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第三話 解呪と、噂話


翌日、父さんとドラン兄に連れられて、その解呪が出来るという人の下へ向かうことになった。


現在はその道中で、俺にとっては数年ぶりの馬車に乗っての移動になっていた。

走った方が速かったり、馬車じゃ入れないような悪路だったりと、使うに使えない状況が多かったからなぁ…


「しかし、その解呪が出来る人が隣町に居て良かったな!」


陽気に言う父さんに同意するように、俺とドラン兄は頬を緩め頷く。


ドラン兄の言っていた解呪師志望の人は、実は隣町に居るらしいのだ。

アレンの記憶のドラン兄は、様々な場所を訪れているイメージだったから、てっきりかなり離れた場所の人の話をしているのだと思っていた。


「…でも、修行中の解呪師っていうのは依頼を受けないって話を聞いた事があるんだけど」

「あぁ、大丈夫。しっかり師匠さんから許可はとってあるから」


なら安心だ、と返事をして、小窓から外を見る。


この時代に来て、まだそんなに日が経ったわけでは無いが、それでも中々驚かされる事が多い。

例えば、『遠隔通信機』という物。

ドラン兄が解呪師と(実際はその師匠とらしいが)連絡を取れたのは、その遠隔通信機という物があるおかげらしい。

その名の通り、遠く離れた場所と通信する事が出来る物らしく、遠く離れた人間が同じ物を持っていれば、声も映像も届けられるというのだ。


他には凝り固まった背中の筋肉をほぐしてくれる『肩揉み機』や、涼しい風を送り出すことの出来る『扇風機』なる物もある。

どれも、未来には存在しない―――恐らく、何らかの原因で失われてしまった超技術だろう。


未来ではこれらの技術を、『科学技術』だとか言っていた。

魔法を衰退させる物として迫害され、歴史の闇に葬り去られてきた…とだけ本に書かれていたが、本当にそうなのかは定かではない。

もしかしたら、何か隠蔽せざるを得ない物を生み出せるようになってしまい、科学技術全てを失わざるを得なくなってしまったのかもしれない。


「しかし、綺麗な景色だな…」

「お、アレンも景色を見て楽しめるようになったか!」

「父さん…俺だって、風情ある物を見て感慨深く思う事だってあるんだけど?」


見るだけでなく、音を聞いて楽しむことだってある。

水の流れる音だとか、そう言った物に心を動かされるような事だってある。


…そりゃあ強い奴と戦っている時の方が全然楽しいけども。


「到着いたしました。こちらでよろしいでしょうか?」

「…あぁ、指示された場所はここであってる…けど…」

「なんというか、人気が無いね」

「おかしいな、道中はいい雰囲気だったんだが…」


馬車から降り、到着した場所を見て、三人とも似たような反応を見せる。


その視線の先には、活気ある町にはまるで似つかわしくない、おどろおどろしい建物があった。

心なしか、この建物の上空だけが曇っているような気がする。


「と、とにかく中に入ってみようか」

「…なぁドラン、あまりこういうことは言いたくないんだが…友達は、もう少し考えた方が」

「い、いい人だから大丈夫。大丈夫だから」


声を潜めながら耳打ちした父さんを宥めるドラン兄だったが、その表情は露骨に引き攣っていた。

