武の者
権平太と佐平次の沈痛な面持ちを見て、勝商は話題を変えた。
「権、先程草むらで槍を振るっておるときに見えたが背中の傷は大丈夫なのか。」
と、明るい声で権平太を見て言う。
権平太は、
「ああ。大丈夫じゃ。」
と、これまた明るい声で、力こぶを見せるようにして答えた。
それは一年程前の話である。
勝商達の隣村に野盗が二夜連続で入って来た事があった。
隣村の者達は、槍の名手として名高い、権平太に助けを求めた。
「あの野盗どもめ、女子供容赦なく、叩きつけては、金目の物や、食料を持っていく始末にございます。」
と、村の者が困り果てた顔で権平太に言う。
「そりゃあ、許せん。」
と、権平太は快諾した。
その日の夕方、勝商と佐平次も噂を聞きつけ、武装し、助太刀に駆け付けた。
権平太は武装もせずに自慢の長槍一本を持って
「おお。」
と、駆け付けた二人に軽く挨拶をすると、そそくさと歩き出した。
勝商と佐平次はその後を追う。
程なくして隣村に着くと、夜が更けるまで、草の茂みに身を隠して、野盗が現れるのを待っていた。
野盗の数は四・五人と聞いている。
「こらしめてやろう。」
と、佐平次は息巻いている。
だが権平太は思いもよらない言葉を発した。
「勝商、佐平次。わしゃ、自分の腕を確かめてみたい。おぬし等はここにいてくれ。」
勝商と、佐平次は驚いた。
幾ら槍の名手と言えど相手は荒くれ者の野盗だ。
それに、一人で四・五人相手するとは、と。
夜が更け、辺りが暗くなってきた。
雲が分厚く、一段と暗く感じる。
と、その時、村の中からガシャンと物の割れる音と共に、悲鳴が上がった。
「来たか。行ってくる。」
と、だけ言って権平太は自慢の槍を握り、村の中へ物凄い勢いで走って行ってしまった。
「追うぞ。」
と、二人は権平太の後を追った。
しかし、もう権平太の姿はもう無い。
「うぎゃ。」
と、村の中心部から、男の叫び声が聞こえた。
「こっちか。」
と、その声の方に走ると、暗闇の中で勝商は何かに躓き《つまずき》かけた。
見てみると野盗らしき男の死体である。
その時、月を覆っていた雲が一瞬晴れ、二人は驚いた。
男の死体は一人だけでなく、少なくとも五人の死体が転がっていた。
更に驚く事に、全員喉元を一突きされていた。
勝商と佐平次は顔を見合わせると、また、権平太の元へ走り出した。
少し走ると村のはずれに、権平太の姿があった。
全身に返り血を浴びながら、頭の上で槍をぶんぶんと回している。
月明かりの元、そこに立っているのは、『鬼神』そのものであった。
権平太の周りを五・六人の男たちが囲っている。
各々、刀や棍棒を手にしている。
権平太は、勝商達に気付くと、
「こやつら連日美味しい思いをしたもんだから人数が増えておるわい。」
と、笑いながら言う。
槍を頭上で回しながら間合いを測っている。
一人の男が、刀で刺しかかろうとすると、回っていた槍が一閃。
男の喉元をもう、突いている。
かと思えば、槍を抜いて体を反転させてながら次々と野盗たちの喉元を突いて行った。
あっという間に五体の死体が地に果てた。
「ふう。」
と権平太は息を吐くと、ビシッと槍を上から下に払って血を払う。
「終わりじゃ。」
と、言いながら、勝商達の元に歩いてくる。
(さすがじゃ)
と、二人は思った。
と、その時、月明かりの元、白刃が権平太を襲う。
野盗の一人が茂みに隠れていたのである。
「権!」
と、勝商達は叫ぶ。
権平太は咄嗟に、前に飛んだ。前に飛び刀を交わし、反転して喉元を突く算段であった。
が、自分が先程突き刺した死体に足が絡まり、遅れ、背中を斬られた。
が、その瞬間野盗も地に倒れ絶命していた。
権平太の後ろに気配を感じた勝商と佐平次が瞬時に走り、二人同時に刀を抜いて野盗を斬っていたのである。
「権!大丈夫か。」
と、二人は権平太の元に駆け付けた。
幸い前に飛んだお蔭で、傷は浅かった。
「大丈夫じゃ。」
と、むくっと立ち上がり、笑顔を見せた。
が、力が入らずすぐによろけ、二人にもたれかかった。
「ほんに強がりを言いよって。」
この野盗退治の話は、村中で有名となり、やがて長篠城下でも噂は広まり
「城下一の槍の使い手」
と称された。
そんな昔話に花を咲かせていると、福がちょこちょこと近づいて来て、無邪気に笑いながら
「とと様、描いたよ。」
と、布切れを渡した。
「何じゃ何じゃ。」
と、勝商は手にして見る。顔が崩れている。
『福笑いのおっちゃん』がそこにいた。
「これはわしか!」
と、福を見ると、福は大きく頷いた。
今にも泣きだしそうな顔で
「宝物じゃ~」
と、福を抱きしめた。
権平太と佐平次はニコニコ笑いながら、その親子を見ていた。
すると、
「ほれ。できましたよ。」
と、土間から老婆が鍋を持って入って来た。
「よし喰うか」
と、皆で鍋をつき始めた。
酒も入り、大いに語り、大いに笑い、大いに食べた三人は、その日は川の字になって寝た。
第四話 武の者 完