第五話 男と、真実
「…私の仲間に、手出しはさせない」
「同じことを二回も言う必要はねぇよ……んで?仲間って事はお前―――竜人か?」
俺の事を睨み続けながら、竜たちの動きを手で制している美男子に、単刀直入に訊く。
奴の言葉や威圧感から、奴は『人の姿と竜の姿を持つ』とされる『竜人』ではないかと判断した。
竜人は、人には無いような独特なプレッシャーがあるのだ。
普通の人間ならば、一種の恐慌状態に陥ってしまう可能性だってある。
俺の質問に、男は無言で頷いた。
「――その『仲間』とやらを大勢引き連れてなんの用だよ?生憎ヴィンダーグ領にはこれと言った特産品もないんだが」
「そんなもの、誰が欲しがるか……我々の目的はただ一つ。『シェンド様』を完全に復活させる事だ」
「……シェンドなんて名前の神、どの文献にもないだろ」
「人間に分かるように言うのなら、『聖竜』という存在だ」
「……何?」
聖竜。
俺が今探している最中の、あの聖竜の事だろう。
それの『完全な復活』とは一体、どういう事だ?
一部は復活しているという事だろうか?
混乱する俺を他所に、男は説明を続ける。
「この世界には、シェンド様の復活を妨げる封印があってだな。その封印のかなめの内の一つが、ヴィンダーグ領と言ったか。その土地の中心の地下にあるのだ」
「…解せないな。聖なるってつくくらいなんだから、封印なんてされる必要が無いと思うが?」
「そりゃあそうだろう。聖竜伝説なんてものは、我らの祖先が人間に吹き込んだ法螺話だからな」
…法螺話?
つまり、俺が本で読んだような内容は全て嘘だったという事だろうか?
――魔法が使えないという悩みを解消してくれる、という事も?
呆然とする俺を、男が嘲笑う。
愉快でたまらないらしい。
…俺の呆然としている理由は、恐らく奴の考えている理由とは違う物なのだが。
「……世界を滅ぼす力を持つシェンド様を復活させ、かつて栄えた竜の世界を再び作り出す。それが私の目的だ」
「…んな事喋って良かったのかよ」
「ふん。所詮シェンド様が復活すれば貴様も有象無象に過ぎん。ならば、せめて何故死んでいくのかくらいは教えてやろうと―――何ッ!?」
「チッ、勘のいい奴」
話が長そうだったので、瞬時に【銃】を取り出し、魔力の弾丸を射出した。
しかし、後もう少しと言う所で回避され、背後で控えて居た竜の一匹を屠るだけで終わってしまった。
……というか、魔力消費ありの変形と、魔力弾は使えるのか。
連射設定にしているはずなのに弾丸は一発分だったから、少なからず弱くはなっているのだろうが。
本調子で【銃】が使えて居れば、ここで仕留められたというのに。
「…ふざけているのか人間……?それとも、死への恐怖を紛らわせるための、悪あがきか?」
「別に死ぬことが怖いとかはねぇよ。死ぬって事は俺はその程度だったって事だからな」
「じゃあ何故」
「敵を殺すのに理由が必要かよ?馬鹿か」
「なっ―――度し難い程の愚か者のようだな、人間」
「やかましい。少し苛立ってんだよこっちは。――せっかく魔法が戻ると思ったってのに、聖竜ってとこから嘘っぱちだったとかお前―――ふざけんなよ!?」
「な、なんなんだ貴様」
少し情緒がイカれていた。
…ていうか俺の期待が裏切られる速度速すぎねぇかな。
なんで光が見えてきたらすぐに消えるんですかね。
竜人の方も、少し可哀そうな物を見る目になっているではないか。
なんで俺は落ち込む原因を作ってきた相手に哀れまなければならないんだ畜生。
「…ま、落ち込んでる場合じゃねぇな…悪いが本気じゃねぇから、そこだけは諦めてくれ」
「…戦う前から負け惜しみとは面白い。いつ死んでも終わりだというのなら、せめて最後まで抗ったと思いたいわけか。……なら、相手をしてやろう」
微笑を浮かべつつ、男は着物の袖の部分から剣…所謂、刀を取り出した。
長ドスと言うのだったっけか。こういう物を。
極東旅行は、戦いばかりだった俺の唯一の癒しだったと記憶している。
向こうの宿で、長ドスやドスを携えた連中や、十手とか言う珍妙な武器を使う連中と戦った事があるから、一応知識はある。
…なんで休養のために訪れた場所で鬼気迫る様子の男達に殺されかけなければならなかったのだろうか。
「着物に刀、か」
「貴様らが極東と呼ぶ場所で普及している剣だ。名称くらいは知っていたか」
「用途用法もな。―――てなわけで終わりだ」
【銃】から【鎌】へ変形。
そのまま男の懐へ入り込み、鎌を首元に振るう。
並みの人間ならば仕留められただろうが、流石は竜人と言った所だろうか。