もう少し付き合い方考えた方がいいのかなぁ…と考えている事は、一目瞭然であった。


「あのー……先日連絡したヴィンダーグですけども…」

「やぁ!いらっしゃいいらっしゃい!ささ、中に入って入って!」


意を決してノックした次の瞬間には扉が開き、陽気に声を張り上げながら一人の男が出てきた。

建物の外観との温度差の激しさに、風邪を引いてしまうのではないかとすら思いつつ、父さん、ドラン兄、俺の順にゆっくりと建物に足を踏み入れた。


中は思ったより綺麗で、何故か自宅に居るかのような安心感を与えられた。

だが安心感と同時、何かうすら寒い物も感じたので、結局警戒心は解けなかった。


「いやぁ、まさかドランから連絡を寄越してくるなんて思いもしなかったよ!」

「あ、はは。アレン…弟が困ってるっていうからさ、たまには頼ってみようかなぁなんて」

「うんうん。人を当てにするのはいい事だぞ?どうもドランは一人で何でも解決しようとする節があるからね」


笑顔を絶やさず、紅茶をコップに注いでいくその姿が、今感じているこの雰囲気とまるで似合わず、思わず眉を顰めてしまいそうになる。


「……君が、アレン君かい?」

「は、はい…どうも」

「――なるほど。確かに顔色は悪いね。一体何に悩まされているのか、詳しく説明してもらっていいかな?」


俺の顔をジッと見つめながら、男は質問してくる。

顔色が悪いのはこの家の嫌な雰囲気のせいなのだが…敢えて言うべきではない、のだろうか?

ひとまず俺の悩みを打ち明けることにしよう。こういう時は、包み隠さず話さないと、適切な対応を取ってもらえないからな。


「…急に、魔法が使えなくなったんです。それも、魔力は消費するのに、です」

「…それはおかしいね。魔力が消費されているというなら、魔法が発動出来て然るべきだ。――それで、呪いでは?と判断したんだね?」

「はい」

「そうか…わかった。解呪を行ってみよう……ただ、一つ言わせてくれ」


そう言って、男は立ち上がりつつ俺達三人の目を見て、真剣な声音を発した。


「恐らく、君は呪われていない。呪われている人間特有のオーラを、君からは感じない」

「なっ…」

「……やっぱり、ですか」

「あ、アレン?どういうことだ?」


俺を不思議そうに見てくる父さんに、どう説明すべきかと一瞬悩んだ後に答える。


「…呪いについては、実は少し興味があって調べたことがあるんだけど…呪われている人って、実際に体とか行動とかに変化が出るんだよね。でもそれが無かったから、もしかしたら呪われてないんじゃないかなぁ…と思ったというか」

「…ルンの事を気にして、敢えて言わなかったって事かい?」

「…それもあるけど、やっぱり付け焼刃の知識なんかよりも、本職の人に聞いた方が確実かなぁって思ったからかな」

「まだ本職()()だけど、ね」


厳密には違う。

アレン自身が呪いに興味を持っていたわけでは無く、俺が何者かに呪いをかけられても大丈夫なように過去に調べた事があるというだけで、アレン本人には知るすべも何も無かった。

…いや、ヴィンダーグ家の本棚にはもしかしたら呪いに関する書があったのかもしれないが。


「…呪いを感じないとは言え、発生している現象は呪いによって引き起こされる可能性の高い物だ。気休め程度にすらならないとは思うけど、一応解呪くらいはしておいた方がいいと思うけど…どうする?」

