第一話 出来る事と、出来ない事
ケリン兄が杖を構えた瞬間、四つの魔法陣が空中に展開された。
どうやら、魔法陣を使うタイプの人のようだ。
魔法使いは大きく分けて四つの戦闘タイプがある。
一つは、詠唱も陣も不要とした、高速で魔法を発動するタイプ。
威力等がある程度下がる事も確認されているが、通常よりも魔力を込めればその辺はカバーできる事も確認されている。
二つ目は、詠唱を使用するタイプ。
詠唱することで、魔法そのものにさらに強固な『意味』を持たせることで、威力や効果が大きく上がるという性質を利用した戦闘タイプ。
基本的に後衛の人間がこのタイプだが、詠唱の文言を出来る限り省略することで速度を増させ、単独で戦闘する奴もいる。
三つ目はケリン兄と同じ、魔法陣のみを使用するタイプ。
こちらは陣に魔法を込め、魔力を一定数流す事で何度も発動させる事を攻撃手段としている。
威力の低下も、詠唱によって生じる隙も少ない分、下準備が大変なのがネック。
ケリン兄を見ると分かるが、前もって陣を刻んだ何かを用意しておく必要があるのだ。
ケリン兄は杖のどこかに、小さく魔法陣を四個刻んでいるのだろう。
そして四つ目…詠唱も魔法陣も使用するタイプ。
正直、こっちを使う奴は稀だ。
本気の戦闘では俺はこちらを使うが、それも最近ではあまり無かった。
詠唱による『意味』の強化、魔法陣による威力の維持と連射性の安定を併せ持つが、それ故に手間も多い。
魔法陣を用意する際に詠唱を必要とし、発動の際もある程度意味の通った文言を必要とする上、魔力も陣を刻む際と発動する際の二度込める必要がある。
正直、戦闘以外でも使う事はあまりないだろう。
さて、ここまで長々と話してきたわけだが、正直魔法は今重要ではない。
相手がどんな魔法を使うのか不明だが、結局剣以外に戦闘方法を持たない俺には関係ないのだ。
「何ッ!?」
剣を振り、迫りくる魔法を全て斬り捨てた俺に、誰かが驚愕の声を上げた。
ケリン兄は、予想外だ、という風に驚いた顔をしたが、すぐに切り替え、別の魔法を放ってきた。
慢心している様子だったが、案外そうでもないらしい。
戦闘中の切り替えの速度なども、並みの冒険者よりもはるかに速い。
「【物理防御】!」
俺の剣がケリン兄に触れる直前に、ケリン兄が木の板を放った。
その言葉と同時に、ケリン兄を剣から守るように半透明の盾が現れ、消滅と同時に木の板が粉微塵になり、消滅した。
どうやら、使い捨ての防御壁だったらしい。
木の板に魔法陣を刻むことで、咄嗟の防御を可能にしたという事か。
「…【起動】」
刃を指でなぞり、呟く。
すると、剣が突如光を帯び、刀身に大量の魔法陣が浮かび上がってきた。
「【斧】!」
剣のままでは再び防御されるだろうと判断し、剣を変形させる。
俺の言葉に呼応するように、刀身の魔法陣の内一つが輝き、一瞬で剣から斧へと姿を変えた。
これがこの武器の一番特殊な点である。
斧や槍のような近接武器は勿論、弓等にも変形し、盾になる事も可能なのだ。
まぁ、近接武器以外にするときは基本的に魔力を使わないといけないんだが。
逆に近接武器の場合は魔力を消費しなくて済むので、基本的にはこちらを使っている。
「危ねッ……なんだよ、その武器。誰に貰ったんだ?」
「それは教えられないかな…」
「チッ…ま、どうでもいいけどよっ!」
茶を濁すと、露骨に舌打ちをして魔法を放ってくるケリン兄。
心なしか、先程よりも密度が濃くなっている気がする。
一応回避は出来るが、視界を防がれてしまってはこちらが不利だ。
まだ俺がそれほど強くないと思ってくれていれば助かるが、それは恐らくないだろう。
…いや、武器のおかげで魔法に対処できたと思い込んでいる可能性もあるか…?