素早く刀を動かし、俺の鎌の刃を防ぎ、切断を免れた。
「…流石に防ぐか」
「この程度でやれると思ったか…?なら、おめでたいなッ!!」
力を籠め、俺の鎌を押し返し、そのまま俺の首元を狙って刀を振ってくる。
…なんで刃を向けずに、峰で攻撃してきているんだコイツ。
一瞬何かを警戒して動きを止めてしまったものの、とにかく防がねば、と【鎌】を【盾】に変え、攻撃を防ぐ。
「…珍妙な武器だな」
「お前の戦い方の方が珍妙だっての!」
押し返し、【盾】から【剣】に変化。
先程同様、首元を狙う。
相手は再び刀で防ぎ、押し返―――
「っ!?」
「バレたか」
押し返そうと力を籠め、何かを察してかその場を離脱した。
俺の狙いを完全に理解していたわけでは無いのだろうが、何か危険だという事だけはわかったのだろう。
運がいいのだか、勘がいいのだか。
「もう一つ、武器を持っていたか」
「武器は一つしか持ってないなんて言ってないだろうが」
俺の左手にあるナイフを見て、男が冷や汗を流す。
それもそうだろう。
刀身からは液体が滴っており、地面に触れる度に何かが融ける音がしているのだ。
無論、液体の正体は毒だ。
確か、何かの依頼の際に採取した物のあまりから作った物だと思う。
「軽く一刺しすれば、終わりという事か…そちらが本命か?」
「そんな簡単に本命披露するわけないだろ」
「…その余裕、いつまで持つかな!」
刀を振るってくる男に、毒のついたナイフを投げつける。
それと同時に、【剣】から【ハルバード】に変化させ、回避先に振り下ろす。
しかし、案の定攻撃はどちらも掠りすらしない。
ハルバードを逸らし、俺が武器を使えない状態を作りだして、男は刀を俺の心臓部目掛けて突いて来る。
勝利を確信しているのだろう。
見ているこっちが清々しくなるような笑みを浮かべつつ、男は刀で俺に止めを…
「ごはっ…!?」
「技能の方まで警戒してなかったろ。それが敗因だな」
「―――何、を…」
突如血を吐き出し、男は刀を落として膝をついた。
顔を見れば、目や鼻からも血が出ている。
…効果が出るのに、時間がかかったな。
「【呪毒】って言ってな。偏屈な爺さんにケーキ作ってやったら見せてくれたもので……ま、発動条件と発動までの時間さえ何とかしちまえば、相手は勝手に倒れるって奴だな」
「……一体、いつ…」
「?最初っからだろ。俺は基本戦う前に喋るヤツ相手にはコレ使うようにしてるからな」
もはや常時発動型と化していると言っても過言ではない。
…発動条件は、相手の声を知る事と、相手の目を数秒見つめる事。
見つめた秒数によって、発動までの時間が変わるので、出来る限り相手の目を見た方がいい。
…まぁ、目で殺すような能力の持ち主相手にするときとかは使えないが。
「ついでに、お前の後ろに居た連中も全員潰した。これで復活は無いな」
「……何…!?」
俺の言葉に、死に体でありながらも振り向く。
そして、そのまま男は硬直した。
そりゃあそうだろう。そこには赤い水たまりと僅かばかりの骨と肉片が残っているだけで、竜は一匹も残っていなかったのだから。
因みにこれも技能だ。
【不発保険】…魔法の不発や回避される事、防がれる事等で発動し、範囲内の他の敵に与えるはずだった分のダメージを与える技能。
範囲はあまり広く無い代わり、与えるはずだった分のダメージを消耗しきるまで他の敵を勝手に倒してくれる。
その代わり、与えるはずだった分のダメージは一番打たれ強い奴に優先して与えられてしまうので、弱い攻撃ばかりしていれば他の敵には殆どダメージが無いという状況になったりもする。
どうしてあの数相手に、と思っているだろうが、何気にあの打ち合いの時の衝撃は、竜種を一度に数十匹屠る程のエネルギーだったのだ。
正直よくあの竜人はあそこまで耐えたと思っている。
…俺の弱体も原因なんだろうが。
「…それで?最後に言う事はあるか?」
「ふ、は、ははは…シェイド様は必ず蘇る…そして、貴様らに絶望を与え、我々の時代を……」
「…言い切る前に力尽きた、か。まぁ【呪毒】相手によく耐えた方だな」
普通なら、血を吐き出した辺りで力尽きている。
それだというのに、よくここまで会話する気力があったものだ。
死んだというのに拳を握り、振り上げたままの男に、自然と頭を下げる。
…こうして戦った相手に敬意を払うのは、一体いつぶりだろうか。
「…さて、と…一旦戻るか」
死体を埋葬する事が先だが、その後は一度街の安全を確認しに戻る事にした。
