夢と夢
DISK1『胎動編』
「うおおおおお」
恥ずかしがることなく咆哮できるのは俺が13歳の子供であるからか。選んだ職業である騎士装備を身に付けた俺の両刃剣がコミカルな見た目のオークの胴を捉える。
「ぶっもおおおおおお」
慌てて猪男が白い鼻息エフェクトを出し、手にした槍で迎撃行動を取ろうとするが懐に入ればこっちのもの。もう遅いのだ。
「スキルっ斬・鉄・剣!!!!」
俺の身が青白く光り、その後に高速移動。ズバっとオークに切れ込みを入れて、剣を構えたままズザザと滑るように移動する。
斬鉄要素皆無。そしてこのゲームは全年齢対象なので血も出ないし、オークの上半身と下半身がお別れすることもない。まさに健全だ。
「ぶも?」
腹を軽くさすったオークが切られたことも気づけなかったというていでその開いた掌を見てぷるぷると震える。そしてオークはぶっひいいという見事な断末魔を残して弾けて消えた。
「ふっ、またつまんねえもんを切っちまったぜ」
騎士らしからぬ捨て台詞を吐いて、チンっと俺が剣納すれば周りにいた者達の喜びが爆発した。
「流ちゃんすっげええええ」
「流星君すっごおおおい」
眼鏡の少年と青い髪の少女がキラキラとした眼でキャッキャと褒め讃えてくれる。彼らは俺の幼馴染、白虎理聖と相田美咲だ。俺達は小学生でありながらVRMMOの世界で遊んでいた。
といっても今時そんなの普通。
ヴァーチャルリアリティー全盛期時代、今やVRMMOで生計を建てることが憧れとされるくらい社会に受け入れられているのである。
だから勿論、俺達三人の夢はVRMMOでトップ層に君臨する者、ハイヒューマン(廃人)と呼ばれる者になることだった。
そんな中で俺はちょっと群を抜いていた。ヒョロガリ眼鏡の理聖は運動神経が悪く、美咲は勇気が足りなかった。小学生用VRMMOでのお子様戦闘においてはその二つが最重要と言われていた。
「よっしゃ!こういう奴は俺にまかせてくれ。さっさと先に進んで次の狩り場にいこうぜ」
「「おー」」
俺はニタっと笑って進行方向を鞘付きの剣で指し示した。
「俺達のPTの方針は!」
「レベルを上げて!」
横に来た美咲がそう声を張り上げて、三人が手を振り上げ揃って決まり文句を叫ぶ。
「物理で殴る!!!!」
アホそのものだが、楽しくて仕方がなかった。気の合う仲間とやるゲームは最高だ。そうだ。この時の俺は目標に向かって全力で邁進していた。
今もその夢は変わっていない。ただ、どうだろう三人での思いはちょっと翳ってしまったかもしれない。だって──俺達は中学になってバラバラに別れることになるのだから。
そんな未来を知らない俺の幼きアホ面が笑みを深め、再び拳を天へ突き上げた。
「見てろー。俺は絶対にハイヒューマンになっ!?」
そこでガンという衝撃に夢で見ていた記憶が掻き消えた。どうやら寝相のせいでベットから落ちたらしい。
「る”!?!い”っづうう」
打ちつけた鼻をさすり、寝ぼけ眼を涙目に変え、夢の姿からかなり成長した俺は変わらないアホ面を痛みで顰める。
相も変わらずにお馬鹿だが、そんな俺も高校生になる。そう、今日は俺が通うことになるVRMMO廃人養成学校ラヴェルの始業式。ずっと楽しみにしていて、ワクワクを抑えきれずに着こんでいた制服が気づけば俺の鼻血で真っ赤に染まっていた。
俺は血に塗れた手をわなわなと前に差し出して叫ぶ。な”あんじゃこりゃああああ”あ”と。
◇◇◇
ヴァーチャル技術はその誕生から急速な発展を遂げる。以来、数々のフルダイブ型のゲームが生み出され、ゲーマー達を魅了し一般の人にも愛され続けた。そして西暦22XX年、業界はVRゲーム全盛期時代に突入する。
その影響は計り知れないものであり、特にVRMMOは人社会に深く食い込むことになる。よってゲーム用語が社会に逆流した。
