第七話 決着と、魔人
「まずいな……」
「どうした?随分と余裕が無いようだが」
挑発するように俺を見るシェイドに、内心毒づく。
…別にシェイドの攻撃がどうしたとか【次元干渉】がどうのとかは問題ではない。
一番の問題は、奴の回避率だ。
結構長い間攻撃を当てようと躍起になっているものの、実際に当たったのは五度のみ。
本調子でないという点を鑑みても、自分の攻撃がこう易々と回避されているのを見ていると、何か精神的な物が擦り減っていくのを感じざるを得ない。
――恐らくは、未来を視る何らかの能力を使用しているためだろう。
だとしたらおかしい。普通は使わないはずなのだから。
未来を視る能力を持つもの同士が戦うのは、実のところそんなに珍しい事ではない。
強い人間というのはえてして未来を視る(見えないにしても、『識る』事は可能)事が出来るもので、そうした人間に限って強者との戦闘を望むものなのだ。
さて、互いが未来を視て、それを自分にとっていい様に改変しようと思った場合、どうなるだろうか?
――正解は、『そのままの未来になる』だ。
互いに自分の望む通りに動けば、『未来を変えるに足る現象』同士が衝突し、そのまま何も起こらなくなる。
それをある学者は『世界の拒絶反応』と呼称していたため、これからは『拒絶反応』と呼ぶ。
戦闘中に『拒絶反応』が起きた場合、『未来を変えるに足る現象』は不自然に消える。
例えば、目くらましに投げた物が、一瞬で消滅するといったように。
戦闘中にそうして消滅…つまり自分にとって予想外かつ都合の悪い事が発生する事を防ぐため、未来を視る事が出来るもの同士は戦う際に未来を視ずに戦うように努めるのだが……
「いや、普遍的な戦闘方法を取らないお前に、若干息切れを起こしてただけだ」
「――ふん、矮小な尺度で測るなよ人間。私は竜、その頂点に立つ存在だ。貴様らのような存在の物差しで測れるわけが無い」
「…かもな……だから、俺も戦い方を変える事にする」
「何…?」
【剣】を【空間収納】に仕舞い、別の武器を取り出す。
見た目は、若干太い鉄の棒の先端に、顔よりも一回り程大きい鏡がついたものだ。
因みに、これで直接攻撃するわけでは無い。
「…なんだ、それは」
「――『照準固定』」
問いかけを無視し、静かに告げる。
俺の言葉と同時、鏡が少し煌めいた。
「『収束』……『投射』!」
「―――ッ!!」
何かを感じたのか…はたまた『視た』のか、瞬時にその場を離脱したシェイド。
……だが、俺の攻撃はしっかりとシェイドに直撃した。
一瞬シェイドの体が輝いたかと思えば、すぐに爆発したのだ。
何が起こったのか理解できていない様子のシェイドに、追い打ちをかける。
「『照準固定』」
「な、何故だ…?今、『確実に躱せる場所』へ移動したはず…」
「『収束』……無駄だ、この攻撃は回避不能だからな」
「馬鹿な事を言うな!!二度は当たるまい、今度こそ回避―――何ィッ!?」
反応から察するに、悟ったようだ。
この攻撃が回避不能だと。
再び、シェイドはなすすべなく爆発した。
致命傷と言えば致命傷なのだろうが、どちらかと言えば『回避が不可能』という事による精神的ダメージの方が強そうだ。
…さて、種明かしをしよう。
まず、俺の持っている武器は【万物照らす鏡】と言って、その名の通りあらゆるもの(例外有り)を照らし、闇を払う事が出来るという伝説のある、珍しい武器だ。
これまた、【剣】を作ってくれた鍛冶師が作成に携わっている。
実際の能力は、『一定範囲内のわずかな光を限界まで集め、一か所に向けて放つ』という物で、先程からシェイドの体が爆発しているのは『爆散』という状態にしてあるからだ。
他には『貫通』、『焼却』、『照明』等の能力があるが、『貫通』や『焼却』は昼でないと使えない。
流石に夜だと光が足りないのだ。
そして、回避が不可能だと言った理由はこの武器のもう一つの能力にある。
それは、『光が遮られる場所以外なら、必ず照らせる』という能力。
服の中など、照らせない場所以外には必ず攻撃が当たるのだ。
…例え【次元干渉】を使用した所で、この武器の能力の本質に気づかねば、回避は不可能である。
まぁ、光が完全に無い次元に干渉されたりしたら、この武器ではどうしようもないのだが。
「『投射』!」
「ぐっ、ぬぅ…!この、程度で…この私が…!」
「あぁ、だろうな。こんな少ない光でこの武器が本領発揮できるわけがねぇし……こうして隙さえ作れちまえば、それで良かったんだよ」
「!しまっ」
【万物照らす鏡】と【剣】を入れ替え、【剣】を【斧】にして振りかぶる。
息を切らしながらも立ち上がろうと(空中だが)していたシェイドは、背後から俺が攻撃をしかけようとしている事に気づくのが遅れた。
…未来を視た所で駄目なら、その分【万物照らす鏡】に対する対策を考えた方がいいと判断していたのだろう。
もしあの状態でも未来を視て居れば、俺の攻撃を回避できないなんて事にはならなかっただろうから。
躊躇する事無く、【斧】を振り下ろす。
防御も回避も出来ず、シェイドは肩口から成すすべなく切り裂かれた。
