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私の不安。

  清々しい気分だった。

  ゆっくりと目を開ければ、部屋の中は真っ暗で、大きな窓から月明かりがさす。


  ムクリと身体を起こし、ぼーっと部屋を見つめ、がくりと項垂れる。


  夢じゃなかった………。


  はあぁぁぁぁぁぁぁあ。

  盛大な溜め息が漏れ出る。

  一気に気分が急降下した。

 

「どうしよう。どうしたらいいのかな」


  また思考の闇に陥りそうになり、被りを振る。

  ベッドの上に座り込み、足に掛けられた上着に気付く。

  再び膝立ちになり、上着を引っ張り手繰り寄せる。

  が、暗くてよくは見えなかった。

  上着を畳み、サイドテーブルに置く。


「まだ夜かぁ」


  喉が乾き、恵理奈は辺りを見回した。

  寝る前に泣いたからだろう。目蓋が腫れているのがわかる。重い目蓋を持ち上げ、キュッと目を凝らす。

  真ん中辺りにあるソファーとテーブルに物が置いてあるのが見えた。

  さっきまで月明かりしかなく余り見えなかったが、目が慣れたのか水差しとグラス、そして半円のカバーが付いた食器とカトラリーが入ったケースが置いてある。

  ソファーには綺麗に畳まれたタオル類やブランケットに似た物まで用意されていた。

  恵理奈は立ち上がり、そこへ行くと真っ直ぐに水差しとグラスを取った。


  お腹は少し空いている気はするが、食欲は無かった。

  そのままグラスに水を入れ、一気に煽る。


  美味しい……。


  染み入るようなそれに、溜め息が漏れる。

  恵理奈はお代わりを繰り返し、水を煽るように飲んだ。


「ご飯も気にしてくれたんだ…」


  チラリと視界に食器を捉え、それでも、頭ではわかっていても、まだ、追いつかない。

  カタン…と水差しを置き、ドサリとソファーに腰掛ける。

  そして、深い溜め息。


「ヤバい。溜め息しか出ない」


  カツンと額に空のグラスを押し当てる。

  冷たい感じが気持ち良い。

  腫れた目蓋に押し当てる。


「腫れ、明日になったら酷い事になってるのかなぁ。冷やすのあるかなぁ。……早く治ると良いなぁ」


  目を閉じたままボソボソと呟くと、そこに暖かい光が見えた。


「ん?」


  気になって少し目を開く。

  部屋の中は相変わらず真っ暗だった。


  なぁーんだ。気のせいか。


  再び深い溜め息。


「やっぱり、帰れないのかなぁ………」


  どうしてもそれから離れられない。

  帰れないなら、いや、例え帰れても、それまでどうやって生きて行こう……。


  帰り方を調べる必要がある。

  アレク達は無いと言うが、それが嘘なのかも分からない。

  はたまた、王子達が知らないだけで他国にはあるのかもしれない。

  少なくとも、召喚の儀が行える場所ならば他にもありそうだ。ただ、そういった物は秘匿されているのかもしれないが……。


  恵理奈はリュックを下ろし、参考書を取り出す。


  勉強しなきゃ。


  ガサゴソとカバンを漁り、ジワリと目の奥が熱くなる。

  暗いながらも、どうにか中は見える。

  しかし、嫌な思考が頭を掠める。


  帰れたとして、それはいつ?

  一週間や二週間ならばまだどうにでもなる。

  しかし、一カ月過ぎれば話は変わる。

  入試が始まる。

  一カ月以内に、帰れるかと言われたら、他国の文献を探さなければならない以上、不可能に近いだろう。

  一箇所で当たりを引けば良い。もし、ダメなら?

  試験無視して、帰ったとしよう。


  今更?


  どこかに拉致されたとして扱われ、好奇の目に触れるんじゃないだろうか。

  拉致監禁されて、凌辱されたと扱われるのだろうか。

  ここの話をして、一体誰が信じてくれると言うのか。

  気が触れたと、おかしくなって帰ってきたと言われ、精神科医に受診させられるのが妥当だろう。

  そうすると冷えた思考はどんどん進む。


  お父さんも、お母さんも、本当に喜んでくれる?


  今はきっと悲しんでくれているだろう。

  心配してくれてるだろう。

  でも、帰ったらどうなんだろう?


  喜んでくれるのは、どうせ最初だけなんじゃないかな……。


  世間の目や、哀れみや、体裁的なもので……私は、結局お荷物になるしかないんじゃない?

 

  帰ったら医学部について話してみようかな。

  きっと、聞いてくれるだろう。

  でも、それまでなんだろうな。

  望まれる従兄弟と、望まれない私。


  それを余計感じなければいけないのは辛い。

  恵理奈はきゅっと唇を噛んだ。

  時間が開けば開く程状況は良くない。

  気持ちとしては、今すぐにでも探しに行きたい。しかし、冷静に考えればお金や手段がなく、目的地も定まらないまま動くのはどうかとも思えた。


  考えれば考えるほど、ドツボに嵌る様だった。


  ギュッとリュックを抱きしめる様に、ソファーの上で膝を抱え込み、リュックに顔を置き、溜め息一つ。


「答えが見つからない。帰りたい。今すぐに」


  涙が頬を伝う。

  リュックに付けたぬいぐるみが益々胸を掴む。

  お父さんとお母さんと、遊びに行ったお土産に買って貰ったぬいぐるみ達。

  友達と色違いでお揃いにした足裏にツギハギがあるぬいぐるみ。


  みんな、少しは心配してくれてるかな……。

  受験前だから、私の事なんか忘れちゃうのかな。


  ツンと指でつつく。


  戻れないなら、みんな忘れて?

  私も、記憶が無くなれば良いのに。

  そうしたら、辛くない。

 

  帰りたいって思わなくて済むのに。

 

  帰れないのに、帰りたい。

  無理でも、帰りたい。


  鼻の奥がツンとする。

  グスッ……。


  ダメだ。また泣いちゃう。


  恵理奈はリュックに顔を埋めた。


  朝になったら、とにかく、勉強しなきゃ。

  戻れた時用に試験勉強と、戻る為のこの国の事を………。


  ぎゅっと目を瞑る。

  暗闇が不安を呼び起こす。


  楽しかった事を思い出そう。

  ぬいぐるみ(このこたち)の事を考えよう。


  意識して不安を打ち消す。

  優しい光が眼裏に満ち、楽しかった思い出達が溢れかえる。

  同時に、虚しさと孤独の波が押し寄せる。

  大丈夫。なる様にしかならないから。


  涙が溢れる。

  溢れた涙がこぼれ落ちた時、恵理奈は再び夢の世界へと戻る事が出来た。

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