死に戻り令嬢は信じてた人に裏切られたので、魔王と暮らします
『貴方はもう時期死にます。病気と毒によって貴方は死ぬのです』
殺風景な真っ白な景色。
幻想的とも思えるその場所で私は1人の女性と対面している。
胸にかかるくらいの白い髪は絹のように綺麗で、純白のローブを纏った色白のその女性は一言で言ったら女神様のような方だった。
「私、死ぬのですね」
自分でもなんとなく察し、覚悟はしていた。幼い頃に原因不明の不治の病に侵され、弱っていく身体。何歳まで生きられるかわからないと医師に告げられ、明日かもしれない。今かもしれないと日々死とは向き合っていた。つもりだった。
なのに……
気づいたら私の頬には一筋の涙が伝っていた。
死んじゃったおかげでいつもみたいに痛みも感じないし、苦しみもない……なのに、涙がとめどなく溢れている。
女神様らしき方はそんな私を見て同情するような表情を見せた。
『私は女神です。ですので、貴方の願いをひとつだけ叶えて差し上げます』
「……え?」
『貴方は生きている間、素直ないい子で、とても暖かな人生を過ごしてきました。それなのに、病気ならまだしも毒で殺されるなんてあんまりです』
他人事のはずなのに、女神様はとても辛そうな面持ちでそう訴え、思わずまた泣きそうになってしまった。
『なので、ひとつだけ貴方の願いを叶えるために私は貴方の前に現れたのです』
そう告げられて私の脳裏に思い浮かんだのは、病弱の私を支えて頂き、ずっと愛してくれたリアム様と、小さい頃から面倒を見てきてくれた侍女のマリーおばさん。
「もう一度あのふたりに会いたい……可能なら、生き返らせて欲しいです……」
私がそう呟くと女神様はコクっと頷いた。
『ですが、貴方自身のご病気が治るわけではございません。また苦しい日々に戻るだけですがよろしいですか?』
「ええ。構いません。それに、2人に会う以外にもやり残したことがございましたので」
そうハッキリと断言すると女神様は優しく微笑んだ。
『わかりました。それでは貴方の願い、“生き返る”を叶えさせていただきます』
そう言い、女神様がパンっと手を鳴らすと、視界が真っ白くなり、私は深い深い海の中に落ちるかのように意識がなくなった。
病気で死ぬならまだしも、毒を盛られたのね……犯人は察しがつくけど……これからどうしましょう。
◇◇◇
「……っ!」
次に目を覚ますと、そこは見覚えのある場所だった。視界に入ったのはベッドの天蓋。と、少しふくよかな優しそうな顔をしたおばさん。
「お、お嬢様……?」
「マリーおばさん……」
私が言葉を発し起き上がると感極まったかのように目に涙をため、抱きついてきた。
私、本当に生き返ったのね。
マリーおばさんの力は強く、少しだけ痛かった。でも、それが生きてるという実感を湧かせてくれる。
「毒を盛られたみたいだな……犯人はまだ捕まってないそうだ……」
低めの声が聞こえそちらの方を見ると黒髪で正装を纏った男性がいた。
リアム様……
彼はこの国の第1王子リアム・ネイサン。次期王位継承者でもあり、私の大切な婚約者。
「気づくのがあと数分遅かったらもうこの世にはいなかったかもしれなかったらしい……」
ギュッと辛そうに目を瞑り顔を背けるリアム様から心から心配してくれたんだと言うのが伝わる。
大切な人達からこんなに心配されて、不謹慎だけどとても嬉しく思ってしまう。
「私のために心配して下さり、ありがとうございます。2人とも大好きです」
2人に感謝の気持ちを伝えるとリアム様も私を優しく抱きしめてくれた。
私は幸せ者だなぁ。ずっとこんな日々が続けばいいのに。
なんて贅沢にも思ってしまう。
しかし、そんな幸せは一瞬で終わってしまった。終止符を打つように扉が音を立てて開かれ、1人の女性が入ってくる。
扉を開いた人物は赤毛のウェーブ髪に贅沢な宝石を散りばめたドレスを纏った美女。
私はこの人を見た途端ぶわっと緊張感と怒りと恐怖が同時に込み上げてくる。
この人は私を殺した犯人であり、私の姉、ローズ・ベルナール。
彼女は私を見るなり、わざとらしく涙を流し抱きついてきた。
