6.契約士、初めての従者を得る
お待たせしました、6話目です。
ようやく一人目の奴隷少女、ヒロインの登場です。
ふぅぅ……。
ではどうぞ。
「――ああ、なるほど。リィーナさんの生徒さんですか。私は担当のノルンです。よろしくお願いします」
ドキドキしながら受付で目的を告げると、個室に通された。
調度品も豪華だし、足音を吸収してくれる絨毯も見ただけで高級品だと分かる。
凄いところに来てしまったと不安がさらに拡大中だ。
「お、お願いします」
相手のノルンさんは漠然と抱いていた奴隷商人というイメージとは真逆の、美人で綺麗な獣人族の女性だった。
てっきりもっと肥え太ったおじさんが出てくるものとばかり思っていたが、まさか猫耳の美女とは驚きだ。
「ふむふむ……大体の事情は分かりました」
リィーナ先生の名前と紹介状を出すと、ノルンさんは笑顔を浮かべてそれを読み、あっさり納得してくれた。
「直ぐにでも候補の奴隷の紹介は可能ですが、その前に手続きだけお願いします。単なる事務的な内容ですので」
「あ、はい」
言われるままに、ただ頷いて流れに任せる。
<……いや、任せすぎというか、流れに圧倒されすぎでは? ……もしかして、美人の女性相手だからってテンパってますか? ボッチのコミュ障を拗らせちゃってます?>
バッ、バババカッ!
んなわけねぇし!
ちょっ、ちょっーと来たことない場所だから様子見で、お手並み拝見してるだけだし?
<何の強がりですかそれ……>
サポートちゃんの冷ややかなジト目ツッコミを受けている間に、ノルンさんは手伝いの女性に紙の束を持ってこさせた。
それを受け取ると、その内の何枚かをめくってとりわけ、俺の目の前に置いて説明を始める。
「では当商館の説明をいたしますね。――当商館では通常の奴隷の他、契約士の方にのみ販売している商品がございます」
おぉぉ。
リィーナ先生の言ってた通りだ。
「こちらの商品、何か通常の奴隷と質的に大きく異なるといったことはございません。――違う部分は“契約士の皆様に必ず従者として契約いただく代わりに、市場価格より大幅にお安くご提供できる”ということです」
「“必ず契約”――つまり契約盤の空きマス一つと、契約水晶を一つ、必ず与えなければならないと?」
ノルンさんは首を一度縦に振る。
思わず契約士特有の用語を使ってしまったが、それで理解が遅れたといった様子はない。
「はい。要するに補助金の一種が出ています。ヴァーリリスは“契約士の都市”としてさらに発展していきたいということでしょうね」
あぁぁ、なるほど。
だから一般の奴隷よりも安く売っても経営上問題はない、と。
ノルンさんは事務的な説明だからと急かさず、俺が理解するために適度に間を挟んでくれる。
見た目だけでなく、実際にも商人としてやり手な雰囲気を感じた。
「人材活用という意味もありますね。契約士の従者となれば、いわゆる“化ける可能性”があります。奴隷になっても、契約士のもとで花開いてくれればそれはそれでOKと。くすぶってる人材の有効活用になりますからね」
そういう類の政策ってあるよな。
特定の商品をもっと売りたい・普及させたいって時に、行政・国が優遇措置でバックアップするって感じか。
契約士にとって、空きマスの一つ・マテリアルの一つというのはとても重要なものだ。
俺も10年努力しているが、未だ一つも増やせてない。
それを必ず一つずつ差し出して契約を確約することの見返りに、それだけ金銭的負担を軽くしようということだろう。
「仕組みは理解しました、大丈夫です」
ノルンさんはニッコリ笑う。
「わかりました。では最後に“条件確認”を行いたいと思います。申し訳ありませんが、契約盤と契約水晶をご用意いただけますか?」
空きマスと使用可能なマテリアルが本当にあるかどうかの確認だろう。
契約盤と契約水晶を出現させる。
【ミナト・イスミ】
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空きマスもマテリアルもちゃんとあるにはあるが、これを見せるのが少し恥ずかしかった。
一つしかマスは空いていないし、それに従者がいないことをこれでもかと表してしまっているからだ。
「フムフム……。はい、大丈夫です。確認できました。――ん? おっ」
だがノルンさんは思っていたものとは全く違う反応を見せた。
「へぇぇ……こんな“契約士マテリアル”の“絵柄”は初めて見ました」
そう言ってノルンさんは契約士、つまり“俺”と対応している水色の“○”を指さす。
そこには一筆書きで書いたような“人型”の絵があった。
「“剣”や“杖”、“弓”や“拳”の絵は今まで何度も見てきましたが。……へぇぇ~。なるほど。リィーナさんがわざわざ紹介状を書かれるわけだ」
ノルンさんが凄く意味ありげにほほ笑んで、俺の顔をじっと見てくる。
……ちょっ、やめて。
美人にそんなじーっと見つめられたら、惚れちゃうだろ。
<それで惚れちゃいそうって、チョロすぎでは?>
サポートちゃん、思春期の童貞ボッチを舐めちゃあいけませんぜ。
異性との触れ合いどころか、会話ですら1日1回あるかどうかなんだからな。
<……じゃあ、もし従者ができた時、それが異性だったらどうなるんです?>
…………。
――色々とヤバい!