エルフ、ノーム、ウンディーネ、シルフ、サラマンダーは階級とその人の得意分野を示し、その頂点といえる存在を人々はいつしか廃人、ハイヒューマンと呼ぶようになっていた。
その年収は億越えに達する者すらも現れ始め、今や少年少女の憧れの的。時代は変わったのである。とはいえ、家族の形は早々変わることもなく。一人の青年が目上の女性に怒られていた。というかまあそれは俺なのであるが。
「アンタ……馬鹿でしょ?本気で馬鹿でしょ?」
ちょっと眼つきの悪い黒髪ロングの女性がフンスと鼻息をたてて怒っている。これが俺の姉貴である桂木涼子。俺より一つ上なだけで彼女も高校生。
そのため彼女もまた制服姿だ。ちなみに、廃人養成学校に行く俺と違って彼女はいたって普通の進学校。ゲームに理解がないとは言わないが、一緒にやってくれたことは無かった。
「姉貴、返す言葉もございません。ですが、どうか可愛い弟を助けてください」
そんな彼女の前で俺はジャンピング土下座していた。その前には血塗れとなった制服が広げられている。俺は初日早々やらかしてしまったのだ。
「はあ……もうやだ。こんな弟。アンタ、ホント母さんがどんだけ」
「まあまあ涼子ちゃん。流星も反省してるしそれくらいで」
そう会話に入ってきたのが俺の母さんである民香。30代後半だが、20代に見えるくらい若く美人だ。姉貴の涼子と違って慈愛に満ちた優しい栗色セミロングの女性。
この二人と俺で桂木家の家族構成は終わる。当然、父もいたが俺が小学生の時に病気で死んでしまった。だから、うちは母子家庭。母さんが仕事と育児を頑張ってくれたお陰で今の俺達がある。
「母さんがいつも流星をそうやって甘やかすから」
俺と姉貴はそんな母に楽をして貰いたいと考え各自がそれぞれの道を選び、頑張ろうとしている。なので母に関わることとなればちょっと姉貴は当たりが強い。まあ、それも姉貴の優しさだ。
「ふふ、いいのよ。子供は大人に甘えて。そうやって愛情を知っていくんだから。でも、流星。これはちょっとどうにもならないかな」
「でっですよねー」
クリーニング行き確定。だが、そうなると、間に合わないと口元を引き攣らせた俺に姉貴がジト目を送った。
「父さんの白シャツ借りるしかないんじゃない?変だけど」
やっぱそれしかないかと立ち上がろうとすれば母がテヘっと舌を出した。
「えっと、母さんコーヒーこぼしちゃって丁度あの人の全部クリーニングに出しちゃってて」
「……」
「じゃあ、事情を説明して体操服で行くしかないわね」
貧乏なので買うという選択肢はない。硬直する俺に顔を向けることなくすっと姉貴は淡々と朝食の準備に取り掛かり始めた。
どうやら俺の高校デビューは残念なことになりそうだ。まあ、自分がやらかしたのだから仕方がないと溜息をつけば母さんが流星流星と肩を叩く。
「ん?何だよ?母さん」
「流星の学校って杉原君と美咲ちゃんも通うのよね?」
「ってダチからは聞いてるから、そのはず」
直接じゃない。昔は家族ぐるみの付き合いがあったけれど父の死とそれに伴う引っ越しのごたごたもあっていつしか彼らとは連絡を取らなくなっていた。
「じゃあ、楽しみだね」
「ああ……」
正直、それが一番楽しみだったりする。きっとだから俺は彼らの夢を見たのだろう。もしかするとあの時のような日々が戻ってくるかもしれない。廃人養成学校ラヴェルに通うということは誰一人として掲げた夢を諦めていない証拠でもあるから。
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流星ノート〇 22XX年にも関わらず一部の人は旧時代の生活を強いられている。
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