血が溢れ、空中で立つことすらままならず(よくよく考えてみれば、『立っている』時点で俺と同じ原理で空中にいるとすぐにわかった)シェイドは倒れ、地上に落ち―――
「なるほど、中々素晴らしいじゃないか」
「――【銃】!」
「おっと……いやいや素晴らしいな、うん。咄嗟に近接武器から遠距離武器に変え、声と気配だけで判断した場所へ躊躇い無く攻撃を行う――まさしく、『無敵』だ」
「…その呼び方は止めろ。ついでに『無敵』の使い方間違えてるだろ」
「はははっ、僕の正体やどうして急に現れたのかとかじゃなくて、第一声がそれか!つくづく面白いなぁ君は……そうだね、じゃあここはアレン・ヴィンダーグと呼ぶべきかな?」
――落ちる、かと思われたシェイドは、突如現れた謎の男によって落下を防がれた。
道化を演じるその男だが、放つ威圧感はシェイド以上だ。
戦えば、苦戦するだろう。
今は、の話だが。
「それでいい……それで、お前は何者なんだ?」
「見てわからないかい?――って、僕達と君たち人間はあまり容姿に差が無いんだっけねぇ……うん。僕は魔人。『選ばれし種族』の一人さ」
「なんだそれ」
「言葉の通りさ。魔力に愛され、魔力を愛した者達…それが僕達魔人という種だ。魔力に愛されるという事は、世界に愛される事と同義…」
「つまり自分たちは世界に愛されてるってか?」
「その通りさ!」
随分いい笑顔で言ってくる。
それ程までに誇らしいのだろう。
「…それで、どうしてそんな選ばれたとかいう奴がシェイドの奴を庇う?竜なんて所詮は過去の存在だろうが」
「過去を貴ぶことも大事だからね…というのは建前なんだけどさ。――まぁ、これから僕達が行う儀式に、強い力を持った竜の遺体が必要なんだ」
「生贄か。死んでるけど」
【生命探知】では、シェイドの反応は探知出来ていない…つまり、死んでいるという事だ。
贄を使用する際、死体を使うのは基本的に悪手とされている。
確かに俺はこの時代に来るために贄として死体を利用したが…それは一応、数を用意していた。
だが、この男はシェイドの死体一つだけを利用する気だろう。
それでは使える魔法等高が知れている。
「別に、この死体があれば他の必要な物は揃ってるからね」
「――一応聞く、何をしようとしてるんだ?」
「そんなすぐに質問に答えるように見える?」
「……なら、ここで殺す」
面倒事に首を突っ込むことに忌避感は無い。
だが、この面倒事は、明らかにアレンの家族に被害がありそうだ。
例えアレンの家族に被害が出なくとも、この国の人間にとって良くない事が起きる事は確実だと思われる。
なら、それは未然に防いだほうがいいだろう。
幸いシェイドという荷物を、アイツは持ちながら戦う必要があるだろうし。
例え【空間収納】があったとしても、死体は入れられないからな(人型の物や、生きている物は収納できないのだ)
「なら、逃げるとするかなっ」
「っ、させるか!」
その言葉と同時、男の体が淡く輝いた。
転移魔法を使うつもりなのだろうと気づき、すぐに【弓】を構え、矢を放つが……
「…逃げられた、か」
だが、矢はどこにも見当たらない。
一緒に転移したのだろう…つまり、シェイドの死体か、あの男のどちらかに当たったという事だ。
「…取り敢えず、街に戻るか」
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「いっつつ…」
「ナジム!?その腕…」
「ね、姉ちゃん…やられた。転移の隙を狙って攻撃してくるとは思わなくってさ…」
ナジムと呼ばれた男は、右腕の矢を引き抜きつつ、左手で抱えていたシェイドの死体を下した。
「誰にやられたの?」
「アレン・ヴィンダーグの奴さ。驚いたよ、遠距離からの攻撃を無効化する魔道具を装備してるってのに…まさか、ね」
「――ビビム様から賜った、あの魔道具を無効化したっていうの?」
「無効化…だね。見てくれよ。何もされていないってのに壊れてる」
そう言いながらナジムが姉に見せた物は、罅の入った腕輪だった。
「……恐ろしいのね、アレン・ヴィンダーグは」
「…いや、まだ奴は本調子じゃない。それは僕が初撃を躱せた時点で証明されてる。――僕達全員で奴を狙えば、倒す事も可能だ」
「ナジムに躱せないなら、誰も躱せないわよ」
姉の言葉も尤もだった。
ナジムという男、実は魔人の中で最強と言われている男なのだ。
特に防御と回避による耐久戦を得意としている彼が回避できないというのなら、彼以下の実力の物しかいない魔人たちにとっては、『絶対に攻撃は回避不可能』と宣告されるようなものだ。
「―――一週間後、攻めに行く」
「…本気で言ってるの?」
「ビビム様に進言するだけさ…実際、あの人はアレン・ヴィンダーグを恐れて、儀式を成功させるだけで終わらせそうだし」
「…いずれは敵対せねばならない相手だというのに、目を背けるだけなんて…」
「まだ予想だけどね。――けど、ビビム様って結構戦いを避けたがるから」
笑うナジムだったが、その目の輝きは真剣そのものだった。