9.エルフ、本当の意味で契約士の従者となる
お待たせしました。
お休みを挟んで、9話目です。
前回申し上げたように、この1話、まるまる第三者視点で書いています。
ミュゼアの過去と、ジョブ【女神】を取得する前後ですね。
お気を付けください。
ではどうぞ。
―― Another view ――
『ミュゼア。“奴隷”として、お前を売ることにした』
それが、保護者であった伯父からかけられた最後の言葉だった。
ミュゼアは大勢のエルフが暮らす森で生を受けた。
優しい父と綺麗な母に愛され、すくすくと育っていく。
しかし当時、ミュゼアが暮らす森のエルフは魔族との激しい戦いがあった。
ミュゼアの両親は貴族の務めとして前線へ赴き、そこで亡くなってしまう。
『ミュゼア。お前の父と母は死んだ。これからは私がお前を引き取って育ててやる』
自分の両親に一体何が起こったのか、何一つ理解できぬまま、ミュゼアはそうして伯父に引き取られることになる。
当初こそミュゼアの両親への配慮からか、他の家庭と変わらぬ程度にはちゃんと育ててもらっていた。
しかしミュゼアが魔法を扱えず。
また狩りの才能も見せないことが、少しずつ周囲の反応を変えていくことになる。
『……ミュゼアちゃん、もう7歳でしょう? そろそろ基礎魔法の一つでも使えておかしくないのにね?』
『亡くなったご両親は、お二人とも凄い魔術師だったからねぇ……』
エルフにとって魔法とは常に隣にあるもの。
呼吸するが如く、エルフであれば扱えて当然のものという認識だった。
上手い・下手の差はもちろんエルフの中にも存在するが、全く使えないというのはそもそも考えられたことすらない。
子供とはいえエルフであるミュゼアがその状況なのは、やはり周りの者から奇異に映った。
『あっ――』
狩りの練習の時間。
ミュゼアが精一杯に力を振り絞って放った矢は、的とは全然関係のない場所へと飛んで行ってしまう。
さらに矢には上手く力が伝わっておらず、ヒョロヒョロと地面に突き刺さった様子はセンスの無さを嫌でもかと示してしまった。
『動かない標的相手にこれかぁ。生きた動物や魔物相手じゃ、相当厳しいですなぁ……』
『他の女の子たちはもう大人の狩りについて行ってるんだけど。……ミュゼア様はもう少し様子を見た方がいいかもしれん』
面倒を見てくれていた大人たちがかなり気を使って自分を指導してくれていたと、ミュゼアは理解していた。
だから早く成果を出したい、期待に応えたいと、ミュゼアは自分なりに時間を惜しまず努力を重ねる。
しかしどれだけ頑張っても、どれだけ一人で練習しても、全く上達する兆しはなかった。
そんな日々に、ミュゼアは少しずつ、だが確実に自己肯定感をすり減らされていく。
そして複数回の鑑定を受ける機会を経て、周囲が持つ“違和感”が“確たる疑念”に変わる。
『……その、非常に、申し上げにくいのですが。ミュゼア様のステータスは、その、能力値もスキルも。全て以前の、3か月前のものと変わらずとなります』
当時、鑑定士が告げたその言葉で大人たちの雰囲気が一気に凍ったのを、ミュゼアは今でもハッキリと覚えていた。
『おい、流石におかしいんじゃねえか? スキルがないのってのはともかく、能力値が全然変化しないなんて、エルフじゃなくても異常だぞ?』
『なんか、呪われてるんじゃねぇのか? だって変だろ。――おぃっ、ここ数年で、何回鑑定したよ?』
大人たちが、自分に聞こえることも構わず疑問を言葉にする。
その状況に、ミュゼアはただ俯き、目に涙を浮かべることしかできなかった。
『また変わらず、か。……これで何度目だ? 半年前も、1年前も、その前も同じことを聞いたぞ?』
そしてそのような周囲の変化は確実に波及し、保護者である伯父の態度にも影響を与えていた。
『……申し訳、ございません』
自分でも原因がわからずどうすることもできないミュゼアは、謝ること以外できなかった。
そんなミュゼアに、伯父は、ある提案をする。
『……ミュゼア。しばらく気分転換をしてはどうだ』
ミュゼアの今の状況を心配し労わったような言い方。
『別館を用意した。周りの声も聞こえない静かな場所だ。そこで過ごして、心を癒したらいい』
しかし、それがただの建前だということは、幼いミュゼアでも感覚的に察することができた。
ミュゼアが連れていかれたのは、森を住処とするエルフでさえも訪れないだろうという奥地。
そして“別館”などといえるほど豪勢なものなどではなく、とってつけたようなあばら家。
伯父はただ体裁を気にし、そして伯父自身もミュゼアのことを気味悪がっただけだった。
『……はい』
ミュゼアに言える言葉は、それ以外になかった。
そこから始まったミュゼアの孤独な生活は、ミュゼアが奴隷として売られるまで続くことになる。
腫物に触るような扱いから、完全にいないものとしての扱いに変わり。
ミュゼアは毎日生きるのにも必死だった。
最低限の食料だけは定期的に運ばれてくるが、あとは我関せず。
