第六話 衝撃と、襲来
「アレン!」
街に到着してすぐ、ケリン兄が俺の名前を呼んで駆け寄ってきた。
…この人すっげぇ人が変わったな。
アレンの記憶の中の性格の正反対だぞこれ。
「ったく、急に居なくなりやがって…皆も心配してたんだぞ!」
「ケリン兄さんが言うとなんか変だね」
「笑ってる場合かっての!」
目尻に涙をためてすらいるケリン兄に、笑いがこみあげてくる。
孤独を払拭されたからと言って、ここまで変わる物だろうか普通。
そんな事を考えていると、母さんが俺達の所まで走ってきた。
…良かった。無事だったか。
「―――どこ行ってたの、アレン」
「え?街に向かってきていた竜の大群の所までだけど」
「馬鹿!」
質問に答えた瞬間、母さんは容赦なく俺の頬を叩いた。
力強かったのか、音はかなり響いた。
痛みよりも熱さを感じる頬を抑えつつ、母さんへ目を向ける。
…よく見たら、泣いてる?
「アレンが急に強くなったからって、大群相手に一人で突っ込んで行っちゃ駄目でしょ!」
「いや、母さん」
「いくら竜がそれほど強くないって言われてるからって、子供一人が相手に出来るような敵じゃ無いのよ!一匹安全に倒すのに、大人が四人必要って言われているのよ!?」
それは少し過剰戦力だと思う。
この時代の人間は、俺の元々居た時代とは違って、魑魅魍魎相手に挑み、生存する事が出来る実力があるのだ。
それを生態系の一番下に居るような竜相手に四人も用意するのは過剰だと思うのだが…
慎重なのは大事な事だというし、今反論したらもう一度叩かれそうなので言わないでおくが。
「…そう言えば、父さんは?」
「――ドラン達と一緒に皆を避難させてる。あの人を戦場に出すわけにもいかないしね」
「後数分で騎士達が来てくれるらしいし、安全な場所に避難していれば大丈夫だろ」
「あー…それなんだけど、さ」
俺の手を引き、速く一緒に安全な場所へ向かおうと言ってくる二人に、申し訳なさげに切り出す。
俺の態度に疑問を抱いたのか、二人は首を傾げた。
「大群は、取り敢えず何とかしてきたから。もう大丈夫だよ」
「……わかったアレン。頭をぶつけたんだな?」
「違うって!本当だって!」
「でもねぇ…いくらアレンが前までのアレンよりも強くなったからって、一人で何とか出来るとは流石に…」
「姉御!」
母さんの言葉を遮るように、何者かが叫ぶ。
声の主は、額に切り傷のついたポニーテールの女性だった。
…姉御ってもしかして、母さんの事?
「もうその呼び方は止めなってなんどいえば」
「竜の大群の反応が、完全に消えたんです!」
「…それって」
女性の言葉に、母さんが信じられないと言った表情をしつつ俺を見て来る。
…どうやらあの女性、竜の動向を探っていたらしいな。
突然反応が消えたから、急いで報せに来たって事か。
反応を探る技能か何かを使っていたのだろうか?
俺が持っていないタイプの技能だし、冒険者デビューしたらこの人を貸してもらえたりしないだろうか。
姉御って呼んでるって事は、母さんが冒険者時代に仲間だったか知り合いだったかの人だろうし、冒険慣れしている可能性だってある。
…あ、駄目だ。
冒険したことない子供が、慣れた手つきで野営の準備を始めたりするのを見たら怪しむだろうし。
「ど、どういう事だよ…それって、アレンの言ってることが本当って事…なのか?」
「だから言ったじゃん」
「――二人は避難所まで向かって。私達は反応が途絶えた場所を確認してくる」
「ちょっ、母さん!?」
一瞬悩む素振りを見せた後、母さんは女性と一緒に竜の大群が居た場所へと走って行った。
俺とケリン兄が制止の声を上げるも、無視される。
……竜人が居たって事とか、大事な話が結構あったんだけど…
とにかく指示に従った方がいいかと、避難場所があるだろう場所へ歩き出そうとして、硬直する。
「……これって」
「な、んだよ…今の…と、とにかく避難所に」
「ごめんケリン兄さん。行かなきゃいけない場所が出来た」
「はぁ?何言ってんだよお前」
ケリン兄の言葉は、微塵も入ってこない。
…今の感覚は、恐らく…
シェイドとか言う奴が、復活したのだろう。
勘や予想でしかないが、あの男が陶酔するのも納得できるくらいのエネルギーだった。
もし違ったら、それはそれで恐ろしいが。
ケリン兄の手を振り払い、俺も母さんたちの向かった方へと駆け出す。
そして、誰の視線も感じなくなったところで【足場生成】を発動し、空を走る。
残念ながら瞬間移動等の技能は持っていないので、自分の足で移動する必要がある。
瞬間移動とか空中浮遊とかは魔法に頼ってたからなぁ…やっぱり魔法は必要不可欠だな。
「アレがさっきまで戦ってた場所で……ってマジか。母さんとあの人、もう到着してるじゃねぇか」
強化を使って、遮蔽物の無い空中を走っていた俺よりも早く同じ場所に到着している二人に、軽く戦慄する。
やっぱり竜相手に四人必要は過剰だったんだ。
