第四話 鍛錬と、緊急事態
「せいッ!」
「力の入れ方が違う。それじゃ最初の内は良くても後の方になるにつれて隙を見せることになる」
早朝から、ドラン兄に指導されながら剣を振るう。
俺から頼み込んで、出発するまでの数日間は俺の鍛錬に付き合ってもらうようにしたのだ。
実のところ剣はあまり得意ではないので、こうして細かい指導をしてくれる人がいるのはありがたかった。
ケリン兄を頼ってもいいのだが、彼は魔法専門だし、俺は魔法が使えない。
「今のはいい振りだけど…対応されやすい。だからここは…」
実際に木刀で打ち合いながら、欠点を発見次第注意してもらう。
ドラン兄の教え方はとても分かりやすく、すぐに理解が出来た。
「―――取り敢えず、一旦ここで休憩にしようか」
「はぁ…はぁ…うん、ありがとう」
「いや、アレンのおかげで僕も腕が鈍らずに済みそうだし、こっちこそありがとうだよ」
指導中の厳しい口調とはうって変わって、優し気な雰囲気を醸し出すドラン兄。
切り替えがうまい人は、何事もそれなり以上の結果を出さるものだ。
俺も是非見習いたい。
「おーい、飯が出来たぞー!」
「ケリンが呼んでるね。汗を拭ったら、ご飯だ」
「……変わったね、兄さん」
「ははは、アレンの方がよっぽど変わってるよ。まるで別人みたいだ」
何気なく放たれたその言葉に、一瞬硬直する。
…そうだ。アレン・ヴィンダーグは今の俺だ。
だが、かつてのアレン・ヴィンダーグはもういない。
逆行した先の人間がどうなるのかは、誰も知らないのだ。
魂や記憶だけは生きているのか、はたまた何も残らないのか…
俺の身勝手な理由から、その短い人生を終えることになってしまったのだろう。
確実にそうと決まったわけでは無いが、その可能性は高い。
「…そう、かもね」
「?どうしたんだい?」
「何でもないよ。ほら、早く行こう」
罪悪感は無い。
無いが―――
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…はっきりと言おう。
アレンは、異常だ。
言っては何だが、子供の頃…それこそ、騎士団に入るための訓練を受ける前までは、見た目だけが取り柄だったアレンを、ケリン同様見下していた。
無論態度には出さず、心の奥底で、だ。
武術の一切を不得手とし、初級の中でも初歩と評されている魔法の理論を覚える事すらままならず、呪術、薬学等々…すべてが駄目な癖に、自分たちよりも異性に好かれていたというのに、少なからず嫉妬していたというのもあるだろう。
無論、今はそんな事は無い。
寧ろアレンが望むなら力になってやりたいとすら思っていた。
――そう。思っていただ。
「どうしたドラン、あまり食べていないようだが」
「……あっ、あぁ。大丈夫だよ父さん。少し考え事をね」
「ふむ……まぁ、年頃だしな。父さんも昔は――」
話始めた父さんの話に適当に相槌を打ちながら、アレンに視線を向ける。
…見た目は、アレンのままだ。
だが、ケリンとの戦いの時……あの時は、まるで別人のようだった。
自慢になるが、自分は並大抵の大人よりも強い。
騎士団の団長クラスには一歩及ばないが、他はかなり圧倒している。
自他ともに認めるのだ、間違いはないだろう。
そんな自分ですら、勝てるかどうかわからない程の技量だった。
寧ろ、ケリンはよくあそこまで拮抗できた。
あの変形する武器や、魔法を無効化するだなんて訳のわからない斬撃相手によく冷静に戦えていたと思う。
アレンは「剣の扱いは苦手だから、教えて欲しい」だなんて言っていたが、そんな事あり得ない。
あの実力で苦手ならば、ほとんどの人間は剣を振るうに適していないという事になる。
何とか細かい粗を見つけて指摘しているが、それも明日になれば見つからなくなるだろう。
…何故1を教えれば10の結果を用意してくるんだろうか。
「そういえばアレン、ドランに稽古してもらってるらしいじゃないか」
「ん?…うん、そうだよ」
「あんなに剣に触れるのを嫌がっていたアレンが、ねぇ…一体どういう風の吹き回しだ?いや、別に悪いと言っているわけじゃなくて」
