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王子は初めて罪を知る。

  寝室の入り口を守護していた騎士に聞くと、少し前から静かになったと聞いて、アレクはノックをしてみた。


  しばらく待つも、返事は無い。


  迷ったのは一瞬。

  アレクはゆっくりドアを開けた。


「サトゥー様?」


  声をかけ、ゆっくり開いていく。

  しんと静まり返った部屋。

  奥のベッドに目をやると……。

 

  後ろから警護の騎士が覗き込もうとした気配を感じ、アレクは素早く中に入りドアを殆ど閉めた。


「でん…」

「大丈夫だ。少し見てくる」


  言うが早いか、ドアを閉めた。


「………」


  ツカツカとベッドサイドまで歩み寄り、その姿に片手で顔を覆い盛大な溜め息を吐く。

  ベッド周りはシワだらけ。ベッドにダイブし、そのまま突っ伏して泣き疲れて寝たのだろう。

  涙に濡れてぐちゃぐちゃの顔に、綺麗な漆黒の髪が張り付いていた。

  ポケットから取り出したハンカチで涙を拭い、髪を脇に流して整える。

 

「グスッ……っく……」


  スン………。


  はの字になった眉は頼り無く、寝ているにも関わらず肩を揺らし、鼻をすすり、しゃくり上げていた。

  拭っても拭っても、涙は枯れる事なく閉じられた長い睫毛から溢れてくる。


「すまない。親が恋しいのだな。まだ幼いのだろうか………」


  十代前半辺りだろうか。

  年を聞いていなかった事に思い至る。

  ベッドの端に腰掛け、頭を撫でる。


「夢の中ぐらい泣かなくても良い」


  アレクの手が仄かに光る。

  気持ちを落ち着ける精神安定の魔法を使う。

  しばらくして恵理奈は泣く事をやめ、穏やかな表情になり、規則正しい寝息が聞こえた。

  アレクの口角が上がる。

 

  しばらく彼女の髪をすく様に撫で、羽織っていた上着を脱ぐ。

  アレクが誰にも中を見せず急いで中に入ったのは、恵理奈のスカートがギリギリまで捲れ上がり、中に着ているサイドリボンが付いたヒラヒラの黒いレースの下着が見えていたのだ。

  ペチパンツとも言う見せパンなのだが、こちらにその様な物はなく、彼がそれを下着と認識するのは仕方がなかった。

  顔を背け、捲れ上がったスカートを引っ張り整えると脱いだ上着を彼女に掛ける。

  首まで赤くしてそうすると、アレクは頭が熱くなり大きく息を吐いた。


「すみません……サトゥー様。でも、必ず守ります。だから、おやすみなさい」


  せめて夢では、泣かないで。


  アレクはもう一度名残惜しそうに恵理奈の髪を撫で、つと、頬に触れる。


「ん……っ」


  恵理奈が身動みじろぎをし、指先が唇に触れ思わず驚いて手を引っ込めた。

  ふわりと、花がほころぶように恵理奈が柔らかく微笑む。

  釣られる様にしてアレクも笑みを浮かべる。


「良い夢を……」


  もう一度頭を撫で、アレクはその場を後にした。

  胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。


  聖女は聖王の対になる者。


  何もない、辛い彼女にとって、自分がそうあれればいい。

  そう願ってしまった。


  その為の努力をしよう。

  アレクは部屋を出ると心配そうに側にやって来た自分の乳母を見た。


「カッシーナ。どうか彼女の母になる様にどうか寄り添って貰いたい」


  アレクの言葉に女官として控えていたカッシーナは深々と頭を下げた。


「勿体ないお言葉です。サトゥー様の事は娘と思い、守り抜きます」

「聞いていた様に、何も知らず、分からず、突然神により選ばれ、見知らぬ地に来たのだ。この国の常識からかけ離れた人だろうから色々気苦労はかけると思う。だけど貴方しか頼れない。他にも何人か付けているが女官長はカッシーナに任せる。どうか多少の我が儘は聞いてあげてもらいたい」

「分かりました」

 

