4.契約士、仕事を辞めて本格的に学院に行く
4話目です。
ふぅぅ……何とか書けた。
ではどうぞ。
「よし。辞める、辞めてやるぞぉぉ!」
軽く眠って目覚めた翌朝。
俺は今までにないくらいのやる気に満ちていた。
<仕事を辞めるためのやる気に満ちてるって、前向きなのか後ろ向きなのか……>
こらっ、そこのサポートちゃん、うるさいよ。
人がせっかく頑張ろうと決めたんだから水差さないの。
1年頑張ってみて契約士として芽が出なかったら、きっぱり諦めて別の道に進む。
プレイヤー、そして【ステータス操作】の効果を実感できたからこそ踏ん切りをつけることができた。
だから少しでも自分を磨くため、今の仕事は辞めて時間に融通の利くものにしようというわけだ。
その決意を胸に、事務所へと向かうことにした。
「――と、いうことなんです。あの、10年間、今までお世話になりました」
東街区、迷宮から歩いて5分としない場所にある事務所。
責任者たる冒険者のおじさん、ライアンさんに、早速辞める旨を告げた。
こういうことは躊躇ってると、ずるずる延びてくからな。
「……そうか、分かった。お疲れさん」
50歳を超えベテランの風格漂う男はそっけなく、そしてあっけなく承諾。
……まあこんな感じだよね、うん。
だがライアンさんはふと立ち上がったかと思うと、俺に待っているよう伝えて事務所の裏に引っ込む。
ライアンさんは50を超え、歳からくる衰えで前線を退いた。
しかしこうして管理職みたいなことをしているものの、その動きは俊敏で無駄がなかった。
ボロボロになって皮が剝がれた椅子に座ったまま、言われた通りぼーっとして待つ。
「――ほれっ。持ってけ」
戻ってきたライアンさんは、ぶっきらぼうに革袋を机に放り投げた。
ジャラジャラと金が擦れあう音。
そしてズシリとした重量感ある見た目。
「えっ、こ、これは?」
「補償金のための天引き分。それの返却だ」
一瞬何の話か分からなかった。
そのポカーンとした顔から俺の困惑を読み取ったのか、詳しい説明が加わる。
「危険と隣り合わせの仕事だ。ケガで働けなくなって収入に困ったり、万が一って時に家族の生活とか、あんだろ? それ用の備えで全員、一定額、徴収してんだ。最初っから言ってたろ?」
えぇぇ……聞いてないです。
10年前……その時なんてまだ物心つく前だからな。
無我夢中で戸を叩いたくらいしか覚えてない。
その時の担当がライアンさんだったなら、確かに説明はしているんだろうが。
あいにく俺がこの仕事を始めた時は、違う冒険者の人が責任者だったからなぁ。
「……まあ聞いてないならないでいい。お前は無事、死ぬことなく退職するんだ。10年分、返す」
なるほど。
そういうことならありがたく受け取っておこう。
正当な権利だ。
また“正当な権利”を“正当な権利”としてちゃんと認めてくれる仕事だったんだともわかり、目頭が少しだけ熱くなった。
「それは一部だからな。残りは商人ギルドに行って受け取れ。手続きはしておく。――10年間、お疲れさん」
「……はい。お世話になりました」
挨拶を済ませて事務所を後にした。
<……これから、一段と頑張りましょうね>
……おう。
今まで10年も続けてきた仕事を辞めたんだという寂しさは多少あったものの。
より契約士として成長しようと、一層気持ちに弾みがついたのだった。
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「さ、3万ルグドも……ど、どうしよう! これ、贅沢しなければ5年くらいは何もせず暮らせるぞ!」
商人ギルドに立ち寄って額と手続きを確認し、俺は昨日とは別の興奮に包まれていた。
<いや、何もせず暮らすつもりなんですか!? 契約士として成長するために使ってくださいよ……>
も、もちろん!
わ、わかってるって。
<……本当ですか?>
ジト目を感じる。
サポートちゃん、実体を持ってるわけじゃないのに……何たる威圧感!