このまま先へ進んで、他の群れが街に向かっていないか確かめるのも悪くは無いのだろうが…
もし街に被害が出て居たり、父さんと母さんに何かがあっても困る。
兎にも角にも、まずはこの男の埋葬が先だ…と、俺はスコップを取り出して地面を掘り始めるのだった。
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「…サモンがやられました」
「へっ、あんな奴に先陣任せるからだっての…それで?殺した数と、生き残りは?」
「…共に零、だそうです」
重々しく、女性が口を開く。
その言葉に、その場に居合わせた全員が驚愕する。
サモン…先程までアレンが戦闘していた男は、多少性格に難があった物の、自分たちの中でもそれなりの実力を持つ存在だったのだ。
そんなサモンが、1から教育、洗脳した竜の軍勢と共に殺されたとあっては、驚く他あるまい。
ずっと笑みを浮かべていた不良のような男ですら、その言葉には目を大きく見開いた。
「おいおい、なんの冗談だよ?人間ってのは集団で、それも犠牲を払ってじゃないと生きて行けねぇ下等生物だろ?」
「…原因はわかりません…ですが、シェイド様のおっしゃられていた『例の男』が関与していると考えていいかと」
「――あぁ、シェイド様がやけに恐れていた…」
「おい、ゼグラ。いくらお前でもその発言は許されないぞ」
「落ち着けダラズ。お前の怒りはわかるが、この程度、シェイド様からすれば些事でしか無かろう」
「……んで?その男の情報は得られたのかよ」
「何も……何も、わからずじまいです。偵察を送ったのですが、報告の前に殺されました」
悔しそうに唇を噛み締めるその女に、不良のような男は「そりゃ悪い事を聞いたな」と素直に謝った。
女がその言葉に返事をしようとしたその時、彼らの居る場所が鳴動した。
「「「「――ッ!!」」」」
『…よい。ひれ伏す必要は無い』
鳴動した瞬間、全員がある方向を向き、ひれ伏した。
…だが、その方向から聞こえた声は、ひれ伏す事を是としなかったようだ。
それを聞き、全員がまるで練習したかのように息を合わせて立ち上がった。
…実際は、ただ素早く立ち上がった時に全員が同じ速度だっただけなのだが。
『……サモンはどうした』
「…彼は…彼の率いた隊諸共、殺されました…」
『…そうか。惜しい男を失った…忠誠心と実力は、誰にも劣らぬ物だったというのに』
言葉の割には、余り悲しそうではない。
それもそうだ。なぜならこの声の主には、既に感情が無い。
かつて感情があった名残で、この場合は悲しいという感情が適切なのだろうと判断しての発言だ。
心が籠っているなんて事は、全くない。
『…封印を解除する事は不可能、という事か』
「はい…残念ながら、サモンで敵わぬ相手ならば、我々には…」
『――ならば、贄を用意しろ』
「…は?」
『贄だ。私の現世の新たなる肉体となるに足る、贄を…器を用意しろ』
「……し、しかしシェイド様。貴方様の力に耐えうる器等…」
『いや、あるだろう…ここにな』
「……なぁダラズ、どこにそんなのがあんだよ」
「静かにしろヴォルエ。シェイド様の御心など、我々に理解できる訳が無かろう」
声は、その場に居ないにも関わらず、重圧を増した。
竜人の中でも選りすぐりの四人…元五人。
そんな彼らですら、その重圧に震えが収まらない。
…声が、何を言わんとしているのかは、ゼグラという男が瞬時に理解した。
他の三人は、未だに気づいていないらしい。
…いや、気づいた所でどうしようも無いのだろう。
逃げ場など、当に無いのだから。
『イエナ、ゼグラ、ヴォルエ、ダラズ……お前たちの体を合わせれば、私の力を抑えるに足る器となるだろう』
その言葉を皮切りに、であった。
突如四人の体が膨張し、瞬時に縮小。
それを幾度か繰り返した後、焼けるような痛みが一度に押し寄せる。
泣き叫ぶが、それでも痛みは治まらない。
痛くて、痛くて、痛くて…泣き叫び続けて、気づく。
全員の手が、一つに融合している事に。
そこからは早かった。
泣き叫び、命乞いをし、何かを懇願していた四人は、一度一つの真っ黒な球体へと圧縮され、新たな人の形を取った。
ソレの中に、巨大な半透明のナニカが入り込み、空間が捻じれる。
ソレは、指を動かし、手を動かし、足や首を動かして、声を発した。
「ふむ、懐かしきヒトの形。動かし方はまだ慣れぬが……まぁ、いずれ感覚を取り戻すだろう」
その声は、先程まで部屋に響いていた声の物と、まるで同じだった。
…人が聖竜と呼ぶ存在、シェイドが―――蘇った。