「イリス! 無事でよかった……貴方が死ぬんじゃないかって思ったら私は不安で夜も眠れなかったわ……!」
そう言うと嗚咽を零して本格的に泣き始めた。
傍から見たら素晴らしい姉妹愛。でも、私からしたら姉の言った言葉全てが全く心に響かなかった。
「お姉様。心配して下さりありがとうございます」
上辺だけでもお礼を言い、抱きしめ返す。
私達はお互い上辺だけの演技をしていると、そろそろ休ませてあげようとの事で、リアム様に連れていかれてお姉様が部屋から退出した。
リアム様……
私を思ってのことだろうが、私よりもお姉様が優先された気がしてなんとなく腑に落ちない。これは嫉妬なんだろう。
部屋に残ったのはマリーおばさんと私のみ。マリーおばさんは私と姉が不仲という事を知らない。そのため、「いいお姉様でよかったですね」なんて声をかけてくる。
お姉様は演技が上手いそのため、ボロがなかなか出ず、私も負けじといい妹を演じている。
だから、私は女神様が言ったような素直でいい子じゃないの。ただ、女神様を騙せちゃうくらい演技が上手かったか、本性を出す前に死んじゃっただけなの。
私は少しだけ心がズキっと痛みベッドの上で横になった。これは病気の痛みなのか良心の痛みなのかわからない。
お姉様が私を殺そうとする理由は明確なものはわからないけど、ある程度は想像出来る。1番の原因はリアム様なのだろう。
お姉様はベルナール家の人間ではない。幼い頃に養子として貰われてきた子だ。そのため、ベルナール家の人間が王家に嫁がせるお話を頂いた時に義理の娘ではなく、病弱でも血の繋がりのある娘を出したのだ。
それに対して強い恨みがあるのかもしれない。お姉様も私もリアム様を愛してる。だからこそ、私を消して自分を嫁がせてもらおうとしていたのだろう。
ほんと、身勝手な人。
でも、自分が逆の立場ならどうだろう。もしかしたらお姉様と同じようにしていたのかもしれない。
だからと言って同情も許しもしないけど。
◇◇◇
生き返ってから翌日がたった。
相変わらずリアム様がお見舞いに来て下さり、とても幸せなひと時を過ごせた。
「それじゃあ、また明日も来るから」
「はい。ありがとうございます」
ベッドの上から笑顔で見送る私だが、心の中ではまだいて欲しいという気持ちでいっぱい。
でも、そんなわがままを言うと嫌われるのが嫌だから今日も今日とて聞き分けのいい子を演じる。
あれ?
リアム様が座っていたソファの上を見ると何やらペンが落ちている。
見覚えのないペン。もしかして、リアム様の忘れ物かもしれない。
私はベッドから降りるとペンを大切に握りしめ部屋から飛び出た。
明日も来られるから明日渡せばいいのだけど、どうしてももっと居たいという気持ちが勝ってしまい、リアム様を追いかけた。
小走りでも動悸が激しくなり、胸が苦しい。
それでも私はリアム様を探した。
「いた……!」
幸いにもリアム様は屋敷の中におり、どこかの部屋の中へと入っていくのが見えた。
途端。私の足が止まり、それ以上進むのを拒否しだした。
今なら引き返せる。これ以上進んでは行けない。そう本能が言っている。
見間違いかもしれない。リアム様じゃないのかもしれない。
「このペンは明日返しましょう。そうしましょう」
動揺を落ち着かせるために独り言を呟くが、どうしても気になってしまう。
私はギュッとペンを握りしめ、リアム様が入っていった部屋の前へと立った。
部屋の前にはローズ・ベルナールという名前が書かれている。
お姉様の部屋……
私は少しだけ扉を開くとそこにはリアム様とお姉様がお話していた。
リアム様……っ。
「……愛してるよ。ローズ」
「私もよ」
それは決定的瞬間だった。
聞きたくなかった。でも、ハッキリ聞こえてしまった。
う、嘘……嘘でしょ……
ショックのあまり、呼吸が荒くなる。
が、段々と壊れたポンプのように上手く呼吸が出来なくなってくる。
「毒では失敗しましたが、次は確実にイリスお嬢様を殺しましょう」
なんで……
ただでさえ絶望的な状況なのに、そらに追い討ちをかけるかのようにマリーおばさんが2人と一緒にいた。しかも、私を殺すと言っている。