  カッシーナが力強く頷くのを見てアレクも頷く。


「既に彼女が目を覚ました事はじきに兄達にも、伝わるだろう。何かあれば直ぐに知らせてくれ」

「はい」


  王太子と王妃そのはは

  それは第二王子であるアレク陣営の者達にとって実に目の上のたんこぶだった。

  王太子として贅を尽くし、甘やかされ、みるみるうちに堕ちていった第一王子。

  王の寵愛だけは深くけれど身分は、伯爵でもかなりの低い地位の側室から生まれた第二王子。

  側室は王子をきちんと育て、王妃は王子を甘やかした。

  その結果がコレだ。

  勤勉で、出来の良い弟と堪え性のない兄。

  聖王の話を聞き、我こそは聖王だと召喚の儀をしようとしたところを王妃の妨害にあった。次は王妃に止められた。そう、止められたと言えば聞こえがいいが、正確には監禁されたのだ。


  王太子を死なす訳にはいかない。

  しかし、世情的にももはや猶予が無いのは事実。

  だから失敗でも良い。

  召喚の儀を執り行う必要があったのだ。

  王妃と国王たる父から謁見の間に呼び出しを受け、正式に召喚の儀を託された。


  そう、王妃にとっては第二王子こそ目の上の瘤。


  体良く第二王子を厄介払いする為に。


  誰も成功するとは思っていなかった。


  召喚の儀の前夜、国王でさえこっそりと第二王子に会いに来て涙をこぼし、謝った。

  しかし、国王は兄よりは弟…アレクの方が聖王に相応しいと思っていた。だから一縷の望みを託したのだ。


  召喚の儀の経緯を知る者として、カッシーナは奥歯を噛み締めて改めて恭順の意を示した。


  未来の王子妃を何としても守り抜くと。


「シャス、くれぐれも彼女に押し付けないように。何度も言うが、彼女は望んで来たわけではない。我々が呼び、たまたま神に選ばれ、自身の生活を取り上げられてここに来たんだ。それだけは忘れてはいけない」

「でも王子妃だよな?しかも、聖王の妃だろう。誰もが羨む地位を手に入れるじゃないか」

「彼女はそんなの望んでいないだろう?要らないものを貰っても嬉しくないだろうが。そういうのを押し付けと言うんだ」


  キッパリとアレクは言う。

  頭で分かっているが、口に出してみると何とも虚しいものが占めた。


「は?じゃあアレクは聖女様と結婚しないのか?」

「今はそんな事を話す段階じゃないと言ってるだけだ」


  もしも彼女が誰かを好きになれば、どうにかするのが自分の仕事だ。

  これ以上彼女から奪う訳にはいかないのだから………。


「わっかんねーな。もう俺は口を出さない。……分からないからやっぱ聞くと思うけど」


  ガシガシと頭を掻き毟るとシャスは立ち上がった。


「俺の忠誠は聖王と対なる聖女様に」


  騎士の礼をとるシャスにアレクは苦笑した。


「もうさ、外したら?」


  今までの会話をずっと聞いてきたレンが冷ややかに口を挟む。

  穏便ではないセリフにシャスも怪訝な顔をし、アレクも顔をしかめる。


「つまり、シャスの言う対って嫁って意味だろう?アレクや俺は嫁って意味ではなく、聖王が男なら聖女は女。ただの二対って意味で言ってるんだ。今のサトゥー様に聖女だの王子妃だの無理だろう。まずお互い知り合う事が先だろうに。あっちからすればアレクは呼び出した張本人。良い気はしないだろう。それをいきなり嫁になれってちょっと酷くないか?

  カッシーナさん、貴方もそこはちゃんと抑えてくれるよね?」


  レンはそのまま鋭くカッシーナを見る。

  言われて思い至ったのだろう。

  直ぐに取り繕ったが、彼女が小さくハッとするのを見逃さなかった。


「ほらね。聖女としては……でも、王子妃としては求めている。

  全員、考えを改めて。もうね、怒らしちゃいけない神様の客人を預かっているぐらい思って?

  多分、それぐらいじゃないとあの服装や髪型からやっていけないよ?しかも、こっちの学者か何か並みに数学は学んでる。くれぐれも、怒らせないで。それで良いよね。アレク」

「そうだな。確かに、神の客人だな。シャスも改めて頼むよ」

「承知しました」

「では一旦退出しようか。カッシーナ、無理にとは言わない。彼女が起きたら、夕食は一緒に食べたいと聞いてみて?嫌がれば無理はしなくて良いから」

「分かりました」


  カッシーナの返事にアレクは小さく頷いた。

お読みいただきありがとうございます!

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