初対面の人間に貰いたくないやつナンバーワンじゃ!
ガラス部分が大きい両開きの扉、すぐそばのブラックボードの立て看板には、今日のおすすめメニューが手書きで描かれている。昭和レトロな雰囲気の外装。扉の上の看板には「喫茶 ZAC葉蘭」と書かれている。
ダークブラウンの扉を開けると、カランカランとドアベルが軽やかな音色をたてた。
「いらっしゃいませー」
と、穏やかな女性の声が入り口正面のカウンターの奥から迎える。ややふっくらした顔立ちの、優しそうな人だ。
テーブル席が三席と、六つのカウンター席で構成された、こじんまりとした喫茶店。
縁はぐるりと店内を見渡すと、迷うことなくカウンターへと向かう。その後ろをハジメとシュウが追いかけ、背の高いイスをよじ登るように座った。
「お客さん、初めてでしょ。うちのケーキは絶品よ!なんてったって私が作ってるからね!」
はははは、と豪快に笑いながらメニュー表を差し出す。
「コーヒーも美味しいよ!旦那が豆から厳選して挽いてるからねー」
「じゃあコーヒーとケーキを、君たちはどうする?」
そう縁が振ると、二人は食い入るようにメニューを見ていた。
「シュウ、どうする?ケーキは絶対じゃろ?」
「クリームソーダにしな!サービスするよ」
女性の一声に二人はガバッと勢いよく顔を上げた。
「アイスがのってるやつ……」
「憧れの飲み物じゃ……姉ちゃん太っ腹じゃなー」
「いやいや、さすがにそれは……」
慌てて縁が断ろうとすると、遮るように女性は言った。
「うちは、子どもには優しいのさ!遠慮しなさんな」
そう笑うと、待っててねーと奥に引っ込んだ。
「……獣には見えんけどなぁ」
「そうは言っても、臭いは間違いないんだよねぇ。上手いこと隠してるみたいだけど」
縁は深いため息をつく。
「シュウはどう思う?」
縁に話をふられ、シュウはうーんと唸る。そして、遠慮がちに口を開いた。
「あのひとじゃない、とおもう」
「やっぱりかー。常連にいるのか、別のスタッフか……」
がっくりと肩を落とし項垂れる縁。
「でも、においがつよいのは、ここだから!よすがさま、まちがってないよ!」
慌ててフォローをいれるシュウに健気さを感じる。
「まぁどっちにしろ、ここにおれば接触できるじゃろ。長期戦じゃなぁ」
「釘さしておこうって思っただけなんだけどなぁ……」
ハジメはテーブルに突っ伏す縁をじろりと見る。
「顔も名前もしらん。ライバルかどうかもわからんやつに釘刺す前に、好きじゃと言うのが先だと思うがの」
「うーん……。耳が痛い……」
「昨日の組紐も、ヒナのために作り続けてたとか聞いたら、本人ドン引きじゃな」
「好きな色ってコロコロ変わるもんだって聞いたから……」
「だからって、へやいっぱいには、ちょっと……」
二人は、完成した組紐やシュシュ、その端切れの糸くずや布切れで散らかった部屋を思い出した。日に何度も箒で掃いて、取り切れなかった畳のヘリに入り込んだ糸くずを手で回収する。
「掃除する方の身にもなってほしいもんじゃ」
「ロボットそうじき、ほしいよね」
「もー!二人とも!僕が主なんだけど?!指輪じゃないんだからいいでしょ!」
「ゆびわ……」
「どえらい重いわ!!初対面の人間に貰いたくないやつナンバーワンじゃ!!」
「初対面じゃない!」
「向こうからしたら初対面じゃろう!」
そう言われて、縁は言い返せない。
「だからやめたじゃん……」
小さく抗議をする縁にため息をつくハジメ。
「見てみぃ、シュウの顔。ドン引きどころじゃないぞ。軽蔑の顔じゃ」
「けいべつっていうか、だきってかんじ……」
縁は脳内で辞書を開く。
唾棄─ダキ─:非常に軽蔑して嫌うこと
「軽蔑より上じゃないか!」
「へぇ、小さいのに難しい言葉をよく知ってるね!」
自分たち以外に人がいなかった店内に知らない声が響いた。ドアベルは鳴っていない。三人の間に緊張が走る。
振り向くと、両腕に買い物袋を二つずつ抱えた背の高い男が、店内の出入り口に立っていた。ハジメが椅子から滑るように降り、縁の前に出る。
「よすがさま……」
「あぁ、間違いない。こいつだね」