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天突く声    作者: 岩 大志
7/16

友との別れ

「うおー。」

 と、開いた門から武装した長篠兵約五十人程が、けたたましく叫びながら、果敢に向かって行く。

 思わぬ反撃に、山県隊は丸太隊を急いでかくまうように矢盾隊が立ちはだかろうとした。

(させるか)

 と、果敢に二・三人が飛び掛かる。

 するとそのうちの一人が、矢盾隊の盾を思いっきり飛び蹴りを与えた。勝商だった。

 飛び蹴りを受けた矢盾隊はよろめき、盾を後ろにそらしてしまった。

 そこを目掛けて、長篠兵は長槍で押し込む。

 鈍い音と、血しぶきを上げ倒れていく。

 倒れて穴が開いた部分を補おうと、隣の兵が盾で防ごうと移動したが、勢いに乗った、長篠兵は、真紅の塊の中に雪崩れ込んで行った。

 「好機!」

 と、佐平次は、走り出し、大きく飛ぶと、怯んでいる矢盾隊の一人の肩に足を乗せ踏み台にし、更に高く舞う。

 混乱する山県隊の丸太持ちの兵は、狼狽しながら、空から何か飛んでくるものを見た。刀をふりかざした佐平次であった。一瞬に斬られてしまった。

 「ふう。」

 と佐平次は着地し、呼吸をすると、矢継ぎ早に隣の丸太持ちの兵をなぎ倒す。

(よし。)

 と後方を振り返る。

 矢盾は完全に崩れていて、味方が押し寄せている。勝商の姿もある。目が合うと、

「いけるぞ!」

 と、叫ぶ。勝商はニコッと笑いながら、また武田軍に飛び蹴りを浴びせていた。

 (よし!このまま前方の守備も崩してやる)

 と佐平次は息巻いて、振り返ろとしたが、左肩に違和感を感じた。

 力が入らず、よろめいた。ふと左肩を見ると、血に染まった槍の穂先が飛び出ていた。

 佐平次は必死に振り払おうおするが、すればするほど痛みが増す。

 「くそ!」

 と、最後の力を振り絞り、右手で刀を振りかざすが、佐平次を刺した兵は、槍を抜くと、みぞおち辺りを、勢いよく蹴りあげた。

 佐平次は二・三歩後ずさりし。朦朧とする意識の中で

 (勝商…。)

 と、言葉にならない声で、白くもやがかった、視界の中で、必死に勝商を探し、手を伸ばす。

 その先に親友の顔があった。勝商が手を差し伸べる。

 


「ざばーん。」


 間に合わなかった。佐平次は沼に顔を付け他の死体と共に浮いている。

 「佐平次!」

 と、勝商は叫びながら、駆け寄るが、佐平次の姿はどんどん沼の外の川へ吸い込まれていく。

 「佐平次!佐平次!」

 と叫びながら、勝商は、飛び込もうとするが、そこを山県軍の兵が勝商に斬りかかろうとした。

 「勝商!」

 と、他の者がその兵に体当たりをする。もう一人の仲間は、今にも飛び込みそうな勝商を力一杯制している。

 「邪魔じゃ!」

 と振り払おうとしながら、佐平次の名前を連呼している。

 もう顔は泣いてくしゃくしゃになっている。

 体当たりした仲間は、山県軍の槍の餌食となり、沼に落とされた。飛び込みそうな、勝商を必死に止め引っ張ると、勝商の身体ごと後ろに転げ落ちた。

 ちょうど両軍は、倒れこんでいる勝商を挟んで一本道で対峙する形になっていた。山県軍は間合いを図りながら、今にも勝商に飛び掛かりそうである。勝商は尻もちをつきながら、城門側に後ずさりする。

 「佐平次…。」

 と、今にも消えそうな声で言う。

 そこに山県軍の一人が、カッと刀を返し、踏み込もうとしていた。

 

 そんな、一本道で対峙している中、長篠兵の後方で一人の男が前の男に、 

 「おい。」

 と声をかけた。声をかけられた男は

(はて?)

 と振り返ると、その男は物凄い速さで、こちらに向かってくる。

 「両手を出せ!」

 と、叫ぶ。

 男は言われるがままに両手を膝の上に広げた。

 すると、走って来た男はその手を踏み台に、勢いよく飛んだ。

 幾人もの長篠兵の頭上に、一人の影を生んだ。槍を持っている。

 「えい!」

 と、勝商に斬りかかろうとした山県兵が刺され、朽ち果てる。喉元を一突き。

 「わが名は長篠城奥平が家臣、須坂権平太。ここを通りたければ一槍馳走してやるわ。」

 と、咆哮する。

 自慢の長槍を頭上で回し始めた。

 後ろからは

 「権平太じゃ。」

 と、名前を呼ぶ。

 「各々方!門の修繕はもう少しじゃ。それまで耐えるぞ!」

 と、山県軍に眼光鋭くけん制しながら言う。

 「おお!」

 と他の長篠兵は呼応した。

 その瞬間にも権平太は、三人程の喉元を突いていた。

 「続けー!」と、他の兵も息を吹き返し、山県軍に斬りかかる。

 勝商は、

 「権…。佐平次…。」

 と、言いながら、立ち上がり、同じく山県軍に飛び掛かる。

 権平太は強かった。強いというよりその槍捌きは綺麗でもあった。

 一つも無駄な所作が無く、刺したと思えば、その槍先を瞬時に抜き、隣の兵をなぎ倒す。よろめく敵に蹴りを入れるとその反動を活かし、反対側の敵の喉元を突いていた。敵方が三人がかりで一斉に槍で突いて来ると、権平太は目をくわっと、括目し、瞬時に三本の槍を払う。三本の槍はぽきんと折れ、既に、喉を突かれていた。舞う血しぶきを全身に浴び、権平太の顔は真っ赤に染まっている。ギロッと、眼だけを動かし、けん制するその様は、まさに赤鬼のそれであった。