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「では説明はこれくらいにして。実際にご覧いただきましょうか――」
ノルンさんが手伝いの女性に命じる。
しばらくすると戻ってきて、人が3人増えていた。
女性が二人に男性が一人。
そして種族が全員バラバラだとすぐに分かった。
「右からエルフの女、獣人族の女、そして人族の男です」
ノルンさんに促され、連れてこられた3人が前に並んで立つ。
全員しっかりとした衣服を着ており、清潔さも感じられる。
「こちらは本当につい最近になって当商館に売られたエルフ――“ミュゼア”です」
紹介に応じて右に立つ少女が半歩前に進む。
一目見て、とても綺麗な少女だと思った。
美男美女揃いの種族であるエルフ。
それを差し引いても、アレスティーと負けず劣らずの整った容姿をしていた。
腰まで届く金色の髪に、特徴的な耳の長さ。
「……“ミュゼア”です。よろしく、お願いします」
――だがそれらがすべて帳消しになってしまうほどに、本人の顔に表情がなかった。
暗く沈んだ雰囲気。
つい最近奴隷になったというだけで、これほどまでに負の印象が出てしまうのかと疑うほどだった。
「……ミュゼアは15歳と年若く、見た目もこの通り大変優れております。しかしエルフですが魔法が使えません。弓の扱いも下の中程度。戦闘要員としてはご期待に沿えないかと」
ノルンさんは淡々とそう告げて、1万7000ルグドという値段を提示。
エルフは魔法の扱いに長けた種族という印象がある。
また森の中で過ごす者も多いため、狩りで使う弓も上手いとよく聞く。
それらが揃ってダメということは、確かにエルフとしては致命的な欠点が多いという印象だった。
「では次に――」
えっ、もう次!?
