7.契約士、従者が抱える問題の核心に迫る
お待たせしました。
日を跨いじゃいましたがようやく書き終わりました、7話目です。
ふぅぅ……昨日、いや一昨日?に引き続きかなり疲れました。
ではどうぞ。
「うわぁぁ~! 凄い……」
隣のミュゼアが声を上げ、目の前の光景に純粋に驚いていた。
「そっか。休日の市場を見るのは初めてだもんな。――食べ物から衣類、雑貨や骨董品まで何でもある。ミュゼアの日用品もここで揃えよう」
ミュゼアを購入して従者になってもらった次の日。
日用品の買い出しもかねて、俺はミュゼアに町の案内を行っていた。
「あっ、はい。わかりました。……人がこんなに沢山。凄い、森とは大違いです……」
答えながらも、ミュゼアは人の多さに圧倒されっぱなしだ。
話だと、奴隷になってこの町に連れてこられて殆ど日がないという。
まだヴァーリリスの町の地理も全然だろうし、そもそも人混み自体も珍しいといったように見える。
<ミュゼア様の日用品を揃える――つまり、ミナト様がミュゼア様の下着やら何やらをじっくりねっとりと決める、ということですね?>
おい、その言い換えやめい!
ってか“ねっとり”とか言うな、なんか俺が陰湿な奴みたいな印象操作になってる。
……そこには、その、別に介入しねぇよ。
ミュゼアに好きに選んでもらうっての。
「っ、うわっ、人、多いなぁ……――ちょっ、危なっ! もう……うぷっ」
休日、さらに市場が催されているとあって、人通りはいつにもまして多い。
町の住人だけでなく、この日のために外からも沢山の人がやってくる。
気を付けなければ直ぐ肩がぶつかってしまいそうなほどだ。
<いや、ミナト様の方が人混みにやられてるじゃないですか。苦手なんですか?>
ボッチはね、人の多い所はダメなんだよ。
酔っちゃうんだ、うん。
「あ、あの……」
はぐれないようにと付いてくるミュゼアから心配そうな視線を感じた。
彼女を昨日買った時は、コミュニケーションをとることすら難航するとばかり思っていたが……。
昨日からこうして、相手を気遣うような仕草を時折見せてくれるのだ。
<とても優しいお人柄っぽいだけに、ますます何とかしてあげたいですね>
……だなぁ。
「――ふぅ。意外に少なかったな」
1時間ほど使って、市場を見まわった。
シャツや靴下、マントにブーツなどが一式、ここだけで揃ってしまう。
……もちろん下着も購入はしたが、あくまで選んだのはミュゼアだとだけ言っておく。
またミュゼアの身の回りの物の他、気晴らしもかねて色んなスペースに顔を出した。
「それで、その、買う物は全部か? 他に何か忘れてたりはない?」
「はい。……ありがとう、ございます。このように、私のことなどに、その、気を使っていただいて」
買った衣服などの入った袋をギュッと強く抱きしめ、ミュゼアは視線を落としてしまう。
特徴的な長い耳も同様に、シュンとなるように下に揺れる。
そこに、さっきまで買い物を楽しんでいたような柔らかさや明るさはなかった。
まるで自分の本当の居場所がどこにあるのか、どこにあるべきなのかを急に思い出してしまったかのような。
そんな暗さ、悲しみがミュゼアを覆っているように感じてしまう。
うーん、どうしたもんか……。
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「――歩き回って、少し、疲れたな。ちょっと休もうか」
市場を抜け、中央街区にやってきた。
ここには広場が設けられていて、他にも多くの人々が腰を下ろして休憩している。
「はい……」
噴水近くに設置されていた木製のベンチに、並んで座る。
そこに、歳の近い男女がいれば自然に生まれてくるような甘い雰囲気などは一切なかった。
ミュゼアの沈黙につられるように、俺も言葉がうまく出てこない。
周囲では、家族や友人と連れあって休日を楽しむ光景があった。
自分たちのいる場所だけが別の世界のように思えて、重苦しい感じを一層強く覚えてしまう。
「……ん? おっ――」
そんな中、学院の生徒らしき者が広場の中にいたのを発見。
おそらく従者であろうメンバー3人と、戦闘の訓練をしていた。
「――ミュゼア。あれ、何やってるか、わかるか?」
「えっ? えっ、えぇと……あの4人の方々ですか?」
2人ずつ、それが二組に分かれて向かいあっている様子。
それをミュゼアが困惑気味に指差したのを見て、頷き返す。
「……戦いか何かの練習・訓練をしている、というように見えます。具体的には、その、わかりません。……申し訳ありません」
全部答えられなかったからって、別にうしろめたさや申し訳なさなんて感じなくていいのに……。
尋ね方をもうちょっとソフトな感じにすればよかったのかもしれない。
反省だ。
「いや、大丈夫。それでほぼ合ってるはずだ。――多分、あれは来月ある“四大大会”に向けて訓練してるんだと思う」
「“四大大会”?」
