2.契約士、自分だけのジョブを手に入れる
2話目です。
ではどうぞ。
「おっ、ミナトじゃねえか。今日は夜勤か?」
下校後、宿屋からいつもの仕事場に直行。
顔見知りのおっさんが声をかけてきた。
「……っす。今日朝から、学院、行ってたんで」
「がははっ! そうか、そういやお前、“契約士”だったんだっけか?」
そのガサツな笑い声には“契約士”そのものではなく、俺を小馬鹿にするようなニュアンスが含まれていた。
だがここで怒り狂うこともない。
慣れたことだ。
「っす。じゃあ」
「あっ、ちょっと待て。……新入りがまた辞めたから。多分、今日はお前、一人番だぞ」
えっ、マジか。
うわぁぁ。
一人とか、超キツい日じゃん。
……まあでも、それも今思えば何回もやってきたことか。
学園都市ヴァーリリスの東街区。
50年ほど前に突如出現した迷宮の中が、10年続いている俺の仕事場だった。
「今日はどうだろうな……モンスター、出てるかね?」
迷宮。
あるいはダンジョンとも呼ばれる。
誰もが一攫千金や立身出世を夢見て潜る、摩訶不思議な空間。
有名だったり実力のあったりする契約士の中には、迷宮で名を上げた者も多い。
「――っし。着いた」
現在30階層まで発見されているうち、やってきたのは3階層目。
冒険者の初心者をちょっと脱したくらいのレベルが行き来するような場所だ。
「今日は……うん。よかった。モンスターはまだ出てないな」
各階層に存在する、下の階へと続く階段。
そことは全く関係のない端の端に、“次元穴”があった。
宙にふわりと浮く、黒く暗い闇の穴。
縁は波のようにゆらゆらとした動きを続ける。
「ゲートも特に異常はなし。……このまま何もなく終わってくれよ」
ゲート。
異界とつながり、モンスターを出現させる。
どこにでも現れるが、とりわけ迷宮内に存在することが多い。
これを監視し、モンスターが出てくれば対処するのが主な仕事だ。
肉体仕事を生業とする冒険者ですらやりたがらず下請けに回す、そんなキツいキツいお仕事でもある。
……まあこれの閉じ方が発見されるまでは安定して稼げるともいえるが。
「よいしょっと」
申し訳程度に置かれた粗末な椅子に腰かける。
モンスターが出た時用の装備を側において、ゲート、そしてその周囲の監視を始めた。
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「っ、ふわぁぁっ……」
仕事を始めて3時間ほど経っただろうか。
流石に眠気を覚え、あくびが出てしまう。
今のところモンスターが出現したり、あるいはゲートの大きさに変化が生じたりすることはない。
「…………」
本当なら二人一組、交代で仮眠をとりながらの仕事。
だが今日は自分だけ。
それは別の言い方をすると、誰も自分の行動を見ていないということでもある。
……少し、少しだけ寝てしまおうか。
ちょっと目を閉じるだけ。
閉じて1分、いや30秒数えたらすぐ開けるから。
さきっちょ、ほんのさきっちょ、瞼閉じるだけだから――
「――っていやいや! それで死んでしまった奴が何人もいるんだから」
何も起きないからと油断して二人まとめて眠り、その間にゲートからモンスターが出てしまい。
出現したモンスターの目の前には、無警戒で食べて下さいと言わんばかりの獲物が……。
その手の話は何度も耳にしてきた。
ゲートからいつモンスターが出現するかはわからないが、1日に1回は少なくとも確実に出てくる。
それが寝ている間となってしまわぬよう、常に警戒する必要があるのだ。
「他の学院生は、今頃グッスリ眠ってるんだろうなぁ……」
考えないようにとしていても、自然にそんな愚痴が口から出てしまう。
他の契約士の卵たちはゆっくり休み英気を養い。
質の高い授業に出て、自らと従者の腕を日々磨いていく。
一方では同じ契約士なのに、寝たら死んでしまう可能性と常に隣り合わせの仕事をしている奴もいるんですよ。
そうしないと、生活費や授業料もままならないから。