「……聞きたいんだけど、呪いじゃなかったら何が原因で起こると思う?」

「呪い以外は詳しくないんだけど……そうだね。他に可能性があるとしたら、()()かな」


やけに意味ありげな様子で言葉を発しつつ、男は立ち上がり、俺に立つように促してきた。

一度二人の方を見て、頷かれてから立ち上がる。


「…詳しい説明は、取り敢えず後だ。まず先に解呪をやってみよう……ついてきてくれ」

「あの、僕達は?」

「あー…来てもいいけど、慣れない人には辛い光景だと思うよ?」


不穏な発言に首をかしげる二人だったが、問題ないだろうと判断したのか、ついて来ることになった。

そうして俺達は、地下室に連れていかれる事になった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


入った瞬間に、全てを理解した。

このうすら寒さは、これが原因だったのか、と。


壁一面に、極東でよく見られる札が張り付けてあり、その札の文字は血で書かれていた。

床には無造作に人骨のような物が転がっており、部屋全体は血なまぐさい香りで満ちていた。

他にも針の筵や、さび付いた鉄格子等、普通の感性の持主ならば嫌悪感を滲ませるだろう物がこれでもかとばかりに並べられていた。


「……何だい?これ…」

「儀式場、かな。僕の解呪方法は、呪いにより強力な呪いをぶつけて祓うってやり方だから、こういったタイプの方がいいんだ」

「じゃあ、普通はもっと違うのかい?」

「解呪師全員がこういうタイプだと思わないでくれよ?明るい場所とか、屋根の無い場所で解呪を行う人だって沢山いるんだから」


そう言いながら、男(名前はブランドンと言うらしい。道中にようやく名乗ってくれた)は俺の手を引き、唯一何もない空間に連れて行った。

そして、その人一人が座れる分だけのスペースに腰掛けるように伝え、ブランドンは離れていった。


「君はここで目を瞑っていてくれ。すぐに終るけど、僕が「終わった」って言うまでは目を開けちゃだめだよ?」


幾つか質問したいことはあったが、とにかく今は指示に従うべきだろうと思い、目を閉じた。

俺の周囲には誰もいないはずなのに、沢山の人に囲まれているかのような雰囲気を感じる。

目を閉じる前までは特に何も感じなかったのに、目を閉じた瞬間これだ。


より強力な呪いをぶつけると言っていたが、この気配はその強力な呪いとやらに関係しているのだろうか。


背後からブランドンが何かをブツブツと言っている声が聞こえてくる。

すると突然、周囲に感じていた気配が消えた。

立ち去って行ったというわけでは無く、ブランドンが何かを言い始めた時は俺の方へと向かってきていたのだ。

俺に触れるその瞬間で、ふっと消えてしまった…そんな感じがする。


「…終わったよ」


混乱している俺に、ブランドンが声をかけてくる。

今起こったことが何だったのかがまるで理解できなかったが、とにかく目を開ける。


目を開けても、そこの景色はまるで変わっておらず、今まで感じていた異質な雰囲気の正体は終ぞ分からなかった。


「どう?魔法は使えそう?」

「…………駄目みたいです」


簡単な物を使用したが、やはり魔力が消費されるだけで何も起こらない。

落ち込みながら返事をした俺に、ブランドンは「まぁ予想通りだな」と言った。

…まぁ、呪いではないって明言していたし、あまりショックは受けてないのだろう。


「…じゃあ、居間に戻ろうか」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…さて、案の定呪いでは無かったとわかったし、僕の予想を話そうか」