「だったら…!」
力任せに斧を振り、魔法を吹き飛ばす。
ケリン兄は予想していたらしく、驚くことなく冷静に次の魔法を放ってきた。
連続して攻撃する事で、押し切ろうという算段か。
しかし、攻撃の密度が余り濃くないという事は先程吹き飛ばした時に分かっている。
最悪当たった所で、ちょっと痛い程度で済むだろう…多分。
「はっ、馬鹿が!」
俺がそのまま突っ込んだ瞬間、ケリン兄が俺を嗤った。
一瞬訳が分からなかったが、すぐに気づく。
…罠だ。
「【起爆】だ!」
ケリン兄の言葉と同時、俺の足元が一瞬で隆起し、爆発した。
どうやら、先程魔法で俺の視界を覆った時に設置されたらしい。
勢いよく体が空中へ飛ばされるが、案外ダメージは少ない。
だが、隙が出来てしまった。
宙に浮いた俺に向かって、容赦なく魔法を放ってくるケリン兄。
だが、俺もただ攻撃を受けるだけで終わるつもりは無い。
無理矢理体を捻り、斧を剣に変え、迫りくる魔法を切り裂いたのだ。
それだけでなく、落下する最中にケリン兄の方へ体を動かし、着地と同時に攻撃を可能にした。
これですぐに敗北する事は無くなったと思うが…
「無駄だぜ!」
「わかってるっての!」
落下してくる俺に杖を向け、魔法陣を展開するケリン兄。
その顔には、先程まで薄っすらとあった気怠さが消え失せており、何か愉快そうにしている風に感じた。
俺を嘲笑っている、と言う様子でもなさそうだが……まぁ、今は関係ないか。
魔法を完全に防ぐために剣から盾に変化させ、魔力を流して防御範囲を広める。
ケリン兄の使っていた物理防御の応用版のような物で、物理と魔法の両方を防ぐ事が出来る。
魔力を毎回ゼロから込めなければならないが、何回も使えることから重宝している。
「何でもありか…!」
「【槍】…終わりだ!」
魔法を全て防ぎ切り、着地する。
攻撃が効かないと分かってすぐにケリン兄はその場を離れたが、盾から槍に変化させることでリーチを伸ばし、攻撃する。
流石に穂先で攻撃はしない。横に振って、なぎ倒すだけだ。
「【物理防―――ぐあッ!?」
再び懐に手を入れ、木の板を取り出そうとしたケリン兄だったが、俺の攻撃が直撃する方が早かった。
槍は力強くケリン兄の脇腹を殴り、吹き飛ばした。
「……嘘、だろ?あの、あのアランが…?」
「―――はっ!?勝者、アラン!」
審判が数秒沈黙した後、俺の勝利を告げた。
…なんとか、勝ったか。
まわりに被害を出さないような加減した攻撃ばかり使って、その上で魔法等を封じて戦ったとは言え……強すぎる。
これが子供の実力なのだとしたら、大人の、それも冒険者の実力は計り知れない事になる。
かつて最強と言われた俺すら、この時代では三流かそこらの可能性だってある。
「ゲホッ、ゲホッ…」
「大丈夫?ケリン兄さん」
「……お前、どうやってこんな強くなったんだよ?」
「…え?」
「つい昨日まで剣が持てないって言ってたお前が、どうして突然そんな武器を振るようになった?そもそも僕の攻撃を見切る事は、大人でも難しいって言われてるんだぞ?」
「―――見えた物は見えた、としか」
「……へぇ、面白いじゃん」
口を歪めて立ち上がったケリン兄に、首をかしげる。
おかしいな。彼の性格上、負けたとなれば怒り狂うと思っていたのだが…
随分、清々しそうじゃないか。
「……認めてやるよ、お前」
「…はい?」
「アレン、お前は今日から僕のライバルだ」
「……何故に?」
「僕の相手になる奴なんて、この辺には父さんと母さんくらいしかいなかったんだよね。兄弟の方もほら、内定決まってる兄さんとか戦闘能力無しの姉さんにお前しか居なかったからさ」
――なるほど。
人格如何こう言われていたのは、強さによる孤独感からだったのか。
そりゃあそうか。ドラン兄の内定云々は知らなかったが、俺やルン姉では相手にならなかった。
かといって他の家の人間と戦うのは、しきたりだとかなんだとかで面倒くさい。
そりゃあこうもなるか。実際俺も、一人で戦い続けていた時は心が摩耗していたし。