視線は真っすぐ。
行われている2対2の模擬戦から外さないまま、ミュゼアに簡単に説明する。
「俺も通ってるヴァーリリス学院も合わせて五つ、この国には“契約士を養成する学校”がある。それが全校参加して行われる、四つの大会。その一つが来月に行われるんだ。――“シルフの風戦祭”」
各学校の代表者が出場し、契約士、そしてその従者が優勝を目指して覇を競い合う。
優勝者は地位や名誉など無形の栄光に限らず、豪華な優勝賞品などももらえるため、契約士たちの重要で大きな大きな目標となっているのだ。
「ご主人様も、契約士、ですよね? ご主人様も、その大会を目指してらっしゃる、のですか?」
話が核心に入ったと察し、ミュゼアの声が強張る。
契約士の大会の話は即ち、従者に関係があることであり。
従者とはつまり、今の自分の立場を指すと理解したのだろう。
「ん~どうだろうな。地位や名誉は別にいいかな。もちろんお金はあるに越したことはないけど。今はそこまで困ってないし」
ミュゼアを購入した時に1万7000ルグド使っているが、まだ残りも1万ルグド以上ある。
ミュゼアが増えた以上、宿の部屋も変える必要が出てくるが、直ぐに困ってしまうほどの出費でもない。
「――大会によって、契約士が連れていける従者の数は違ってくる。“シルフの風戦祭”は一人だけだ」
そこでまた改めて、練習に励んでいる学院生とその従者たちを見る。
2対2。
彼らは予選や本選を想定した数で、実践訓練をしているのだ。
「だから、ミュゼアの負担になるようなら、予選に参加すらしなくていいと思ってる」
俺が連れている従者もただ一人――ミュゼアだけだ。
だから俺が出ること即ち、ミュゼアにも出場してもらうことになってしまう。
ミュゼアは戦闘能力が全くないとは聞いていたが、先ずは本人がどういう心情なのかを可能な限り話し合っておきたかったのだ。
「…………」
ミュゼアは俺の話を聞いて、しばらく無言になった。
だが急かさず、じっくり待つ。
それで言葉がなくてもいい、そういう気持ちで広場を何とはなしに見ていた。
「――その、ご主人様。宿に戻ってから、私の話を聞いていただいても、いいですか?」
絞り出したような声。
それを言うことさえも勇気を振り絞ったというような声で、小さく震えていた。
「ああ、もちろん」
ミュゼアからの願いを快諾し、ゆっくりと広場を後にした。
そして宿へと戻ったのだが、俺はミュゼアの口から出た内容に驚愕させられる。
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「えっ――能力値が、全く、上がらない? スキルも一つも、ない?」
「はい……っ!」
ミュゼアの言ったことが、最初よくわからなかった。
しかしミュゼアがそれを口にする際、目一杯に涙を浮かべていたのだ。
それを見てその内容の深刻度が先に伝わり、その後、頭に理解が広がっていった。
「ですから、私、魔法が使えない、とか。弓が、狩りが全くできないとか。エルフとして、全然、ダメで。その上、何度、鑑定してもらっても、能力値、ずっと成長、しなくて」
必死に泣かないようにと堪えているものの、声は震え、嗚咽も漏れ、言葉は切れ切れになってしまう。
ミュゼアの強い自己否定は、ただミュゼアが自分の境遇を嫌っているだけでなく。
その周りから浴びせられたであろう心無い言葉の数々をも、容易に想像させるものだった。
「能力値が上がらない、スキルも一切持ってない――その、何か、原因とか、疑わしい要因とかは?」
「…………」
ミュゼアは言葉なく首をただ横に振るだけ。
俺の問いかけは何とか間を繋ごうとしただけの、空疎な質問になってしまった。
分かっていたら、こんな状況になってない。
そんなこと、当の本人であるミュゼアが一番知りたくて、必死に調べようとしたことだろうに。
<……スキルが手に入らないは百歩譲って、もしかしたらあるかもしれませんが。能力値が上がらないって、そんなこと、あり得るんですかね?>
スキルという存在そのものであるサポートちゃんですら、信じられないといった声だ。
だがミュゼア本人がこんなにも苦しそうに告白している以上、嘘とは思えなかった。
「私、役立たず、で。穀潰しで。ご主人様に、せっかく買っていただけたのに。……ですから、いらないと、わかるまえに、また売っていただいた方が――」
ここまで言葉にして、もうミュゼアは涙をとどめることができなかった。
泣きながら、自分からまた売った方がいいと提案するなど、通常の精神状態では考えられない。
どれだけ辛い過去を経験し、汚い言葉を受ければこうなるんだ。
「っ!」
自分の力の無さがとても歯がゆく、また苛立たしかった。
今すぐにこの子の悩みを、心の傷を、すべて取り払ってやりたかった。
だが、手立てがないどころか、そもそもミュゼアの問題の原因すらわかっていないのだ。
クソッ、何か、何かないのか?
