10.契約士、早くも従者とその周りの変化を実感する
お待たせしました。
10話目です。
ようやく10話かぁ……。
ではどうぞ。
「…………」
――ミュゼアが、凄い目のやり場に困る格好に変身した!!
<真っ先に反応するところそこなんですか!? もっと機能面とか、容姿の美しさに一段と磨きがかかったところとか、こう、あるでしょう!>
だから、目のやり場に困ったって言ってるじゃん。
そうガッツリとは見れないわけよ。
……ただまあ、チラッと視界に映っただけでも記憶に刻み込まれてしまうくらい、ミュゼアは全てが非の打ち所のない完璧な美しさとなっていた。
「――ご主人様。ずっと、ご主人様のお側にいさせてください。ずっと、お側で仕えさせてください」
涙を流してはいてもそこに影や憂いの様子は一切なく、吹っ切れたような笑顔は見る者すべてを魅了する。
腰まで届く金の髪はフワッと柔らかく揺れ、その一本一本が光の粒子を放つように輝いていた。
こちらを真っすぐ見つめる瞳はどこまでも澄んでいて、このまま吸い寄せられそうになるほどだ。
元々ミュゼアは凄く可愛くて魅力的な子ではあった。
だがジョブを得るだけで人がさらにここまで変わるのかと、驚きで言葉が出ないほどだ。
「……ミュゼアが、その、嫌にならない限りは。俺から、離れることはないよ」
その言葉を聞くと、ミュゼアはまるで今までの人生全てが報われた瞬間みたいに、とても嬉しそうな笑顔になった。
「私も。ご主人様がいらないとおっしゃらない限り。ずっと、ずっとお仕えしたいと思っています」
とても魅力的な、目が釘付けになってしまうくらいうっとりする泣き笑いの表情。
そこで言葉を無くし、思わず黙ってしまいそうになる。
だが自分の内側の、弱い部分を見せたくなくて。
「ああ。じゃあ改めて――これからもよろしくな、ミュゼア」
必死に自分に喝を入れ、ミュゼアの気持ちに応えたのだった。
「はいっ。末永く、よろしくお願いします、ご主人様!」
<“末永く”――お二人の“よろしく”の意味合い・ニュアンスが若干異なっている気が……いえ、これ以上はよしましょう。おめでたい空気を、私の勝手な推測で邪魔したくありませんから>
いや、滅茶苦茶気になる言い方を既にしてるじゃん……。
<“おめでたい”――おっと。少し気が早すぎましたね。ところでミナト様。今夜私は2時間ほどいなくなるフリをしますので。……いいですか? 2時間ほどは絶対、何があっても、お楽しみになってても邪魔しませんので>
だから何の気づかいだよ!
サポートちゃんはやっとシリアス抜けてくれたかと言わんばかりに弾けまくりだった。
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「…………」
「うわっ、すっげぇえ……」
「誰だっ、あれ。あんな女神様みたいな美人、見たことねぇ……」
ダンジョンの外に出て。
夕食に向かう道中、周囲の注目や視線を集めるのに、時間はかからなかった。
「聖女様か何かか?」
「いや、でも、聖女がこの都市に訪れるなんて、そんな話は聞かないよ?」
「学院のほらっ、有名人。“フィアス・アレスティー”の従者は美人揃いだって聞くし。その誰かじゃないか?」
男女関係なく、道行く人々が振り返った。
こちらを見ては呆気にとられたような、この世の物とは思えない物を見たというようなリアクションで固まる。
……特に男連中はトロンとした目、伸びた鼻の下をさらけ出していた。
「? いかがなさいましたか、ご主人様?」
その相手は、もちろんジョブ【女神】を得て劇的に変わったミュゼアだ。
「あぁ、いや、何でもない」
だが本人は全くそのことに気づいていないというか。
周りから視線を向けられることなんて、思ったこともないみたいな感じだ。
ってか……。
こ~ら、ミュゼアさん。
こっちを上目遣いで見てこないの。
後、無意識かもしれないけれど、両腕で胸を挟み込まない。
胸元強調しまくりの格好なんだから。
何なの、谷間見せつけてんの?
<まあミュゼア様が関心あるのはミナト様のことだけっぽいですからねぇ……>
……。
もちろん、人生で一度お目にかかれるかどうかくらいの美少女から、こうして純粋な好意に満ちた笑顔を向けられて、嬉しくないはずがない。
しかし、断片的に聞いただけだがミュゼアの過去を踏まえると、それでよしとするのもどうかと思うのだ。
もっとこう、他の人との交流とか、色んな世界を見るとか。
そんな機会を持たせてあげられないかって……。
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「――ご主人様。ごはん、美味しいですね!」
「……ああ、そうだな」
ミュゼアへの注目は食堂へと移っても変わらなかった。
「……誰だあれ。凄ぇ綺麗な女の子だな」
「おい、あの美少女といんの、“従者なし”じゃねぇか?」
「どういう繋がりだよ。あれ、もしかしてあいつが勧誘してるってことか?」
今日明日と学院は休日だが、敷地内の食堂は変わらず営業している。
寮生や自宅・下宿暮らし関係なくここは利用されるので、俺たち以外の生徒も大勢いた。
もちろん従者も料金を支払えば、ちゃんと変わらない食事を提供してもらえる。
ヴァーリリス学院が契約士と同じくらい、従者の待遇にも気を使っている証拠だ。
<ミュゼア様、注目度が段違いですねぇ。特に男どもからのやっかみ嫉妬の視線が凄いですよ>
だねぇ……。
今にも対面に座る俺を吹き飛ばして、ミュゼアへと押しかけて話しかけんばかりの雰囲気だ。
もちろん契約士は自分の契約盤の空きマスと契約水晶を消費することになるので、従者候補の選定には慎重だ。
ただ容姿が優れている異性というだけで勧誘することは早々ないと思う。
<……つまり、その前提が頭からすっぽ抜けちゃうほど、ミュゼア様の美貌に夢中ってことですか>
そりゃ奴らの気持ちというか下心もわからんではない。
これだけの絶世の美少女だ。
思春期真っ盛りが鼻の下を伸ばしてミュゼアにくぎ付けになってしまうのも当然だろう。
俺も逆の立場ならどうにかして従者にしたい、そうでなくともお近づきにと思う。
<言ってやればいいんですよ。“ざまぁ~っ! このエチエチお乳も、ドエロい太ももも、天使の羽で作ったような純白下着も、全部俺のもんだぜっ、ヒャッハー!”って>
サポートちゃんは何を言ってんの!?