「父さんも母さんも他の家の人との付き合いとかで忙しいし……恥ずかしいけど、寂しかったんだよ」
「それで、ライバルになれって?」
「そう。本で読んだ時からずっと欲しかったんだよ。僕と対等に戦えて、尚且つ話しやすい奴」
「…今朝みたいに、自然と煽る様な事言うかもしれないけど、いいの?」
そしてそれはライバルと言うよりも友達では?という質問もある。
…まぁそれを言えばケリン兄はほぼ確実に不機嫌になるだろうから言わないが。
「いいさ、そういうもんだろ?」
「……俺なんかで、相手になるなら」
「!本当か!!」
無言で頷くと、ケリン兄は今まで見た事が無いくらい(アレンの記憶にも無かった)の満面の笑みで喜んだ。
…そんなに人付き合いに飢えていたのか、彼は。
「なんだかよくわからんが、解決したようで良かったじゃないか」
「うん…でも、ケリンにあんな一面があるなんて…」
「予想外…だけど、そうだよね。もっと一緒に遊んでやれば良かったかな…」
「騎士団に入るって意気込んでたのも悪い事じゃなかったんだし、それでいいでしょ。遅かれ早かれこうなる運命だったのかもしれないし、ね」
「…しかしスー、アレンは…」
「まぁ、どうしていきなりあんな戦えるようになったのかは気になるわね」
後ろで少し不穏な雰囲気になっているのを感じつつも、俺はケリン兄と握手をしてからその場を立ち去るのだった。
貴族の浴槽を、一度味わってみたかったのだ。
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…感想を述べよう。
非常に良かった。
いや、俺が昔入った風呂が余りいい風呂じゃ無かったのも理由かもしれないが。
「…さて、ここまで来ればいいだろ」
辺りを見渡し、誰も居ない事を確認する。
現在俺は、屋敷からかなり走った先に在る山に来ている。
一応父さんと母さんには出かける旨を伝えてあるから問題なしだ。
態々こんな人の居ない場所に来た理由は他でもない。
今の自分が出来る事を細部まで確認する為だ。
ケリン兄との戦いはなんとか武器のおかげで乗り切れたが、この先ケリン兄を超える奴に挑むと考えれば、魔法等の確認も必要だろう。
そう思ってここまで来たが……バレないだろうか。
範囲殲滅魔法等を使えば、結構騒ぎになってしまいそうだが……それくらい、この時代では普通なのだろうか?
しかし、道中魔物に遭遇しなかった以上、ここでは滅多にそう言った事象は起きないという可能性もある。
慎重に、今回はあまり派手ではない魔法を試すとしよう。
「まずは…【火炎爆弾】からでいいか」
【火炎爆弾】…火属性魔法の、初級の魔法だ。
因みに魔法には複数の属性と呼ばれるものがあり、代表的な物は火、水、土、風の四つがある。
どんな人であれ、この四つの属性を使えるが、得意不得意もある。
例えば、火と風は得意だが水は苦手で、土は普通…と言う感じだ。
だが、他にも色々な属性は存在する。
電、氷、光、闇…等々。
どの魔法研究者も、属性は無限に存在するだろうという仮説を立て、納得している。
正直納得してないでさらに掘り下げて欲しいのだが、それは学の無い自分を恨もうという事にしている。
「今回は文言ありにするか……【火炎爆弾】!」
手を突き出し、目の前にある巨岩に向かって魔法を放つ。
…が。
「…ん?【火炎爆弾】!―――発動しない?」
魔力が消費されていく感覚はあるのだが、何故か魔法が発動できない。
一応簡易的な魔法陣と詠唱はしたにも関わらず、だ。
「……早速問題点が出てきたわけか」
一応他の魔法も試してみる事にする。
水属性、風属性、土属性…俗に基本属性と言われる属性の魔法は、全て不発だった。
無論、範囲殲滅系の魔法もだ。
「不味いな…魔法が使えないのか…」
他にも何個か基本属性以外の魔法を試したが、どれも使えない。
……いや、身体強化系の魔法は一応使えたのだが…群れで襲い掛かってくる魔物を敵にするには、少し心もとない。
「…どうして魔力が無駄に消費されるんだ?これ」