せっかく契約士になって初めてできた従者なのに。
その従者の問題一つ解決してやれないなんて。
本当、きっかけだけでいいんだ。
少しのヒントだけでも――
……ん?
「契約士……従者……――あっ!」
弾かれたように、俺は自分の契約盤を出現させる。
雷が落ちてきたかのような衝撃とともに、閃きがあったのだ。
今まで空きマスで、マテリアルも遊ばせるだけだった所。
そこには今、使用されていることを示すように、ミュゼアと対応済みのマテリアルがあった。
そのマテリアルに触れる。
<あっ、そうです! 契約士と契約した従者は、何かしら恩恵を受けるはず!>
そう。
例えばアレスティーは魔術師で、魔法に長けた契約士だ。
だからその従者は契約した時に、マテリアルの属性とはまた別に、アレスティーの長所である魔法に関連した恩恵を受けている。
そこで、俺は“プレイヤー”というジョブだ。
だから、“プレイヤー”に関連した何かしらの恩恵を受けるはずで――
【ステータス】
●基礎ステータス
名前:ミュゼア・F・フォレスティア
年齢:15
性別:女
種族:ハイエルフ
身分
①奴隷 ※所有者:ミナト・イスミ
②従者 ※契約士:ミナト・イスミ
ジョブ:――
HP:9/9
MP:7
筋力:5
耐久:5
魔力:7
魔法耐久:9
器用:7
敏捷:5
●スキル
なし
●契約ステータス
マテリアル種類:ノーマル
「うぉっ! ステータス!!」
いきなり、目の前にステータス画面が現れる。
そしてそれは俺のものではなく、ミュゼアのものだった。
鑑定能力を使用したわけでもないのにこれが閲覧できたこと自体が、俺と契約したことによる恩恵を受けている何よりの証拠だ。
それにしても、能力値が上がらないってのは本当らしいな。
エルフの長所たるMPや魔力、器用や敏捷が軒並み一桁ってのは相当に酷い数値だろう。
スキルも本当に何もないのか……。
<ミナト様、ミナト様! それだけじゃありません、ミナト様の従者になったことによる“恩恵”!!>
サポートちゃんの興奮したような声に、今していた思考を一時中断。
他に何かあるのかと考え視線を巡らせていると<右下! 右下です!>とまたもや急かすような声があった。
――あっ! 【能力UP】画面!
その最近見慣れた項目を見つけ、俺は迷わず押していた。
「っ! ――これ、は……」
そして開かれた画面に映った内容は、ミュゼアから聞かされた話や今見たステータス以上に衝撃的な内容だった。
[能力UP]
“ジョブ 女神”
幾多の試練に耐えた先、全てを慈しむ至高の心へとたどり着いた存在。その手がもたらす祝福は、人知を超えた奇跡を起こす。
勇者や聖女、賢者などと並ぶ最高クラスのジョブです。
保有経験点 力:0 技:0 魔:0 センス:0
必要経験点 0
●ジョブ
【女神】
※条件
①【ステータス操作】のスキルがLv.2以上
②【ステータス操作】の使用者と対象者が“支配・被支配”の関係にある
③寄付として総経験点3000を支払う 現在:403/3000(才能○→総経験点2337)
見直し・推敲はしてるんですが、なんか間違ってそう……。
読んでいただきありがとうございます。
丁度これで7話、つまり1週間書き続けたことになりますね……。
徐々にですが着実にPV、ブックマーク・ポイントも伸びており、嬉しい限りです!
どちらも作者にとって執筆の重要な活力となります。
今後もよろしくお願いします!