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天突く声    作者: 岩 大志
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動き出した歯車

勝頼は、ぐちゃぐちゃになっている広間で、静かに腕を組み、目を瞑った。

 怒りと共に、はかなさが身体を駆け巡っていた。

 偉大なる父・信玄があってこそのこの武田家があった。

 それは重々身に感じてわかっていた。

 しかし、現実的に、今まで恭順の意を示していた者たちが手のひらを返すように裏切って行く。

(儂は武田家の棟梁の器に非ずか…。)

 勝頼は目をゆっくり開けると、壁に飾られている盾無の鎧を睨むように見た。

 そして、また目を瞑り自問自答を繰り返した。

(いや。この名門の家に生まれたのも運命じゃ。父・信玄が成しえなかった、上洛を果たしてみせるわ。)


 

 武田家を揺るがす一報。

「長篠松平ニツク」

 そこには、松平元康の調略があったのは、言うまでもない。

 折から元康は、奥三河の国人衆の取り込みを第一優先としていた。

 もちろん奥平家にも、調略の手を伸ばしていた。何度か、調略を試み、使者を送っては見たが

「ありがたきお言葉。」

 と、だけで、一向に元康の傘下には入らなかった。

 対武田軍の備えとしては、何としても、長篠の抑えが必要であったのである。  

 困った元康は、信長に相談する。

 信長の提案は

 一 元康の長女を信昌に嫁がせる事

 二 領地の拡大

 三 信昌の妹を元康の配下、本多重純に嫁がせる事

 であった。

 

 大名家の長女を、嫁がせる。

 さすが信長。

 奇抜でありながらも、王道を行く妙案であった。

 

 これは、効果があった。

 ついに奥平家は松平方に着く事を決めたのである。

 

 しかし、奥平信昌には、おふうという妻がいた。

 武田家への恭順の示しとして、武田家へ、信昌の弟の千丸を同行させ、人質に送っていたのである。

 

 松平傘下に入るにいたり、妻・おふうと弟・千丸と正式に離縁する事を決めた。

 そこには、勝頼の性分から「松平ニツク」の一報を受けて、人質二人を、殺しかねない。

 と考えたからであった。

 離縁して、奥平家とは無関係の意志を告げたのである。

 

 しかし、この工作は無駄に終わる。

 勝頼は、十六歳のおふう、十三歳の千丸をはりつけにした上に、処刑してしまったのであった。

 ここに、長篠の裏切りがどれほど勝頼を怒らせたかが垣間見える。

 信昌は、悲しみにくれながらも、その眼には悲しみのみならず、勝頼への怒りが灯っていた。

 

 奥平家は、松平家への帰順に際し、最も重要な情報を奥平家は提供していた。

それは、

「信玄、死す」

 この情報は、元康・信長に、何にも替えがたい、朗報であった。

 武田家の動きの鈍化から、信玄死すの噂は流れていたが、確かではない。

 また、それが武田方の罠の可能性でもある中において、これ程の朗報はなかったのである。

 信玄の死の確実な情報が無ければ、信長・元康は大胆な行動に出れずにいたのであった。


  東の憂いが消えた。

 ここから、信長・元康の反転攻勢が始まった。

 まず、信長は越前の朝倉家を討伐。

 さらに、自身の窮地を作るきっかけとなった足利義昭を追放。

 ここに、約二五〇年以上栄華を誇った室町幕府はここに幕を閉じた。 

 信長はさらに、その版図を確実に拡げ、対抗勢力をことごとく潰していったのである。

 武田家も、その様子を膝を抱えて、ただ見ていたわけではなく、軍備を着々と整えていた。

 そして、新棟梁勝頼の元、東美濃へ侵攻を開始。

 明智城を攻略し、信長を岐阜城へとおいやると、亡き父信玄が果たせなかった、高天神城の攻略をも成しえていた。

 勝頼の胸中は亡き信玄との戦いでもあった。

 信玄という稀代まれなカリスマの元纏まっていた家臣団を、引き継ごうと、自分の力を示さんがために戦っているようにも見えた。

 

 一五七五年四月。

 恵林寺で信玄の三回忌を行い、信玄の墓前で勝頼は

(父が成しえなかったことを俺はことごとく成し、武田家の棟梁として、この軍を束ねていってやる)

 と、胸中で思いながら、信玄と心の会話を交わしていたであろう。

 手を合し、瞑っていた眼を開けると、

「長篠じゃ…。」

 ぼそっと一言。

 言うと、振り返り、足早に居城に戻ると、戦の支度を開始させた。

 

         動き出した歯車 完

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