とまあ冗談は置いておいて。
本当に、お金は自分の成長に役立つことへと使う予定だ。
ただ扱ったことのない金額だっただけに、使い道はまだ全く思い浮かんでないが。
「――さて、それを見つけるためにも、学院に行こうか」
結局近道というか、成長するためのヒントは学院にあると思う。
契約士を養成するための機関だ。
それが勉強なのか、はたまた大会をはじめとした実践にあるのかはまだわからないが。
<もう昼前ですけどね。今からだと……ミナト様、完全に不良さんですよ>
まあねぇ。
でも、もう周りの評価は気にしても仕方ない。
そう思える域には既に達している。
ちょっとでも勉強できるんなら行くに越したことはないだろう。
「……時間の節約か。ちょっと試しに“敏捷”でも上げてみるか」
敷地内にある寮から通う学生たちとは違い、自分は別街区にある宿から通学しなければならない。
今後それが少しでも楽になればとの思いで、昨日に引き続き“能力UP”をすることに。
[能力UP]
“敏捷 12→13”
保有経験点 力:692 技:1122 魔:1306 センス:841
必要経験点 技:4(才能○→技:3) センス:4(才能○→センス:3)
●能力値
HP MP 筋力 耐久 魔力 魔法耐久 器用 【敏捷】
よし、この際一気に“30”にまで上げてみるか。
12→20で“技”と“センス”がそれぞれ、【才能○】の効果で3×8の24ずつ。
20→30では必要経験値がそれぞれ2増え、5×10で50ずつ消費することに。
合計74、“技”と“センス”の経験点を支払い、敏捷値が30に上昇した。
[ステータス]
●基礎ステータス
名前:ミナト・イスミ
HP:28/28
MP:41/41
筋力:30
耐久:11
魔力:23
魔法耐久:18
器用:16
敏捷:12→30(new!)
保有経験点 力:692 技:1048 魔:1306 センス:769
「じゃあ早速学院に向かうか――」
――おっ、おぉっ!?
足を動かし始めた時点で、直ぐに体の変化を感じ取った。
走る際の足取りがとても軽やか、回転も今までになく速い。
あまりにすいすいと進みすぎて、道中で危うく転びそうになった。
速い、速いぞっ!
俺は風にでもなってしまったのか!?
<あんまり調子に乗ると、今度こそ転んじゃいますよ~?>
ああ、わかってる。
素早くなったのは実証されたが、一方でいきなり成長しすぎて自分の体じゃないみたいな違和感もあった。
本来の“ステータス自動”な状態なら自然に1ずつ上がって、時間をかけて体が慣れていくのだろう。
それが突如12から30、数字にして倍以上の数値になったんだから、体が違和感を覚えるのも当然といえる。
全速力は出さず、周囲を気にすることができる程度に速さをキープ。
だがそれでも、いつもより5分は早く学院に到着することができた。
「ぜぇっ、ぜぇっ……はぁっ、はぁっ」
――ただ息切れはちゃんと起こしたけどね!
<そりゃ全力でないとはいえ、あんなスピードで走り続ければそうもなりますよ>
サポートちゃんの呆れ顔が目に浮かぶようだ。
……実体を見たことはないけどね。
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「――あっ、イスミさん!」
敏捷値を上げたおかげもあり、午後の一つ目の授業開始には何とか間に合った。
ただ内容は座学ではなく、演習場の一つを使って行う実技だ。
演習場に入った俺を、アレスティーが目敏く見つけて小さく手を上げてくる。
きゃ、可愛い!
……なんなのあの子。
そんな人懐っこい笑み浮かべんな、美少女の自覚しろ。
俺のこと好きなのかとか勘違いすんだろ、惚れて勝手に自滅すんぞこらっ!
