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天突く声    作者: 岩 大志
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13/16

有海村

にわかに、岡崎城は慌ただしくなっていた。

 ついさっき信長の下知が飛んだばかりだというのに、城下には活気が溢れていた。

 至る所に「永楽通宝えいらくつうほう」との旗印が所狭しと立てられ、早馬がしきりと行きかっている。

 その中に、大量の火縄銃が、台車に積まれたいた。

 そして、何に使うのか分からないが、これまた大量の丸太が、大男に担がれて、運ばれる。丸太の先は鋭利に、削がれたていた、

 その兵の中に、一人一際目立つ男がいた。

 なにやら、扇子を振りかざして、音頭を取っているようであった。

 「そりゃ!早くせい。戦じゃ!」

 甲高い声が鳴り響く。

 「前代未聞の大戦になるぎゃあ!」

 と、扇子を振り、士気を高めている。

 小さな男ではあったが、声がよく通る。

 織田信長、松平元康、そしてこの猿に似た男。後の豊臣秀吉。更には、信長に「金柑」と呼ばれた武将・明智光秀。

 ここに、一度は天下を握る男たちが、一つの城に集まっていたのである。

 

「そいや。早よ運べやい。」

 と、秀吉の声は続く。

 秀吉の姿を、信長は岡崎城の天守閣で眺めていた。

 「猿め、調子が良いの。」

 と、つぶやきながら、ふと城門側に目をやる。



 そこには、一人の男が、東へ東へと、物凄い勢いで走って行く。

 「誠、かのものは…。」

 と、半ば呆れながら言った。

 男の姿はもうなかった。




 足が軽い。痛みも感じない。

 右手に持った、かじりかけの握り飯を、一思いに口に入れながら、勝商は走って行った。

 一刻も早く、援軍の報せを、長篠の皆に伝えたい。

 ただそれだけで、元康の

 「ゆっくり休んでいけ。」

 との言葉を、断り、

「これだけ頂きまして、即刻長篠へ向かわせてくださいませ。」

 と、膳にある握り飯を掴み、屈託のない笑顔で言うと、元康は、

 (これは止められんな)

 と思い、長篠行きを許可した。

 (腹もたまったし、一気に駆けるかいの)

 と、力強く足を踏み込む。

 昨日の夜に通った道である。

 あの時はもう、下半身の感覚が無く、ただ気力だけで走っていた。

 何度も転げた道である。

 だが今は違う。跳ねるように、風を切りながら、走っている。 



 程なくすると、昨夜気を失った、長沢村に入った。田んぼのあぜ道を走り抜ける。


 「喜、権!もう大丈夫じゃ!心配せんと、お天道様から見守っていてくれ!」


 と、大声で、空に向かって叫んだ。昨夜、自分を救ってくれた、二人に、元気な自分を見せたったのでった。

 村の百姓や、子供たちが、田んぼの真ん中で、手を止め、何やら嬉しそうに叫んでいる勝商を見ていた。

 すると、

 「どぼん!」

 と、急に大きな水しぶきの音がして、さっきまでそこを走っていた男の姿が無くなっていた。慌てて百姓達は駆け寄ると、田んぼのぬかるみから、左手だけがぴんと出ていた。

 

 その手にはなにやら布袋が握られていた。

 「こりゃ大変じゃ。」

 と、百姓たちは、勝商をのその左手を引き上げる。その脇で子供たちが、きゃっきゃっと笑って見ている。


 やっとの想いで引き上げると、泥だらけの勝商がひょこっと出てきた。

 「参った参った!足が絡んでもたわ。」

 と、言いながら立ち上がると、泥を払うこともなく、あぜ道に登ると、

 「助かったでな。」

 と、百姓たちに声をかけると、また走り出していってしまった。

 百姓たちは呆然と立ち尽くしていた。

 その後ろで子供たちは変わらず笑っていた。




 勝商は走る。



 昨夜自分に微笑みをくれた一輪の花が見えた。

 「今日も元気に咲いておるの。すまぬが、今日は話し相手はできぬ。」

 と、走り抜けていった。花はまた、優しく勝商を笑顔で見送っていた。


 勝商は、川で小休止を取った。

 田んぼの泥を落とし、冷たい水で顔を乱暴に洗う。

 川は、夕焼け色に染まって綺麗であった。

 (もう夕暮れか。この川は、雁鋒山からの流れの水かな。もう少しじゃ)