『…………やはり、無駄足だったか』
半年に一度、状況の変化がないかどうかだけ見にやってきた。
もうその頃には伯父の態度も露骨で、自分の親族と接するという雰囲気は一切ない。
そしてその確認もやはり意味がないものだと分かると、それが1年に1回、2年に1回と減っていき、最後には来なくなった。
と思ったら、忘れたころに、自分を奴隷にすると告げにはるばるやってきたのだった。
『……はい』
ミュゼアは絶望感と虚無感に支配されたが、それでも、最後には感謝していた。
必要最低限とはいえ今まで食料を与えてもらい、そして生かされていたのは事実だったから。
また、その食糧を持ってくる“使い”の者から情報を得ていた。
伯父、そしてその一家が経済的に厳しい状況にあると。
口減らし、厄介払い、一時的だが大きな収入。
自分のことを奴隷として売るという行為であるのに、ミュゼアはそこに色んな意味を見出し、納得していた。
もう自分に価値を見出せるとしたら、そういう部分以外ないだろうとさえ思っていたのだ。
そうしてミュゼアは自らも驚くほど心に波立たず、奴隷として売られることを受け入れたのだった。
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ミュゼアにとって、自分を欲しいと思う人などいないだろうと当然のごとく思っていた。
そんな時に現れたのが、青年だった。
『えっ――その、“ミュゼア”ですか?』
『はい』
だからミュゼアはそれを最初聞いたとき、奴隷商のノルンとは比べ物にならないほど衝撃を受けた。
まず我が耳を疑った。
しかしその後どれだけノルンが補足の説明を加えようと、青年の考えが変わることはなく。
ミュゼアは青年の奴隷・従者となることとなった。
『…………』
買われてからも、どうして自分なんかをという疑問が消えることはなかった。
美男美女揃いのエルフだからかと一瞬だけ思ったが、自分がそれに当てはまるとは少しも思えなかった。
また青年から受ける優しい雰囲気。
そして“契約士”は何もできない“異性”ではなく、“戦力・従者”を欲するという理由から、その考えもすぐに排除。
だからこそ、ますます訳が分からない。
ミュゼアはしかし、そこを掘り下げることも早々に諦める。
人生の半分以上で自己肯定感を削り取られてしまったミュゼアにとっては、もはや自分の処遇でさえ殆ど関心が持てなかった。
自暴自棄の気持ちに近いかもしれない。
『――ミュゼア。急だが、今からダンジョンに行こう。至急、確認しないといけないことができた』
そんなミュゼアを、青年はしかし、放り出さなかった。
自分のダメなところを改めて口にして説明したのに、だ。
自分を一時とは言え必要としてくれた人。
だからこそ、その人から再び“いらない”と言われるのはとても怖い。
だったら、自分から進言した方が、まだこの関係を夢あるものとして終わらせられる。
そう思って先回りして『私を売ってください』と言ったのに。
『ミュゼアには絶対にケガさせない。ただ攻撃だけすればいい。――モンスターの攻撃は全部俺が受け持つ』
青年のその言葉は、ミュゼアのそんな恐怖を、一時的とはいえ一瞬にして吹き飛ばしていた。
その瞬間、自分でもわからない感情が芽生えた。
胸がきゅっとなって、苦しい。
青年の顔を直視できない。
ドキドキとし、鼓動が感じたことないほどに高鳴った。
ミュゼアは頭が真っ白になり、気づくと青年の言う通り指示に従っていた。
『はぁっ、はぁっ……ふぅぅ、はぁっ』
青年の全面的な補助ありとはいえ、モンスターを倒して。
ミュゼアは決して小さくない達成感を覚えていた。
しかし全身の疲労感もまた、今までに感じたことないほどで。
そして同時にとても複雑な心境だった。
自分がモンスターを倒す過程はとてもじゃないが、お世辞にもいいとは言えない。
それが改めて視覚的に証明されたのだ。
青年の反応を見るのが怖った。
今ので、青年の自分への評価が“いらない”となるのではないか。
『…………』
だが、恐る恐る盗み見るようにした青年の様子は、そういう感じではなかった。
宙の何もない所に指を走らせ、一人で何やらぶつぶつ呟いている。
不思議に思って、その時感じた“何か”が自分を購入する理由とつながるのだろうかと漠然と考えていた。
『よしっ――』
青年が覚悟を決めたみたいな声音で呟く。
ビクッとして、そして肩が震えた。
やっぱり、自分を売る決心がついたのか。
そう思わずにはいられなかった。
悲しみが次から次にあふれてくる。
連れて行ってもらった市場。
見たことない人の多さ。
自分のためにとわざわざ装備や衣類を買ってもらったことなど。
つい先日のことが、勝手にどんどん思い出される。
もうそれらはミュゼアにとっては、とても大切な思い出を構成する出来事になっていたのだ。
『(とても短い間でしたが、ありがとうございました。ご主人様の従者にしていただけて、奴隷にしていただけて幸せでした――)』