「大丈夫だよ、わかってるから。―――そうだね、冒険者になってみようかなぁって。『学校』って所に通ってみたいし」
「…アレン、お前…」
ケリンが愕然とした表情をアレンに見せる。
そりゃそうだろう。ようやく自分と対等に高め合える(正直ケリンの方が劣っているようにも見えるが)相手を見つけたと思ったら、その相手が離れた場所へ行ってしまうというのだ。
そんな事を言っている僕だが、案外驚いている。
あの後、結局行くことにしたのか。
ケリンとルンが嫌がるくらいだし、アレンが拒否してもおかしくはないと思っていたが…ちょっと、予想外だった。
「…アレン、学校に行きたいの?」
「うん。ドラン兄さんがオススメしてくれたからね。魔法が使えなくても、ある程度実力とか知識があれば誰でも入学できるらしいって事もわかったし……試験くらい、受けよっかなぁって」
「…あの、人付き合いくらいしか趣味が無かったアレンが、ね……そういうことなら、全然応援するよ!母さんと父さんも頼りなさい!」
「う、うん」
母さんに気圧されつつも、アレンは苦笑いしつつ返答した。
…母さんにも色々教えられるのか。
こればっかりは同情する。
かつて騎士団に入りたいといった時の、母さんから受けた『特訓』は何よりも恐ろしかったからだ。
冒険者を目指して且つ、学校に入学したいとまで言えば…あれ以上の地獄が待っているだろう。
いくらアレンとは言え、耐えられるだろうか?
「……それでさ。奥地までは行かないけど…魔物との戦闘とかにも慣れておきたいし、勝手に外に行く権利が欲しいんだけど…」
「それくらい全然いいわよ。権利なんてつまらない事言わないで、勝手に出てっていいのよ?」
それはそれでどうかと思うよ母さん。
……しかし本当にどうしたんだろうか。
前までのアレンなら、絶対外には出ないと言っていただろうに…これが、成長という奴なのだろうか?
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食後。
自室に籠り、魔力を適当に循環させる『遊び』をしながらとある本を読む。
タイトルは、『聖竜伝説』。
かつて世界が暗雲に覆われた時、光と共に現れたのがその聖竜とやららしく、凶悪な魔物の悉くを打ち倒し、世界に平和を与えたとされている。
この伝説のモデルとなった地…もしくは、実際に確認された地が、このヴィンダーグ領の付近にあるらしい。
…と言っても俺からすれば、というだけであって、普通の方法で向かうなら、馬車で五日はかかるが。
「千竜の山岳か……ドラン兄からある程度教わり終わったら、早速行ってみるか」
第三者の視点から自分の未熟な武技を見てもらえるのは、何気に初めての経験なので、結構有難かったりするのだ。
ただ、ドラン兄の俺を見る目が、時折信じられないものを見るような目になっているのが唯一気になる所ではあるのだが。
「……火炎」
指先に火を灯そうとするが、やはり魔力が消耗されるだけで何も起こらない。
魔力の操作等が出来た所で、事象への変換は不可能という事だ。
筋力や動体視力等は日に日に元々の能力(アレンのではなく俺のだ)に近づいて行っているような気がするのだが、やはり魔法の方は何も変化が無かった。
…というか、そのままだと思っていた筋力とかも大幅に低下していたらしい。
ケリン兄を脅威に感じたのは、一重にその弱体があったからだと思う。
…やはり、子供は子供だという事だろう。
「魔法が無くても、技能は取り敢えず必要そうなのは全部使えるし…当面はそれで何とかしていくしかないか」
一応滅魔斬と奪命はあるが、それはノーカン。
取り敢えず今日は寝るかーと思ったその時、ドアがノックされる。
「アレン様、アレン様」
「……ど、どうしたセバッセ」
「たった今知らされたのですが…」
基本表情が変わらないセバッセが、冷や汗を流しながら俺に声をかけてきた。
ドアを開けて対応するが、どうも様子がおかしい。
…何か、悪い情報が入った…とか?