契約士でい続けるためだけに日々の時間を削り、そして費やしている。
差は縮まるどころか、広がるばかりだ。
「ん? ……あぁ、いつものか」
一瞬、ゲートの周囲に火花のような閃光が走る。
ドキッとして身構えたが、すぐにその緊張を解いた。
『――うっわっ、このボス強すぎ! 初見殺しじゃねえかよ! クソゲーか!』
謎の光景が、雷鳴が走った後のように瞼の裏に映っては消える。
声も聞こえた。
ほんの僅かな間だけ幻影魔法にかけられた、そんな感覚に近い。
見たことない薄い箱の前に座り、俺と近しい年の男性が荒れていた。
「ふぅぅ。モンスターがいないときで良かった」
その後も監視中は同じように、知らない景色・知らない声が自分の意思とは無関係に流れる。
他のゲートでは起きない、このゲート特有の現象だ。
だが具体的な害が生じるわけでもなく、気にせず監視に集中する。
『――やったぁ! 倒した! はぁぁ~。セーブし忘れた時はどうなることかと思った』
『はっ? お前っ、ちょ、マジか!? 何その展開!? 神ゲーかよ!』
“ゲートは異界と繋がっている”といわれている。
偶に見聞きさせられることになる謎の映像は、こことは違う異世界の光景ではないか。
一人で勝手にそう推測していた。
「……羨ましいなぁ」
一瞬とはいえ視界や聴覚を奪われるので、モンスターが出る前後とこの現象はとても相性が悪い。
僅かなな隙・硬直が命取りになることもあるからだ。
だが、10年以上も似たような光景を目にし耳にしていると、悪感情を抱くことは全くなかった。
『うわっ、お前裏切ったな! 俺一気にドベじゃねえか!? 借金がぁぁ、借金がかさんで行くぅぅぅ!!』
『はっ? 何でこの選択肢が顎クイからの壁ドンに繋がるの? 私はあんたじゃなくて別のルートに行きたいの! 謎展開過ぎるわ!』
おそらく別世界であろう場所の住人が、“ゲーム”なる知らない道具で遊びに興じている。
楽しそうな雰囲気。
全力で何かに夢中になっているその様子。
凄く羨ましかった。
そう思うと今度は、何に対しても中途半端な今の自分の状況を、嫌でも意識してしまう。
“従者”が一人でも欲しいなら、自分を良い勤め先と思ってもらえるよう“ジョブ”を習得するために何か努力するとか。
あるいは一念発起して学院をやめ、“契約士”の道をも諦め、新たな可能性を探してみるとか。
……そんな一歩を踏み出す勇気も気力もない自分がとても情けなく、自分で呆れ果ててしまう。
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仕事自体は無事に終え、翌日は完全に自主休講。
ただ眠るためだけに長期で借りている宿へ戻り。
またさらに次の日、今度は朝から仕事場へと向かう。
……こんな生活を続けていると大会出場なんて夢のまた夢、3年進級も怪しいなぁ。
「あっ――」
その道中、学院へと向かう学生の一団が。
街の中に、親の所有する別宅等がある裕福な家庭の奴らだ。
まあ寮生活する学生も金のあることに違いはないが。
「あの、えっと、イスミさん?」
その中には物好きにも俺を見つけ、そして話しかけてくる奴がいた。
「……アレスティーか。うっす」
「あの、おはようございます。昨日はお休み、でしたね。……今日は登校されますか?」
アレスティーは遠慮がちに聞いてきた。
物腰は貴族のお嬢様みたいに柔らかいのに、しかし瞳には芯の強さを感じさせる。
「……残念ながら、今日は東街区に用事がある。先生にも言っといてくれ」
アレスティーの回答を待たずして、その場を後に。
他の学生たちが既に注目し始めていた。
人気者のアレスティーと長話して、俺に得なことなどないからな。
「あっ――……はい、わかりました。どうか、気を付けて」
寂しそうな、悲しそうな声が背中から聞こえた。
……凄ぇ罪悪感。
いや、本当、俺のことなんか気にせず学業に励んでくれればいいんだよ?
君、来月の大会にも出るつもりなんでしょ?
俺たちの接点なんて、クラスメイトと同じ人類ということ以外にないでしょ?
