Aの母が語った事
電話を掛けてきた翌日、結月薫が工房に来た。
いつものように酒とコンビニで買った食料を携えて。
いつものように、泊まる気満々の遅い時間に来た。
「コレが例のヨウムか。かわいらしいやん」
椅子の上に置いてある剥製を触ろうとする。
(マユだから、マユの椅子に置いていた)
「触るな、まだ乾いてない。……絶対さわるな」
誰であれ、<マユ>に触るのは嫌だった。
「そうか。抱っこしたくなるような可愛い鳥やけど、我慢する」
「それで、どういう状況でティンカーベル達は発見されたの?」
薫の関心をさっさとヨウムの剥製から逸らしたい。
「被害者の一人、仮にAとしよう。池はAの家に近い。まあ、近いと言うより、家の裏が池や。幼稚園の発表会の帰りに、被害者B、C、D、親子がAの家に集まっていたらしい。ママ友ランチやな」
「母親と子ども……8人居たのか?……それで子どもが4人とも池に落ちたの?」
「池には150センチの柵がある。子ども達が柵を越える事はできない」
「じゃあ、誰かが池に落とした?」
「そうなんやけど、今のところ、池に近づいた者の形跡が見つかっていない。事件当時は雪が4センチ積もっていた。関係者以外の足跡は、無かった。コレがAの家と池」
スマホの画像を数枚見せる。
敷地80坪程の家だ。
三輪神社に近い山手の住宅地。
35軒、建っている中の、池に隣接する家だった。
1階は10畳のキッチンと広いリビング。風呂、トイレ。
2階は6畳2部屋、四畳半1部屋、トイレ、
庭は2台分のカーポート以外に、芝生のスペ-スがある。
「……だったら、母親達の中に犯人がいるのか?」
「それが、分からない。4人ともショックが大きすぎて、酒も入っていたし、話が曖昧や」
「昼間から、酒盛りしていたのか。今時のママ友ランチは、宅飲みも有り、なんだ」
「被害者Aの家に来てから、池の遺体を発見するまでの、自分たちと、子ども達の行動を母親4人に聞いた」
Aの母が語った事。
「家に着いたのが12時30分頃です。家の車で、私が幼稚園から家まで、皆さんを、お連れしました。すぐに皆さんには、リビングに入って頂きました。
私は飲み物の用意をしたり、唐揚げをレンジで温めたりして、席に着いたのは10分くらい後です。
娘は車の中では眠っていましたが、眼を冷まして、台所でパイナップルジュースを飲みました。それから、お友達のところへ行きました。
1時間ぐらいして、子ども達が退屈し始め、2階へ行ったり、庭へ出て雪を触ったりしていました。
雪が積もり、綺麗だったので、一度、子ども達の写真を撮りました。
1時49分、に撮っています。(子ども達の生前最後の画像)
私は殆ど台所に居ました。皆様にワインやデザートを……お出しするので忙しかったのです。
2時くらいから、1階で子ども達の気配がしないとは思っていました。
2階で遊んでいるのだと思っていました。
喉が渇いたかも知れない、ジュースでも思って2階へ声を掛けに行ったんです。
2時半頃です。子ども達は居なくて……何気なく窓の外を見たら……池に浮かんでいました。
その時は一人です。ティンカーベルの衣装です。娘なのか、別の子なのか、分かりません。それから先の事は覚えていません。叫んで、叫びすぎて、頭が変になって……池までどうやって行ったのか記憶がありません」
「この人が最初に見た時は、池に浮かんでいたのは一人、だったのか?」
「そうやねん。ミステリ-やろ」
「……うん。……Aの母はどんな人?」
「42才、Aは一人っ子や。横浜出身。幼稚園教諭の経歴で現在は専業主婦。ダンナは38才。役所勤務。結婚したのは5年前。この家は築5年」
「この人は犯人じゃなさそうだよね。三十代で結婚、出産。大切な一人娘と友達3人殺す理由が無い」
「うん。俺もそう思う……では、Bの母、な」
「うん」
聖はチラリと、ヨウムを、(マユ)を見た。
剥製のガラスの眼が光った気がしたから。
(マユ、君も聞いているんだね)
聖は心の中で呟く。