思いがけない静かな死
「この子はA?」
「そう。最初に池に浮いていたのは、この子だと思うわ」
「でも……一緒に写真撮っている3人の子が、死体なら気がつくだろう」
「A母が、Aは眠っているから身体を支えてあげてと、言ったのよ」
写真をよく見れば、
後ろの2人の手は、Aの肩の上にあった。
幼い子ども達は、大人の言葉に従ったのか。
「A母はAを抱いて、庭へ連れて行き、この位置に座らせ、一緒に写真を撮ろうと他の子を誘ったの」
「これが死体なら、いつ死んだの?」
「家に着く前ね……車の中で」
「確か、A母は、眠っていたと言っていた。家に帰ってジュースを飲んだと、」
「それは嘘ね」
他の母親達は、自分の子が、いつどこに居たかも把握していない。
つまり、Aを見たという証言は無い。
「母親がAを殺したのか?……他の子も殺したのは偽装工作?……死亡時間も死因も違うから、すぐバレルだろ」
「殺して無い。偽装工作でもない。Aは病死だと思う」
「……病死?」
「発表会には行ったけど、舞台に上がれる状態ではなかった。朝から体調が悪かった」
「それは、幼稚園側は、分かっている事だよね」
「当然。でも事件に直接関連性が無いから公表はされていない。同じ役が4人。幼稚園では珍しく無い。当日どの子が休んでも困らないように1つの役を数人が演じるの」
数人一緒に登場する場合もある。
今回のようにシーンごとで替わるケースもある。
どちらの場合も全員が全ての台詞を覚える。
最悪一人居れば劇が成立するように工夫している。
年少であれば尚更だ。
直前に、舞台に行くのを嫌がって泣き出すこともある。
「こんなシーンが眼に浮かぶの。……発表会が終わって、B、C、Dの親子は駐車場のA母の車に向かった。助手席にはAが寝ていた。3組の親子は、劇の話をしている。Aが出演しなかったことは大きな話題にならない」
「誰も、気がついていなかったのか?」
「それは、無いわ。出番が4人ランダムなら母親達は眼を凝らしてティンカーベルを見ていた筈よ」
「でも、3人の話にAが出演しなかった事は出てない」
「そうでしょ。どーでもいい事だった。他の3人にとってはね。家ランチも、A母が誘ったから、嫌々行ったと言っている。接待するA母への気遣いは、全く無い」
「A母が誘ったのは、成り行きだろ? D母が家ランチをドタキャンして困っているとC母に言われたからだ」
「A母から誘わないでしょ。C母の思いつきよ。家は広いし車は大きい。家ランチに使えると思ったのよ。A母は、断り切れなかったのよ。子供の為に仕方ないと」
「Aは発表会が終わって、皆が車に乗り込んだときには、死んでいた。それしか考えられないわ」
「どうして?」
「登園したけど、元気が無い、ぐったりしてる……発表会に出るのは無理だと園に連絡した…少し眠ったら元気になると車の中で寝かせた……暫く経って触ってみたら、冷たかった。そんな、静かで、呆気ない死に方だったと思う」
A母は発表会の間、駐車場に
Aと車の中に居たのだと、
マユは推理した。
「A母が、現実を受け入れる前に、発表会は終わった。B、C、Dの親子は、A母の車に乗り込んだ。
A母の心情を考えてみて。自分の大切な娘は死んでいる。今更どんな救命行為を施しても蘇生しないことは、A母には分かっている。知性的な人だから。
絶望、もう、人生終わり……他の状況での突然死なら、救急車を呼んだでしょう。
それしかやるべき事はない。
でも、娘の、不条理な死を知った直後に、元気な子ども3人と、母親達を見たのよ」
人生終わった。
この子と一緒に死のう。
夫が帰ってくる前に死のう。
夫に、娘が死んだと、言えない。
この子を抱いて、死のう。
夫に、母と父に、義母と義父に、謝罪の手紙を残して、死のう。
車の中でボンヤリと考えた。
しかし思考は中断される。
ティンカーベル3人と、
顔を知っている程度の母親達が
当たり前のように車に乗ってきた。
ああ、
そうだった。
この人たちが、家に来るのだった。
親はどうでもいい。
3人のティンカーベルに眼は行く。
元気だね。
普通に、生きているんだね。
………。
娘に、心の中で呟く。
ゴメンネ。
ママは何もしてあげられなかった。
でも、ひとりぼっちでは逝かせない。
友達も一緒に、
あっちの世界に連れていってあげる