私は震える足で後ずさりし、そのまま一目散に屋敷を飛び出した。
呼吸が落ち着かなく、苦しい。雨も降ってきて寒くなってきた。
それでも、走らずにはいられない。だって、あの屋敷に私の味方はいないのだから。
無我夢中で走っていると森の奥にある大きなお屋敷にたどり着いた。
古びていてとても人が住んでいるような感じじゃない。
雨が止むまで泊まらせて頂こう。
そう思い、お屋敷の扉を叩いた。
「誰かいませんか?」
そう言う自分の声はしゃがれていて老婆のようだ。
やばい意識が……
どうやら走りすぎたようだ。急にぐわんっと視界が歪み耐えようとしても身体が横に倒れていく。
せっかく女神様から頂いたお命が……あ、そっか、私が悪い子だってバレたから取り上げられちゃうんだ……
ザァーっと雨脚が強まる。
そのせいで扉が開いた音は私の耳には届かなかった。
◇◇◇
「ん……」
木漏れ日が差し込み私は目を覚ました。
寝ている場所は見覚えのないベッドの上。窓の外は雨露に濡れた木々が爽やかな風と共に揺れている。
私、生きてる……? それに、苦しくない。
あれだけ走ったり呼吸が荒くなったりしたのに不思議と女神様と会ってた時のように苦しくも痛くもない。
「目、覚めたか」
低く威圧的な声が聞こえ、そちらの方を向くと2本の角が生え、黒く立派な翼が見える容姿端麗の男の人が足を組んで座っている。
あ、悪魔……?
驚きと一抹の恐怖でヒュっと空気が漏れる。
その様子に不満を持ったのか、悪魔は眉間にシワを寄せため息をついた。
「ヒトが助けてやったのにお礼もなしかよ?」
「あ、ありがとうございます……」
私が言われるがままに頭を下げてお礼を言うと、悪魔はテーブルの上にある着替えを顎でさした。
「それ、お前の服。今着てるのはやるから、目覚めたんならとっととお家に帰れ」
そう言われ、私は自分の格好を確認した。
男物のシャツに短パン。
雨に濡れてたから着替えさせてくれたんだ……このヒト意外といいヒトかも……て、ん? 着替えさせてくれた?
「あ、貴方が私の服を替えたの!?」
盾を作るかのように毛布を上まであげ震える指で悪魔を差す。
「別に幼児体型には興味ねぇから、とって食ったりしねぇよ」
こ、この悪魔! 失礼な!
私はさっきまで使っていた枕を手に取り悪魔目掛けて投げつける。
呆気なく枕は取られ、余計に苛立ちが込み上げてくる。
「そういう問題じゃないのよ! あなたのせいでもうお嫁にいけないわ! どうしてくれるのよ!」
「別に裸見られたくらいでそんな大袈裟な」
「重要な事なの!」
私が涙目になっていると悪魔は乱暴に自分の頭をかいた。
もうやだ……お姉様に婚約者は取られるは、信頼してた人からは殺されそうになるわ、婚約者からは裏切られるわ、初めて会ったヒトに裸を見られるわ……いっそあの時死んじゃった方が楽になってたかも……
私が絶望に浸っていると、悪魔は大きなため息をつき私の頭に手を置いた。
「そこまで言うなら、俺が嫁に貰ってやるよ」
「……え?」
理解が追いつかなく、間抜けな顔をしていると悪魔は私の目に溜まった涙を長く綺麗な人差し指で拭った。
「お前、病気持ってんだろ? そんな中、あの大雨走ってきてここまで来るなんて相当な理由があって帰れないんじゃないのか?」
「ま、まぁ……」
図星を当てれ、濁しながら肯定すると悪魔は「だろ」と言い続けた。
「でも、それなら、少しの間ここに泊まってってもいいよでよくない……ですか?」
ちょっとこんなことを言う自分が偉そうだとは思い、控えめに言ってみると悪魔は顎に手を当てて考えた。
それから、ジロジロと私を見てまた考え出す。
「たしかになぁ。幼児体型には興味はねぇんだよなぁ」
「なっ! あんたって悪魔は!」
私がキッと睨みつけると悪魔は口を抑えて笑いまた私の頭を撫でた。
笑う要素あったかな? 馬鹿にされてるようにしか思えないのだけど。
「そういうところ」
「そういうところ?」
「俺相手にそんな態度取れるやつなかなかいねぇよ」
「私もこんなに声を上げて素を出したこと生まれて初めてだわ」
嫌味を込めて告げると、悪魔はギュッと私の体を抱きしめた。
ちょっ! なにこれ!