意外だった。
もう少し、この少女が奴隷になった経緯に触れたりするものと思ってたが……。
「真ん中。犬人、ウルフ種の女、ウォグィーです。20歳、少々荒っぽい性格をしておりますが戦闘経験は豊富で――」
商人としてある程度信頼できると感じたノルンさんが、早々に次の奴隷の説明に移ってしまった。
そのことからも、最初のエルフの少女をあまり売る気がないのだと感じた。
またそれは同時に、エルフの少女がそれだけ大きな欠陥があることをも意味しているように思えて……。
「――最後、人族の男、アドリー。33歳で、盾を扱えます。同性・同族ということで他二人より気を遣う点が少ないというのは利点かと。ただ奴隷になって今まで戦闘からは遠ざかっていたので、実戦でどうなるかは未知数ですね」
二人目の獣人女性が2万と4000ルグド。
今紹介された人族の男性が2万1000ルグドだ。
通常の奴隷だと確実に少なくとも倍以上はするということで、確かにお手頃だった。
予算は3万ルグド。
そう考えると、金額という点では全員ちゃんと選択肢に入る。
――しかし3人全員分の説明を聞き終えたが、俺は既に、一人の奴隷に惹かれていた。
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「えっ――その、“ミュゼア”ですか?」
初めて、ノルンさんが困惑する表情を見せた気がする。
それだけやり手のノルンさんでも、予想外のことを言われたってことだろう。
「はい」
確認で聞き返されたが、答えは変わらず。
――俺は、エルフの少女、ミュゼアに強く興味を持った。
だがそれは“モテない童貞ボッチが、美少女のエルフを手に入れて醜い欲望のはけ口に――”なんて単純で短絡的な動機ではないと、自分では思っている。
「あの、ミュゼアは魔法や弓を使えないだけではありません。ジョブも有していません。エルフの俊敏な、森の中を縦横無尽に駆け巡るようなイメージをお持ちなら、そういう能力もありませんよ?」
ノルンさんの追加情報を聞き、むしろ逆に購入したいという思いがさらに強まった。
また、当の本人、ミュゼアも驚愕の表情をしている。
まさか自分が購入の検討対象になるとは思ってもみなかったという顔だ。
だから、ノルンさんがミュゼアのマイナス情報をどんどん述べているにもかかわらず。
ミュゼアはその通りだというように小さく、だが何度もうなずいていた。
「フフッ……」
その逆転現象がなんだかおかしくて、気づいたら自然に笑い声が口から洩れていた。
だがすぐに笑みを消し、真剣な表情になる。
その時に、完全に心が決まったような気がした。
「……はい。かまいません」
――この、エルフなのに欠陥ばかりだといわれる少女に、多くの共通点を感じたのだ。
俺も、“契約士なのに従者がいない”とか、無能だとか、周りから散々言われた。
それを変えるために何をしていいかわからず、何もできず、ただ日々が過ぎていくばかり。
だが腐らずにそれを続けて、“プレイヤー”のジョブを得て。
何か変えられるかもしれないとようやく期待を持てるようになった。
叶うならば、俺が今得た希望の光を、少しでも誰かに分けてあげたい――
「“契約士と契約すればその才が花開くかもしれない”――それを現実のものにできるよう、自分のできる範囲ではありますが、努力してみようと思います」
「ぁっ――……そうですか、わかりました」
それで俺の想いが通じたのか、ノルンさんは納得したという表情に。
もうそれ以上はとやかく言わず、契約の手続きを進めてくれることになった。
「…………」
ただ一人、困惑が消え去らなかったのは、その当の奴隷本人のみ。
だが抵抗や言葉はなく、最後はただ成り行きに任せるように俯いていた。
<……思った以上に闇というか、抱えるものが大きそうですね>
……だな。
サポートちゃんと、この先に待ち受けるだろう障壁を想像しつつも、契約の最終段階に。
契約盤と契約水晶を再び出現させる。
それらとミュゼアとを対応させる過程だ。
既に俺のボードの空きマスに記録されている、ノーマルマテリアル。
それを取り出し、ノルンさんに渡す。
ノルンさんがさらにそれをミュゼアに言って握らせる。
「それを強く握ってて。――イスミ様、お願いします」
確認後、詠唱を始めた。
契約士として初めに学ぶくらい基礎的な詠唱。
しかし今まで一度も使うことがなかったものを、ようやく使うことになる。
「≪我、才輝く可能性を与えん。汝、契約士の腕となりて、その力を我に貸し与えよ――≫」
ミュゼアの手に握られたノーマルマテリアルが強く光り、指の隙間から赤い光が漏れ出てくる。
その直後、それに反応したようにミュゼアの全身が淡い赤色の魔力に包まれた。
しばらくするとそれが徐々に弱まって、最後には消滅する。
対応の過程が済んだのだ。
ミュゼアが俺の奴隷となったと同時に、初めての従者になった瞬間でもあった。
24日……はて、何かあったような気がするんですが、忘れてしまいました。
皆さんも何もなかったですよね、ねっ?(真顔)
ミュゼア、主人公に負けず劣らずの欠陥状態ですが、問題解決はそう長引かないはずです。
2話、長くとも3話以内には……と思ってます。
総合のポイントが100ポイント超えました!
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