 

 戦国最強と言われた、武田赤備えは、そんな羅刹に睨まれると、身震いし、尻もちをついてしまい、次第に後退していた。

 「でかした権平太!今のうちじゃ!」

 と、前線部隊の兵は城門の修繕に回った。勝商も門に向かう。

(権、死ぬなよ!)

 と、思いながら。

 権平太の大立ち回りは続く、ばったばったと、敵を倒していく。

 もう、一本道の入り口付近まで山県隊を圧倒していた。

 それを遠く後方で眺めていた山県昌景は、 

 「なんと武なる者よ。」

 感心してみていたが、次第に旗色が悪くなるの見ると、なにやら近くの者に指示を出した。

 「御意。」

 と、指示を受けた者は、大急ぎで前線の指揮官の元へ馬を走らせた。

 権平太の槍は血を浴びれば浴びるほどその切れ味を増していった。沼には何人もの死体が浮いている。

 権平太のお蔭で、時間ができ、門の応急処置はほぼ完成していた。

 「これでなんとかなるだろう。」

 と、修繕に回っていた男が言うと、それはつぶさに信昌に報告が上がる。

「よし!退け!」

 と、叫ぶと伝令が飛ぶ。

「下がれ!下がれ!」

 と、皆口々に言いながら続々と、城門に向かい戻って行く。

 権平太は、撤退の行方を後ろ目に、未だ前線で、槍を頭上で回し、けん制している。

 権平太以外の兵が、城内に入ると勝商が叫ぶ、

 「権!もう大丈夫じゃ!戻ってまいれ!」  

 後ろで、勝商の声を聴くと権平太は

(頃合い良し)

 と、敵と対峙しながら、時に槍で牽制し、ゆっくりと後ずさりを始めた。

 (思い知ったか。これが須坂権平太よ)

 と、心の中で叫びながら一本道のちょうど真ん中あたりまで来ると

(ん?)

 と、思った。武田軍が、追撃してこない。

 (しめた!)

 と、権平太は振り返ると、思いっきり城門に向かって走り出した。

 

 思いっきり走っているつもりだったが、なぜかゆっくりと感じる。 

 目の前の城門では、勝商達が

「早く早く!」

 と、手を振っているが、不思議と声は聞こえなかった。

 (まあ待てい)

 と権平太は笑顔で呟くと、権平太は崩れ落ちるように前に倒れた。

 

 見ると、山県軍の足軽隊は左右に道を開け、代わりにそこには弓兵部隊が並んでいた。弓兵の放った矢が無数に権平太の身体を射抜いていた。

 「ぐっ。」

 と、血を吐きながら、這いつくばって、城門に進もうとするが、力が入らない。

 山県軍は

 「弓兵用意!」

 と、第二波を打ち込もうとしている。このままでは、城内の者も討たれてしまう。信昌は、眼下に権平太の姿を見ながらも、渋い顔で、

 「閉門!」

 と、号令を出す。

 城門がゴゴゴゴゴゴと閉まりだす。


  その城門の隙間を縫って一人の男が駆け出してきた。勝商である。権平太の元に駆け付けた勝商を信昌は見ると。

 

 「ええい!ありったけの矢と石を打ち援護せい」

 と叫んだ。無数のつぶてや矢が飛んでくる。山県軍はさっと矢盾隊が前に進み防御する。

 その間にうつ伏せに倒れている権平太の身体を返し、両脇を抱え、血まみれの権平太を引きずるように連れ戻す。連れ戻した地面にはどす黒い血が続いていた。

 「権!死ぬな!もう少しじゃ。」

 返事はない。だが、権平太は、自慢の長槍を握り続けている。それを見て勝商は

 「もう少しじゃ。」

 と、矢とつぶての空の下を、やっとの思いで、城門までたどり着いて、壁に権平太を持たれかけさせた。

 城門は固く閉じられた。

 「おい!権平太!しっかりしろ!」

 と、権平太の肩を揺らす。仲間が集まってきていた。皆一同泣いている。

 ただ勝商だけは諦められず、強く権平太に呼びかける

 「まだじゃ!権平太!なあ!」

 と、また肩を揺らすと

「コロンっ」

 と権平太の自慢の長槍が使命を果たしたかのように転がり落ちた。

 それを見た勝商は、空に向かって泣きながら叫んだ。

 「なんでじゃー。権平太―。佐平次―。」

 空は血の色の様に真っ赤な夕焼けであった。

 

            友との別れ 完

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