顔してる
宵に、坂道を上がっていたら、
後ろから声をかけられた。
「きれいな月やね」
唐突に切り出された言葉に、
自分に放たれた言葉ではないと、
私は、そのまま歩いた。
「ほんと、きれいな三日月。
ほんと、きれいな顔してる」
顔を誉めるなんて、どんな人だろう。
子供の頃、時々、聞いた言葉。
私は、その声の主が気にかかり、
信号の所で、何気なく後ろを見た。
「こんばんは。ありがとうね」
華奢な人がいて、すぐに消えた。
微かに目に残る面影は、
一番若い、叔母の笑みだった。
蒸し暑い毎日に、ふらふらする。
こんなこともあるのかと思った。
私は、ガードレールに腰をかけ、
信号が変わる間、月を見た。
きれいやねと、また、聞こえた。
額の汗が、一筋、目に染みた。