<自滅するんですか……>
そりゃぁねぇ。
そんな万が一にもない可能性を信じちゃうほど長年ボッチやってないっすよ、えぇ。
<自慢できることじゃないんですけど>
えっ、聞こえないなぁ……。
「時間だな――おしっ。じゃあこれから“合同授業”を始める」
リィーナ先生が生徒たちの前に立ち、内容を説明する。
今回は前回と違い、従者はいない。
その代わり、B組と同数の学生たちがもう一組。
「通常の魔法の訓練は、クラスの別なく重要だ。A組だろうがB組だろうがな」
契約魔法を使用できる以上、ここに存在する60人は、基本的に魔法の素養自体はあるといえるだろう。
魔法を鍛えれば火魔法だったり水魔法だったり、そういった基本魔法を扱えるようになる以外にも、契約士独自のメリットがある。
「魔法は体と同様、鍛えておいて損はありません」
そう言って自分の契約盤、契約水晶を出現させたのはA組の担任教師だ。
痩せ細って陰湿そうな見た目をしているが、あれでもリィーナ先生同様に過去の四大大会の優勝者だからな……。
「“ノーマルマテリアル”だけでも契約は可能ですが“魔術師マテリアル”を生成できるようになれば、それだけ契約に興味を示す相手も出て、幅が広がりますからね」
俺も自分の生成可能なマテリアルの種類を思い出す。
●契約ステータス
契約水晶:2種類 1個/2個
↓
内訳:①契約士マテリアル②ノーマルマテリアル
契約士マテリアルは自分以外を対象には使えない、唯一1つだけ生成可能なもの。
だから実質、俺は他に1種類しか生成できないことになる。
ノーマルマテリアルは赤色の水晶をしていて、表面には何の絵も浮かび上がっていない。
だがA組の先生が示した“魔術師マテリアル”には、“杖”のような絵柄があった。
座学の方の復習として、教師はマテリアルの種類の相違によりどのような効果の違いがあるかを問うた。
「――つまり、“魔術師マテリアル”を使うと“ノーマルマテリアル”と比べて、従者は契約した際、より魔法に関連・特化した恩恵を受けることができます」
当てられた生徒はテキパキと答え、その後も具体例を挙げていく。
魔法のスキルレベルが上がったり。
あるいはMPや魔力・魔法防御など、魔法に関連した能力値が上昇したりといったものだ。
「いいでしょう。……では、基本的な知識の確認も済んだことですし、早速実習に入りましょうか。――各自、二人組を作ってください。ただし、別クラスの生徒同士でペアを作ること」
その号令で、直ぐに準備が始まった。
各生徒、自分が仲良くしていたり知人だったりする相手を見つけ、次々とペアを確定させる。
一方――
<……やりましたね、ミナト様。余り確定です>
俺は余りを確定させていた。
わーい、こんちくしょう!
何考えてんだよあのA組教師、こっちはただでさえ自分のクラスにも親しい奴なんていないんだぞ!
別クラスの奴同士で二人一組なんて、あぶれるに決まってんじゃねぇか。
お前、学生の頃は俺側だったじゃないの?
自分も感じた痛みを教師になって繰り返し生徒に与えるな!
ったく……。
「イスミさん……」
そんな俺を憐れんだか、アレスティーが話しかけようとして来る。
だがそれを俺は許さず、無言で目だけで制した。
<……いや、格好よく言ってますけど。どっちにしろ同じクラスの人とは組めないんですよね?>
聞こえなーい。
僕、今日、ちょっとお耳の調子悪いのぉー。
<…………>
サポートちゃんのジト目っぽい雰囲気を感じ取り、現実逃避もかねて視線を宙にやる。
また今日も意味のない時間を過ごすことになるのか。
せっかくやる気になって参加したのに。
そう絶望感を抱き始めた時だった。
「――おい、“従者なし”。お前余ってんだろ? 俺様が相手をしてやるよ。このA組最強の“シルゼ”様がな!」
傲慢な態度を存分に出した一人の生徒が、俺に声をかけてきたのだった。
題名がコロコロと変わって申し訳ないです。
しばらくは試行錯誤で不安定期が続くかもしれません。