だそれは眉をひそめれば、彼女は人のようにクスリと笑って頷いた。今ので人でないという事実を余計に信じられなくなったかも知れない。しかしこいつはまさかと俺はゴクリと唾を飲んだ。
「もしかして俺が選ばれたプレイヤーとかって奴か?」
「否定。いえ、こちらは学生専用となりますので、ラヴェルの生徒全員が見ているものとなります」
「さいですか」
クスクスと笑われる。何だか恥ずかしい。アニオタ太一が見せてくれるものがそんな感じの話が多いのでちょっと妄想してしまったのだ。
(うん、あいつが悪い。あいつが)
「何故、開発のトップであるエリオットがこのようなものを用意したのか。それは鞍馬洋介に大恩があるということです」
「ラヴェルの創始者に?」
「肯定、彼とエリオットは同じMMOクランに所属するPTメンバーでした」
「へえ」
「ただ彼は亡くなってしまったので、その教え子たちであるあなた達に少しでもと」
VRMMOは集まった沢山の人々の中に放り込まれるようなものなので現実よりも出会いがあると言われている。きっと、有名な彼らは多くの縁を結んだに違いない。再び街並みに向けたその目をどんな出会いがあるのかと俺は細める。
「何かそれって別に俺達が返されるもんじゃなねえ気もするけどな」
「勿論、特別な装備など有利になる情報を貴方方に与えることはありません。ただ、一言伝えたかったそうです。過去、ハイヒューマンを目指した者として、彼を継ぐ者があなた方の中から出やんことを願っていると」
成程と思いつつも俺はポリポリと頬を搔いた。思うのだ。多分、彼の意志を継ごうと考えてここに来た生徒などほぼいないのではないのかと。
「解説、まあこれは軽い挨拶程度と記憶してくださいと彼は私に申し付けました。ここからは概要説明となります。移行してよろしいでしょうか?」
「ん?まあいいけど」
やはりAIだからか言葉遣いは変だなと俺は苦笑した。
「貴方には他のVRMMOプレイ記録がありましたので、基本説明を省略。このゲームが持つ特殊性なものだけを説明します」
「ああ、助かる」
「ヴァラエティーパラシス。このゲームにおける最大の持ち味は私のような存在が非常に少数ながらこの世界にバラまかれているという点です」
「バラまかれる?」
「肯定。従来型のNPCの中に特別高性能なAIが紛れ、生活しています。当社は顧客の需要に応え、よりリアルなVRMMOとなることを目指しています。よって」
「ちょっ」
勝手に俺の手が持ち上がり、気づけば剣を握っていた。そして──その切っ先がメイドの首元に当たり、切れ筋を入れてしまう。俺は必死に下ろそうとしたが手が動くことはなかった。
「この特殊なNPCが死ねば復活することはありません。我々はこれを常時進行型イベント(フラグメント)と呼称しています」
「NPC殺し?そんなの成り立つのか?MMOで」
正直あり得ないと思う。それに俺はそういう行為を好まない。
「首肯。完全なるランダム。深刻なバグと判断されぬ限り、我々が介入することはありません。現実のような一期一会の出会いを是非ともお楽しみ下さい。といっても貴方がこのフラグメントと出会えるのは少なくとも”一年以上”先の話となるでしょうが」
「は?」
まだβ版。未来の話にもほどがあると固まる俺を揶揄うように笑ったメイドはパっと掴んでいた俺の腕を離し、俺は手首を揉んだ。
「ちなみにそちらは各プレイヤーに配られる初期装備となります」
「……そういうの普通に渡してくんねえかな」
「達成。さて、これで初期説明は終わりとなります」
「いやいや待て待て。下手かよ説明。マジで意味わからんから」
「解説、気にすることはありません。これは貴方がまだ触れることのないだろう遥か"先"のコンテンツ概要。遊んでいれば自ずと知るでしょう。ヴァラエティーパラシスに触れ続けていればきっとこのゲームの特異性に」
だから何でそんな先の話を”今”言ったというツッコミを入れたいが答えてくれないのだろうと聞かずとも分かったので黙るが。
「……」
「では、桂木流星様そのままあちらにお進みください」
さっきまでは無かった気がするが確かに白い塔のような建物がそこにポンっと立っている。
「了解。まあよくわかんねえけどサンキューな。えっと……」
「紹介、もうお会いすることは無いかも知れませんが、私はCPU10352。カップワンと呼ばれております」
「変わった名前だな」
「肯定。まあAIですから。それでは」
「ああ、じゃあな。カップワンさん」
手を振るメイド、カップワンに背を向けて歩き出せば、最後にと彼女が声を掛けてきた。
「折角なので、最後に一つ面白い話を。エリオットが言っていました。鞍馬洋介の死には多くの謎があると」
「いや、そんなこと俺に言われてもって……いねえ」
振り返って見ればもうカップワンの姿は消えていた。理由は聞いたものの何だかよくわからい出会いだった。
「何んで、メイドの格好してんのかって話だしな」
あれは開発者の趣味なのだろうか。わけわからんと俺は歩を進ませてながらチラリと街並みを見た。
(あれって始まりの街なんかね)
この後、俺はあそこに飛ばされることになるのだろうか。それとも全く関係のないオープニングのためだけ場所なのだろうか。それにしては作り込まれているし、ちょっと俺は不気味なものを感じていた。だってあの街には一切の人影がなかったから。
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流星ノート〇フラグメント
超高性能AI そのしっかりとした登場は作中一年後以降になるだろう