……ただ一回ダンジョンでちょっと、ほんのちょっーとだけ、世話したことがあるくらいだ。
もしあれを恩に感じているとかいうのなら、アレスティーは本当にお人好しすぎる。
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「はぁぁ……」
迷宮の3階層。
また長い不眠耐久レースの始まりに、思わずため息が出る。
いつまでこの生活を続けるのか。
続けられるのか。
今は若さで無理を通していられるが、必ず体力的にキツくなってくる時が来るはずだ。
だがそれまでに契約士として芽が出る、なんてことも全く期待できない。
『おっしゃぁ! 0.1%のドロップやっと出たぁ! くぅぅ~、マジで長かった』
またゲートの周辺で、火花のようにチカッと光が走る。
すぐに視界と耳が情報に奪われてはスッと消えていく。
『えっ、これで全クリ? エンドロール!? あれっ、あのキャラのその後はどうした!? 全く伏線回収されてないぞおいっ!』
純粋に羨ましい。
これだけ熱中できる何かがあるということが、心底。
胸がトクンと鳴る。
映像の中の人たちに触発されたように、気持ちが止まらなくなる。
――叶うならば、俺も、もっと何かに夢中になって生きてみたい。
今で言うなら、契約士としてもっと成長したい。
おとぎ話や伝説みたいな活躍をして、地位や名誉を得たいなんて贅沢は言わない。
従者を得て苦楽を共にし、一緒に四大大会に出たりして。
あるいは迷宮に潜って成り上がりを目指すのもいいだろう。
とにかく、そんなありふれた、でも自分だけの何かを経験してみたいのだ。
「――Booooon」
「あっ――」
そんな願いを嘲笑うかのように。
我に返った目の前にはいつの間にか、ゲートからモンスターが出現していた。
二足歩行で剣を手にする骸骨、ボーンソード。
その刃が、今正に自分の命を奪い取ろうと迫っていた。
油断したわけではない。
眠気とも根気強く戦っていた。
……だが少し、ほんの僅かな間だが、心が別の所にあったと思う。
“夢を見ることは、悪いことだ”――そう言われてる気がしてならなかった。
『――遊ぼう! 一緒に』
だがそこでまた不意に、視界を映像が過った。
今度は一つではなく。
今まで見たことある光景も含め、無数の映像が次々と断続的に映り変わっていく。
走馬灯か。
死に面すると、これまでの経験から生存できる可能性を何とか検索して導きだそうとする――そう聞いたことがある。
『ランクマッチ、マジで闇。あいつら絶対に何かチートしてるわ』
『ゲームなんだから、普通にエンジョイ勢みたく楽しめばいいのにね。――しゃぁっ! 厳選成功!』
『よっしゃぁぁ倒したぁぁ! ……今までずっとソロプレイだったけど、協力プレイって、案外悪くないもんだな』
――あっ、なるほど、分かった。
今も刃がスローで目の前に迫ってきている。
そんな状況なのに、自分の中で間の抜けたような思いがふっと湧いた。
と同時に、すべてを理解する。
――“ゲーム”って、“プレイヤー”って、そういうことなのか。
10年かけて見続けた、異国・異世界の“ゲーム”に関する映像。
今までは、単なる断片的な情報がただただ無関係に、ぶつ切りで取得されるだけだった。
だが危険に直面し、それらが有機的につながりあい、概念へと昇華したんだ――
[――ジョブ【プレイヤー】を獲得しました。スキル【プレイヤーサポート】、【ステータス操作】、【才能〇】を獲得しました]
それを証明するかのように、機械的な声が自分の成長を教えてくれる。
その時にはもうゲームが“プレイするもの”“遊ぶもの”ということが、自然と理解できていた。
まるで意識しなくても歩き方を知っているように。
生まれた時から呼吸の仕方をわかっているように。
“ゲーム”や“プレイヤー”という概念が、自分のものとして習得できていたのだ。
<さぁっ、武器を取って、戦って!>
今度は初めて耳にしたのに聞き慣れた、親しみを覚えるようなとても可愛らしい少女の声。
それに後押しされるように、気づけば紙一重のところで刃をかわし。
そして手に馴染む剣を使って、ボーンソードの骨を叩き切っていた。
[ボーンソードを討伐しました。経験点を獲得しました。内訳 力:+1 技:+2 魔:+1センス:+1]
[保有経験点 内訳 力:782 技:1122 魔:1387 センス:841]
[直接【能力UP】画面へ進みますか? →はい/いいえ]
まだ1話しか書いてない(※これを書いていた段階)にもかかわらずブックマークや評価をいただけて、大変うれしいです。
本当に励みになります、ありがとうございます!
早く一人目の奴隷を登場させたい……!