 と、自らを奮い立たせる。

 事実、勝商は物凄い速さで、もう、雁鋒山の麓にまで達していたのである。

 (皆の衆待っておれ)

 と、一思いに山を登って行く。


 城を脱出した際とは違う山頂にたどり着いた。

 やっと、長篠城を眼下に捉えた。

 灯され始めた、無数のかがり火が、不意にも綺麗に見えてしまった。膝に手をつき、両肩で息をする。

 (やっとじゃ)

 と、故郷の地に立ち、今や風前の灯火となった、長篠城を、懐かしく眺める。

 しばらく感傷に浸っていたが、ふと我に返り、枯れ草を集め始めた。

 夕闇が濃くなって来た。

 狼煙を上げるに足る、枯れ草が集まると、火打石で火を起こした。

 (皆の者!戻って参ったぞ!)

 と、もくもくと燃え上がる、煙に思いを乗せる。

 上がる煙を見上げながら、長篠城に目を落とし、

 (早く気付いてくれ!)

 と、願うように思った。

 今にも、一万五千の大軍に、飲まれそうな長篠城へ、今できる事は、これしかないのが何か歯がゆかった。見つめながら、握った拳に力が入る。

 だが、城からは何の反応もない。何かあったのか。それとも気付いていないのか。

 

(それとも…。)

 と、最悪な事態が頭をよぎる。その思いを振り払うように、頭を振る。気が気でならない。

 勝商は、周りに落ちている、枯れ木をそこら中から集め、燃える炎の中に投げ込む。

 炎は一段と燃え上がる。


 (これでよし)

 と、思うや否や、あろうことか勝商は、山を長篠城へと下り始めた。

 (直接伝えよう)

 と。


 しかし、実際城はざわついていた。

 雁鋒山の山頂より、狼煙が上がっている。

 「まさか、勝商が戻って来たのか?」

「いや、敵の罠かもしれぬ。」

 と、早くも歓喜の声を上げる者もいれば、怪しむ者もいた。

 

 


 その城の異変に気付いたのは、雁鋒山の麓へ陣を移していた、山県昌景であった。

 一昨日の急な城のざわめきと歓声に、何かを感じていたのである。

 「妙にざわついておるな。」

 と、山県軍の兵が、城を見ながら言う。中には、山を指さしている者もいる。

 「何じゃ?」

 と、後方の雁鋒山を見てみると、そこには綺麗な夜空を突き破るかのように、一本の煙が立っている。

 その報せはすぐに、昌景の元に伝わり、昌景自身、陣幕の外に出て、雁鋒山を見た。

 確かに、煙が立っている。

 昌景はそれを見ると、近くの者を呼びつけ、

 「今宵の警備は最大限に気を払えと、伝えろ。」

 と伝えると、陣幕に戻り、椅子に座ると、腕を組み、静かに目を閉じた。

 政景の後ろに置いてある真っ赤な甲冑が、松明の火で不気味に揺れている。

 


 長篠城内や、山県軍の動向も知らず、勝商は、雁鋒山の麓の有海村に入った。 

 村を、ちょこちょこと歩くと、すぐに村の異変に気付いた。

 

(やけに見張りの兵が多いの…)


 山県の号令により、雁鋒山の麓の村々は厳重な警戒網が敷かれていた。特に、山の入り口のあるここ、有海村は特に多くの兵が警戒に当たっていた。

 

「かっかっかっ。」


 と、馬の蹄の音が聞こえる。咄嗟に勝商は近くの納屋の陰に隠れた。

 身をかがめながら、少し顔を出して様子を見た。真っ赤な甲冑に身を纏った騎馬武者、その馬のくつわを持つもの、松明を持つもの。三人でゆっくりと行き来していた。奥から手前に、右から左に、と、縦横にその騎馬武者たちが、何組も行き来していた。

 勝商は身を戻すと、

 (こりゃえらいこっちゃ。山に戻るか)

 と思い、身を返す。

 

 



 しかし、そこには松明の火に揺れる、真紅の騎馬武者がこちらをじっと見ていた。

 




 すぐさま、勝商は取り押さえられると、両手を後ろ手に縛られ、その身を、山県昌景の陣に連れられていた。


              有海村 完

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