それ俺のマネ!?
俺っぽさの欠片も見当たらないんだけど!
……ってか俺はミュゼアの下着がどんなのかなんて知らない。
知らないったら知らないのだ!
「んぐっ、もぐっ……」
一方そのミュゼア本人は街中の時と変わらず、周囲が気になっている様子は全くない。
上品にスープを飲み、白パンや焼いた肉を味わっている。
その姿は、ジョブを取得する前とは別人みたいに違っていた。
……本当堂々としているというか。
何でも受け入れるような大らかさ・器の大きさというか、ねぇ。
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宿に戻ってから、そのミュゼアが――
「――あの、その、やはり、ご主人様の目の前で脱いだ方が、よろしい、でしょうか?」
恥じらいMAXの顔で、そう尋ねてきたのだった。
……えっ、どういうこと!?
<ミュゼア様がっ、ミナト様の前で、脱ぐっ!? ――その話、詳しく!>
いやサポートちゃんの食いつきの良さっ!
君はあれかっ、そんなミュゼアにも負けない可愛い声して、中身はただのオッサンか!!
「えっと、脱ぐ? 確か俺は【女神のヴェール】の話をチョロっとしただけだと思うんだけど、何でそんな話に……」
帰りに雑談の一つとして、ミュゼアが得たスキルのことについて口にした。
市場で買ったただの装備が、ミュゼアの指先一つで全く別物になったものだと。
「【女神のヴェール】の対象が“装備”だから、別の装備に着替えた時、果たしてどうなるのか――それを検証・確かめられる趣旨と思いまして……」
そう言ってミュゼアは羞恥に耐えるようにキュッと目をつむり、真っ先にその手をスカートの中に伸ばした。
――よりにもよって何故そこが一番初め!?
<ブーツやグローブだけでなく、下着も“装備”の一種です! 脱いだ瞬間にその効果が切れるのか。あるいは脱いだ後しばらく効果は持続して、ミナト様の目の前で元の装備に戻るのか! やはり確かめないと、事は命に関わることですからねっ、ええ!!>
早口でまくし立ててるけど、実質その論の中身からはただ“ミュゼアの下着見たい!!”って意味しか読み取れないからね!?
<何を失礼な! “ミュゼア様の下着”ではなく。“ミュゼア様の脱ぎたてホカホカの下着”です!>
どこを訂正してんだよ……。
その後は何とかミュゼアをなだめ止め。
説得し、グローブとブーツで検証してもらうことにした。
部屋に二つあるベッドの内の片方に腰かけ、ミュゼアはブーツの縁と太ももの間に指を差し入れる。
それをグッと押すようにして脱いでいく光景は、ずっと見続けてはいけないもののような気がして思わず視線を逸らしていた。
「――ご主人様、脱ぎました」
声がかかり、視線をミュゼアの方へと戻す。
そこには素足・素手となったミュゼアの姿があった。
靴下とブーツ、そしてグローブはそれぞれ床に置かれている。
「っす。……見たところ、まだ元には戻ってないっぽいな」
さっきのサポートちゃんの騒ぎのせいで、これが“ミュゼアの脱ぎたてホカホカ”のブーツや靴下、そしてグローブだと嫌でも意識してしまう。
だがそのドキドキはもちろん顔に出さずに検証を続けた。
ミュゼアの装備は、市場で買った商品では決して手に入らないような輝きを、今もなお放ったままだ。
ブーツに対応した膝上まである長さの白靴下も、なんだか神々しいというか、見ていて神秘的な雰囲気があった。
……買ったのはただの靴下のはずなのにね。
<まだ変化が無くならないということは、この程度ですと装備から解除したという判定にはならないってことでしょう。あるいはミュゼア様との物理的距離が判定要素になっているのかも>
なるほど。
なら後でミュゼアに離れてもらうか、あるいは俺が装備をもって部屋から出てみるか……。
……なんかどっちも問題あるというか、サポートちゃんが勝手に盛り上がる要素を備えていそうで面倒くさいなぁ。
「それぞれの装備はまだ、効果が付与されたままってことですよね。ブーツは【浮遊】。グローブは【光魔法】で、ソックスが【脚術】……」
ミュゼアがスラスラと述べていくスキルを耳にし。
改めて【女神】というジョブ、そしてそこからくる【女神のヴェール】の効果の凄まじさを実感する。
スキルを何も有してなかったミュゼアが。
こうして自分の装備に付与されたスキルについて、普通に口に出せる。
それがとても嬉しく、またとても頼もしいと感じた。
――来週から早くも、大会の予選が始まる。
せっかく念願の従者ができて、しかもそれがとても頼りになる少女だ。
ミュゼアが得たせっかくの変化を無駄にしないよう、また契約士として恥ずかしくないよう俺も頑張らないと……。
そのためにも明日の休日を意味あるものにしないとと、決意を新たにしたのだった。
契約士の話なのに、全然契約士の戦いとか書けてない……(涙)
うーん……。