本当に別れを覚悟して、ミュゼアはそう心の中で呟く。
――だが次の瞬間、ミュゼアの頭からはそんな考えが吹き飛んでいた。
自分の全身に及ぶ劇的な変化を感じたからだ。
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『(何っ、これは――)』
体の内側から、自分が全部書き換えられるような感覚。
ミュゼアは直ぐに混乱で一杯になる。
『(えっ、でも、温かい――)』
しかし、その変化は全然嫌な感じはしない。
むしろ自分を良い方向へと導いてくれる、善性なものだと察する。
『(あっ、これは、ご主人様だ――)』
具体的にそれを教えてくれる声や説明があったわけではない。
だが、ミュゼアはそれがわかった。
自分の主人が形なきエネルギーとなって、それを自分に注いでくれている。
しかもそれはつい昨日今日に得たなんてものじゃなく。
主人が何年もかけて貯め続けてきた、血と汗と努力の結晶だ。
「あぁぁっ、あぁぁっ!」
その何物にも代えがたい大切で、とても貴重なエネルギーが。
自分を今まで苦しめてきた悩みの種の性質を、変化させてくれた。
良質な、それも誰もが羨み見惚れるだろうとても綺麗な花に。
「えっ、うぉっ!?」
青年も、今目の前に起きている現象を見て驚愕の表情を浮かべていた。
ジョブ【女神】という花が開いたことを、ミュゼアは感覚的に理解する。
そしてミュゼアは自分の全身に起きた現象も、すべて把握できていた。
見た目・容姿に身体的な変化があったわけじゃない。
しかしその体には神々しさともいえるオーラが纏われていた。
金の髪は、天界の雫に触れたような艶を得て。
その全身は、地上の栄養素では決して構成できないような神秘的な肉付きの良さと柔らかさ、そしてそれらの絶妙なバランスを得た。
エルフとしての元の美貌にそれが付加され、ミュゼアを見る者に圧倒的な美しさを思わせる。
正に天上の女神が現世に舞い降りたかの如く。
「【女神のヴェール】――」
また、ミュゼアは自分が習得したスキルの内容を、自然と理解していた。
まるで生まれた時から身に着けていたというように、指先を軽く振って発動する。
「えっ、嘘っ、装備が――」
青年が信じられないというように、ミュゼアの装備が一瞬にして変わったのだ。
魔物の皮で作られた量産品のブーツは、天界の素材で出来上がったかのような輝きを放つ。
白を基調とし所々に金や緑のラインが入っており、汚れという概念を知らないみたいに綺麗にミュゼアの膝上から足先を覆う。
「うっ、浮いた!?」
単に見た目が激変しただけではないことを、ミュゼアは軽く地面を蹴って示す。
地に落ちず、しばらく宙にとどまり続けるその様子は、ブーツが特別な力を付与されたことを端的に表していた。
「――ご主人様。全て、ご主人様の、おかげです」
変化が終わると、ミュゼアは涙を流しながら青年に近づいた。
その伸ばした腕を肘の上辺りから覆うグローブも。
着地した際フワッと風に浮いたスカート部分も。
ミュゼアが着用する衣類・装備は全て【女神のヴェール】の効果により、女神にふさわしい見た目となっていた。
「……おっ、おう。いや、うん、えっと、俺のおかげとは違うんじゃないかな、とか思ったり。無きにしもあらず的な何かかもしれなかったり―――」
――ただ大きく肩や胸元が露出していたり、無茶苦茶に裾丈が短くて見えてしまった下着まで女神仕様だったり。
……それで童貞ボッチを拗らせてる人物が約1名いるらしいが。
「――ご主人様。ずっと、ご主人様のお側にいさせてください。ずっと、お側で仕えさせてください」
だがミュゼアがそれに気づくことはなく。
自分の中に芽生えた想いが自然と口から出ていた。
自分を救ってくれた、これほどまでに変えてくれた。
そんな主人と出会えた奇跡を、ミュゼアはもう自分から手放すつもりは一切ない。
今後死ぬまで、思うことすらないだろう。
ミュゼアが本当の意味で、青年の従者となった瞬間だった。
―― Another view end――
本当はもうちょっと短く収める予定だったんですが、第三者視点で書くと意外に書くこと沢山出てきて。
で、気持ちも乗ったので結構時間かかっちゃいました。
また次は普通に、つまり主人公視点に戻します。
ミュゼアが本格的にパーティーに加入したので、二人+サポートちゃんの(コメディー的な)やり取りとかも増えてくると思います。
【女神のヴェール】だけじゃなく【女神の祝福】の具体的な効果とか。
あるいは、主人公のスキルの効果の話とかもできればいいなぁ、と思ってます。
後、お休みしていたのにその間に読んでいただけたりブックマーク・ご評価いただけたりしていたようで。
ありがとうございます!
やっぱりお休みするとどうしても不安は出てきちゃうもので……。
そうした中でちゃんと読んでいてだけてるんだと実感できると、ホッとしてやる気に繋がります!