ただ単に母さんとあの人が凄まじいだけかもしれないが、それは置いておこう。
「―――あそこか」
【超視】…千里眼と呼ばれる技能の一種である、遠くを見る事が出来る技能を発動し、先程感じた威圧感の発生源を発見する。
先端の尖った木の棒に囲まれた、集落のような場所だ。
そこの中心部にある、一際大きな建物の中に、その威圧感の正体があるのだろう。
…いや、シェイドがいる、と言った方が正しいか。
「迎えに来てやったぞ」
「ッ!?」
後もう少しで突入…という所で、突如俺の背後から男とも女ともわからない声が聞こえてきた。
驚きつつも振り返ると、そこには――
「私にとって脅威となりうる存在だと思っていたが……なるほど。少しばかり弱くなっているようだが、その強さはこの時代においても最強格と言えるだろう」
「弱くなっているって言うって事は、俺の事を…アレンじゃない俺の事を知ってるって事か?」
「無論。後の時代において『無敵』と呼ばれた男の事は、よく知っておるとも」
あの時の竜人同様、着物を着た男性が居た。
着物の男…恐らくシェイドは、アレンになる前の俺の二つ名を呼び、獰猛な笑みを浮かべた。
正直『無敵』という呼び方をされるのは恥ずかしいのでやめていただきたい。
「私はシェイド。竜種の頂点に立つ存在だ。――そして、この世界の頂点に立つ存在だ。覚えておけ」
「――俺はアレン。アレン・ヴィンダーグだ」
俺が名乗り終えると同時、シェイドは右手を俺に向けた。
それと同時に、シェイドの姿が見えなくなる程の量の魔法陣が空中に展開され、発光した。
「小手調べだ…【極竜砲】」
【極竜砲】…聞いた事の無い名称の魔法を発動し、俺に攻撃してくる。
素早く剣を取り出し、【盾】へ変形させ【滅魔斬】を発動して魔法を防ぐ。
斬、と名前にあるはずなのに、実際の行動は防いでいるだけなのだが…この魔法の本質は『魔法を消滅させる』という点にあるので一応嘘ではない。
「…じゃ、次は俺からだな」
【剣】を握りしめ、シェイドの眼前に迫る。
咄嗟に手を翳し、魔法陣を大量に展開してくるが、【滅魔斬】と【奪命】を同時に発動しつつ刃を振う事で、防御を破る。
剣先が触れれば、【滅魔斬】の効果で勝手に魔法は消滅するのだ。
……だが。
「…っ!?」
剣を振り下ろした瞬間、俺の視界からシェイドが消えた。
…いや、俺がシェイドの背後に移動している……?
「……何をした?魔法、じゃないみたいだが…」
「――私を含む八大竜は、皆それぞれ固有の能力を持っている」
「…なんだ、それ」
八大竜、なんてことを言われた所で何もわからない。
少なくとも未来には残っていない言葉だ。
アレンの記憶にもない様子だし、竜種の間での神話のようなものだろうか?
…だとしたら人間に言うはずもないか。
なら、一体…
「八大竜…かつて、この世界を竜が支配していた時の王達の事だ。バルパ、リグズ、オロン、シナギ、レシュー、ガラン、ファラビドス…そして、私。世界を八つに区切り、それぞれが王として崇められていた…その信仰が、我々にある力を与えたのだ」
「…なるほどな」
神格化された生物が、本当に神がかり的な力を持ったという話は、各地に存在する。
竜をもっとも神に近い存在として敬う国だって、俺の時代にもあったくらいだ。特殊な力を持つようなくらい信仰されていた時代があったとしてもおかしくはないだろう。
というか、この世界の頂点に立つ存在云々言っていたくせに、その頂点に立つ存在は八も居たのか。
「私の能力は、別次元への移動……超越した存在だという事を示すに足る、素晴らしい力だと思わないか?」
「まじ、か…」
手を大きく広げ、自慢するように告げたシェイドに、絶句する。
…だって、その能力は…
「俺の技能に、同じ奴があるんだが…」
「……なに?」
【次元干渉】。移動していられる時間等はかなり制限があるが、その分強力だ。
別の次元に移動し、自分が本来居るべき次元へと干渉する事が可能なこの能力は、主に回避等に利用する。
…先程俺が突然シェイドの背後に移動してしまったのも、それのせいだと思われる。
大方、俺が攻撃する瞬間に違う次元に移動して、そのまま俺とすれ違うようにしたんだろう。
「その能力、【次元干渉】って奴じゃねぇか?一定時間限定で、別の次元に逃げる事が出来る技能だろ?」
「――どうやら、本当に私と同じ力を持つようだな……流石は後の時代の『無敵』と言った所か」
「それを知ったのは【未来視】か?【時見】でも同じ事は出来るらしいが」
「……貴様を見くびるのは止めにしよう。弱くなったとは言え、その力は私と同等…遊びは終わりだ、葬ってくれる」
「はっ、技能に同じのがあっただけで怒るなっての」
剣を構え、魔力で全身を強化する。
戦闘中に何があっても対応できるように、使う可能性の高い技能をある程度ピックアップしておく。
「…【極竜砲】……【拡散】!!」
先手を取ったシェイドに、俺は剣を振るい、応戦するのだった。