魔力の消費すらされないなら、アレンの能力になってしまっているんだな…で諦められたが、実際発動に必要な量の魔力は消費するのだ。
これは、何か理由があって発動できないのではと思ってしまう。
「それさえわかればなぁ……ま、考えても仕方ないか」
頭を抱えるのをやめ、武器を手に取る。
今度は、剣に付与してある魔法陣の使用が可能かを確かめる。
変形だけが魔法陣で刻んであるわけでは無く、武器に付与されている魔法…例えば、攻撃した相手を即死させたりだとか、そういったものも刻まれている。
それが使えなくなっていたら、本格的に頭を抱える必要があるのだが…まぁ、その時はその時だ。
「【滅魔斬】…は使えたからいいか。取り敢えず【炎纏】やってみて、だな」
滅魔斬は、ケリン兄との戦闘で使っていた、『魔法を斬る』技だ。
滅属性と呼ばれる、闇属性の中でも稀有な属性の魔法を付与する事で可能になる。
炎纏は、名前の通り武器に炎を纏わせる技(技、だろうか)で、所謂『飛ぶ斬撃』を使用する際に使えば、ただの斬撃に炎が付与されることになる。
【火炎爆弾】を失敗した以上、この程度の簡易な陣も起動できなさそうだと考えはしたのだが…
「……やっぱり駄目か」
予想通り、不発だった。
魔力は通るし消費もするのだが、結果だけが出ない。
この後も他の魔法陣にも魔力を通してみたが、結局発動できたのは【滅魔斬】と【奪命】だけだった。
因みに【奪命】は、攻撃した敵の生命力を簒奪して武器を新品同様に変えたり、俺の傷を癒したりすることの出来る技だ。
発動時の魔力消費は馬鹿げているので、ある意味まともな魔法だろう。
「取り敢えず、俺がどういう状況になっているのかだけはわかった……困ったな、これじゃ強敵探しどころじゃねぇぞ…」
武器を仕舞いつつ、真剣に考える。
元々俺は武器だけじゃなく、魔法を組み合わせて戦うタイプだった。
まぁ最後の方は殆ど一撃必殺だったけども。
しかしここに一撃必殺出来るような敵が居るとは到底思えない。
ならば、俺の一番手馴れている戦い方を取るのが最優先なのだが…
「いっそ見た目そのままで良かったから、俺の能力もそのままにしておいてくれりゃよかったのになぁ…」
泣き言を言いながら帰路につく。
ベッドで寝れる、大浴場でのんびりできる等のいい事はあるが、正直元の見た目のまま逃亡生活を送っても、力がそのままなら良かった。
慣れ親しんだ物が無くなるというのは、存外心に来るものなのだ。
走り続けて十数分経った所で、家の裏口が見えてきた。
強化を使って走ったので行きの時よりも早く到着したが、あまり大きな差は無かった。
恐らく――と言っても予想はしていたが、発動できる魔法もかなりグレードダウンしているらしい。
輪廻逆行の代償か、それとも何か別の理由か……
「お帰りなさいませ、アレン様」
「え、えーっと…いつからそこに?」
「お出かけになられてから、ずっとお待ちしておりました」
恭しく頭を下げる白髪の老人に、少し後ずさる。
…いい人、という事は知っているんだが、やけに俺達に対する忠誠心が強いのだ。
前もって記憶で知らなければ、初対面で攻撃してしまうくらいには恐ろしい。
いや、慕われるって言うのはいい事なんだろうが…これは少し、度が過ぎているように感じる。
「夕食の準備はまだ途中ですが、もうじき完成かと」
「あ、あぁ……じゃあ着替えて来るから、父さんたちにそう伝えておいてくれ」
「かしこまりました。それでは」
俺に会釈をして、家の中に入って行く。
その姿もすごくピシッとしていて素晴らしいのだが、何故か恐ろしさを感じる。
…もしや、この家で一番強いのは彼なのではなかろうか。
そんな事を考えながら、俺は自分の部屋に向かうのだった。
今までは『チートにしなくちゃ生きていけない病』を疾患したまま書いていましたが、今回は強いっちゃ強いけど他にも強い奴はいるぞ的な感じにできたらなぁと思っています。
その結果、本来の実力の半分出せるかどうか、と言う扱いにしました。
どうせこの後すぐに強くなりますが、それまでは苦戦したりすると…思います。はい。