「…我々の住むこの街に、竜の大群が迫ってきているそうです」
「……はぁ?」
セバッセの言った事が良くわからず、俺はかなり呆れた声を出してしまうのだった。
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話をまとめた結果、大体の事を理解した。
本来山から離れるはずの無い竜が、突如ヴィンダーグ領に向かって大移動を始めたとの事。
その大群はただのワイバーンだけでは無く、一般的な冒険者一人では相手する事が不可能とされている古竜等も含まれているのだとか。
騎士団の到着を待っているような時間は無く、このままでは街にどれだけの被害が出るかわかったものではない、という事らしい。
「それで、兄さんたちは慌ててるわけか」
「何呑気にしてるんだアレン!竜種は強い生命力と強靭な肉体、一撃一撃が強力で、大魔法並みのブレスも…」
「ケリン兄さん、落ち着いて。焦ったって結果は変わらないだろ?勝つか負けるか、その二つしかない」
「……アレン、どうしたんだよお前。前なら一番慌ててただろ…?」
俺の言葉に、一気に慌ただしさを失ったケリン兄には何も言わず、無言のまま家を出た。
背後から声をかけられるが、それも無視だ。
…正直、竜は俺の中では魑魅魍魎の類に入っていない。
何故なら、唯一過去から何も変化していない存在だからだ。
最強だった時代も、最弱だった時代もあると知られている竜種は、進化も退化もせず、同じ実力を保ち続けて存在しているのだ。
俺の今いる時代よりも遥か過去……それこそ、世界が創造されたとされる時代から、ずっと。
要するに何が言いたいのかと言うと、かつて一撃で屠れたような奴と同じ実力を持っているような連中が数多くきた所で、何も脅威は無いという事である。
「――けど目立ちすぎると質問されるよな…」
範囲殲滅を可能とする技能は確かに存在するが、それは結構派手なので使えない。
かといって素手で一体一体屠った所で、余りに数が多ければ突破されてしまう。
…いや、突破されるより早く殺せばいいか。
「問題は父さんと母さんだけど…真っ先に竜の群れに突っ込んで無きゃいいが」
ブツブツと呟きながらも、全速力で竜が発見されたとされる方向へ向かう。
…母さんはともかく、父さんが不安だ。
戦闘経験もさほどないだろうに、母さんに付き添って一緒に行ってしまったのだろう。
死ぬことは無いだろうが、怪我でもされたら心配だ。
…アレンのためにも、頑張らなくては。
「アレか」
【足場生成(透明)】の技能を使用し、空から竜の大群を探し…見つけた。
なるほど、確かに脅威と言いたくなるような数だ。
魑魅魍魎跋扈するこの時代を生き抜く人間たちでも、完全に無傷で、あまり戦力の揃っていない状態で乗り切るのは難しいという事だろう。
「んじゃ、早速行くか…【空間転移】」
遠くに見える竜種たちの目の前に一瞬で移動し、身体能力を限界まで強化し、そのまま『斧』を振るう。
一度力強く振るうだけで、最前列の竜種全員が潰れた。
こんな戦い方は竜種にしか使えないが、使える時はかなり有効だ。
一瞬で目の前の仲間が殺されれば、全員も一度冷静さを取り戻――
「おいおい、無視かよ…!?」
最前列を全て潰し、その風圧で後ろの連中もかなり押し返したはずだが…何故か動きは止まらず、まるで理性等無いと言うわんばかりに突進してくる。
…まさか、誰かに操られてるとか…
「ま、取り敢えず全滅させ―――うぉっ!?」
何度か斧を力強く振るい、何十体もの竜を挽肉にしていた最中、突如俺の体が吹き飛ばされた。
…いや、引っ張られた…?
振り向くと、そこには……
「私の仲間に、手出しはさせない」
極東の人間が着るような、『着物』と呼ばれる服を着た、美男子が居た。