「改めて言わせてくれ。俺の嫁に来い」
そういう悪魔の声は真剣で冗談を言ってるとは到底思えない。
だけど。
「お断りします」
私はリアム様の婚約者。だから、浮気なんて出来ない。
て、リアム様が浮気してたから元も子もないんだった。
私が昨日の出来事を思い出して悲観的になっていると悪魔が口を開いた。
「俺はお前をそんな顔にはさせない」
「初対面のヒト、しかも、悪魔の事なんて信用出来ない」
「信用出来なくてもいい。ここで暮らしていって少しずつ信用してくれれば」
遊びなのか本気なのか。悪魔の考えることはわからない。ただでさえ、人間不信になっているのにこんな言葉信用出来ない。
私が一向に「はい」と言わないため、悪魔は深く考えるように唸りだした。
「そうだ! じゃあ、俺と契約しよう! 俺が裏切ったら俺は消滅する。それで俺と契約すればお前の病気は治る! どうだ?」
そこまでしてくれれば悪い話じゃない。それに、信用はできる。
でも……
「あなたが私にここまでする義理がないわ。名前も知らないのに」
そう言うと、悪魔は少し寂しそうな顔をした。
何その表情……
「知ってるんだけどな……」
「なんて……」
聞こえるか聞こえないかの呟きに聞き返そうとするも遮るかのようにして明るい調子で喋りだした。
「んー、普通に顔可愛いし、傲慢な態度も面白いし、体型は残念だけど」
「最後のひと言は余計だわ……ま、でも、いいわよ」
私がそう言い微笑むと、悪魔の顔がパアっと明るくなり満面の笑みを浮かべた。
その顔が無邪気な少年のように見えて不本意にも胸がきゅんっと高鳴った。
「俺の名前はアラン。人は俺の事を魔王と呼ぶ。お前も名前は聞いたことあるだろ?」
「え、えぇ……」
アラン。たしかに名前は聞いたことがある。悪行の全てをやり尽くしたと言われ、恐れられている魔王。
……ま、死に戻りの私にはお似合いなのかもしれないわ。
「私の名前はイリス・ベルナール。公爵家の娘よ」
「うん。いい名前だ」
悪魔らしくない優しくて穏やかな声。それに愛おしいものを見るような表情で微笑まれ鼓動が早くなる。
調子狂う……私の方が意識してるみたいじゃない……
そんな私の気持ちを他所にアランは小指を出してきた。
「なに?」
「なにって、契約だよ契約」
私もアランを真似て小指を出すとアランは小指で絡めてきた。
「指切った!」
それだけ言うと絡めてた小指の付け根にリング状の刺青のような模様がはいり、アランも同様の模様が入った。
「なにこれ?」
「これで、契約完了だ。これからよろしくな。マイハニー」
そう言って顔を近づけてくるアランを手で押さえつけ私はニッコリと微笑む。
「こちらこそよろしくね」
「くそ。可愛げのねぇやつ!」
「可愛げがなくて結構ですぅ」
こうして、私とアランの奇妙で不思議な暮らしが始まるのだった。
◇◇◇
魔王のアランと暮らして数ヶ月が経った。
初めは悪魔に対して偏見を持っていた私だったが、彼はとても優しくて今ではとても幸せ。
前まで住んでいた街にはなかなか戻れないけど、退屈させないくらい彼との暮らしは充実していて楽しい。
今考えると魔王や悪魔よりもあの時の人達の方がよっぽど残酷で恐ろしい人達だったなと思っている。
ちなみに、あの御三方はとても素晴らしい人生を全うしたようだ。
ローズお姉様は私に毒を盛った主犯とバレ、処刑され、マリーおばさんは実行犯ということで処刑された。リアム様はお姉様だけではなく、いろんな女性に手を出していたため、王様からの信用を失って王権は剥奪され、第2王子の方へと王権が渡った。それに加え、国外追放されたらしい。
お姉様は置いていてあの人達のために病弱な身体のまま生き返っただなんて今思えば無駄なことをしたと思う。
犯人を知っていて言わなかった女神様も酷い人だと思う。
けれど、もうどうでもいい。
私はアランと幸せになるって決めたから。
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