「そうだよ、アレってなんなんだい?」


ドラン兄が、身を乗り出して質問する。

それを手で制し、紅茶を飲んでからブランドンは話始めた。


「…最近、良くない噂がよく流れているだろう?」

「…あぁ、僕達の領地も活気が無くなってる。確か…」

「『五大災厄』……ジェイさんもアレン君も、一度は聞いたことありますよね?」


五大災厄。

アレンの記憶にあるが、実の所知らない。

それのような名前の物は未来で聞いたことがあるが、魔王の来襲だとかその程度の事だった。

しかも二大だったし。


「…世界を滅ぼすに足る、五つの厄災…だがそれは神話上の…」

「えぇ。デマという説も勿論あります。――しかし、その予兆は各地で発見され続けている」

「それは、俺みたいに魔法が使えなくなってる…とか?」

「いや、それはまだ未確認だけど、その悩みが災厄に関係している可能性も少なくない」


…世界を滅ぼすに足る、か。

あの二、三撃で消滅した魔王が『世界を滅ぼすに足る』と思われていたなら笑い話だ。


だが、ここは俺の想像が及ばないような魑魅魍魎が跋扈する過去。

歴史に残っていないだけで、あの魔王を超越するような何かがあったとしても何らおかしくはない。

俺が魔法を使えないのがそれのせいだとしても、なんの違和感もないだろう。


「国同士の関係の悪化、謎の災害…なんなら、竜を見たという証言だってある」

「竜?」

「そう。――姿は神話に描かれている聖竜そのものらしいけど、それが現れるという事は…という話さ」


俺の時代でも、竜なんて御伽噺の存在でしかなかった。

過去なら普通にその辺を飛んでいるものだと思っていたが…案外そうでもないらしい。


しかし聖竜か。

俺の時代の神話では、純白の体に黄金の瞳、蛇のような体躯は世界を巻くことが出来る程とも言われていた。

一説には、浄化の力を持つとも。


もし俺が魔法を使えない現象が、浄化によって解決するのなら…聖竜の存在を追ってみるのも、悪くないかもしれない。

それを家族が許してくれるかはわからないが。


「……だが、それを知ってどうしろって言うんだい?もしアレンの悩みが五大災厄に関わるものだとして、それをどう解決すればいいんだ?」

「そこだよ。災厄を解決するには『英雄』が必要なんだ。この世界の枠組みから外れた、最強のね。そしてそれは、ある人達が呼ぼうと躍起になってる」

「……バルドン王国」


バルドン王国は、俺達が住んでいる国の名前だ。

ヴィンダーグ家はバルドン王国を建国した七人の貴族の内の一人とされている。


因みに他の六つの家は王都に居を構えているのだとか。


「そう。ついにとうとう、民衆の不安を解決するために国が動いたんだ。バルドン王国は他国に比べて民を慮る国だからね。いずれは行動するだろうと思っていたけど…まさか、召喚儀式を行うだなんてね。『北の壁』に風刺画を描く人が増えたそうじゃないか」


北の壁は、王国を覆う四つの壁の内の一つだ。

北、南、西、東…その大きな壁があり、それを繋ぐように少し小さい壁が並んでいる。

バルドン王国が今まで外敵に襲われてこなかったのは、一重にその壁のおかげだとか。


因みに北の壁周辺の住民はとりわけ王家の動きに批判的で、何かあるごとに壁に風刺画を描く事で有名だ。


「近いうちに『災厄討伐軍』を作るという噂もある」

「…まさか、ドランに参加しろと?」

「別にそこまでは言ってないですよ…ただ、もうしばらくすれば災厄が本当かどうかが分かり、討伐されればアレン君の悩みも解決されるかもしれないというだけです」


ただの都市伝説みたいなものですけどね、と笑って付け足したブランドンに、父さんが肩の力を緩める。

これでもしブランドンがドラン兄に参加するように言っていたら、恐らく父さんは殴り掛かっていただろう。


…しかし、災厄討伐軍に、英雄の召喚か…

当てにしてもいいが、正直不安だ。

この時代の人間の戦闘能力に不安があるとかではなく、普通に時間が不安なのだ。


もし俺が成人しても魔法が使えないままでは、ただの親の七光りになってしまう。

それは嫌だ。冒険者になって、まだ見ぬ強者と戦うと決めているのだ。

それだというのに、魔法を発動できないただの親の七光りとして見られるだけだなんて…はっきり言って、屈辱的だ。


―――だったら、やることは一つしかないだろう。

勝ち目は無いし、待っていたほうが絶対安全だが…

俺自身が何とかするしか、無い。


「本当に災厄のせいと決まったわけでは無いですし、頭の片隅にでも入れておいてください。もしかしたらってだけですから」

「……そう、だな。今日はもう帰ろう。呪いじゃないと分かっただけでも収穫だ」

「だね……ごめんよブランドン。邪魔したね」

「いやいや。こっちも久しぶりに師匠以外の人と会話できて満足したよ。あの人自分から何かを言うのは好きだけど、こっちから話すとすごく嫌な顔するからさ。暇してたんだ」

「―――ありがとうございました。もし呪いで困ったら、またお願いします」

「ははは、もしその時に大出世してても、君たちならタダにしてあげるよ」


笑いながら、冗談を言いながら見送ってくれたブランドンに別れを告げ、馬車に乗り込む。


……武器と、戦い方、情報が必要だな。

そんなことを考えながら、家に帰るのだった。

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