約束
A母の名前は公表されなかった。
精神鑑定の必要があると見なされたらしい。
「母親達に、落ち度はあった。でも子ども達には罪は無い。睡眠薬替わりにシロップを飲まされ、氷の張った池に投げ込まれた。残酷すぎて許せないわ」
マユは、A母の行動は冷静、冷酷で、精神状態に揺らぎは無かった、と言う。
「シロップは、子ども達が、勝手に飲んだと言っている」
「死人に口なしだわ。元幼稚園の先生でしょ。子どもの扱いには慣れている。子ども達は、指示に従った。シロップは甘いし」
「まだ3才。ちょっと変だと感じても、言われて従ったのかな」
「そうね……」
マユは、そこで言葉を切って、
何かを思い出したかのように、視線を遠くへ、とても遠くへ、逸らせた。
「遊びたくない友達だけど、……嫌だと言えなかった」
「……それ、君の事?」
「意地悪で、叩いたりするの。側に、いつも、お母さんが居て守ってくれたけど。……そんな事が、あった気がする。今不意に思い出したの」
「……意地悪な友達?」
「とても怖い事があったわ。帽子を、取られたの……返して、って言った。そうしたら、酷いことされたの」
「叩かれた?」
「叩かれた。それから髪を掴まれて……真っ黒な……何だろう…とても怖かった。落とされる、と思った。死んでしまうと……」
聖は、
紛れもなく、本当の<山本マユ>が古井戸に落とされた、
あの日の事かもしれない、と気付いた。
「でも、落とされなかった。どうして?」
「……お母さんが助けてくれた」
<山本マユ>の母は
幼稚園の帽子を被った娘を<雪菜>と間違えて、
井戸に突き落とし殺した、
と、結月薫と一緒に、推理したのだった。
有名幼稚園に行くのを妬んでの犯行だと。
しかし、
マユの記憶は別の事実をあぶり出す。
「君を育てたお母さんは、娘が君を井戸に突き落とそうとしていたのを……止めようとして……結果、娘が古井戸に落ちた。それが真実かも知れない」
「お母さんが助けてくれた。間違い無いわ。……ああ、でも、その時は私のお母さんじゃ無かったのよね。……でも、私の記憶ではお母さん、なのよ」
「お母さん、だった時間の方が、はるかに長いからね。記憶の最初から、君は『お母さん』だったと認識しているんだ。実際君は実の母親を覚えていないんだろ?」
「覚えていない……あ、でも……『ママ』と呼んでいた記憶はうっすら、あるかも」
「ママ、か。もしかしたら本当の『マユ』は母親を『おかあさん』と呼んでいて、君もそう呼んでいたのかも知れない」
<山本マユ>が井戸に落ちたのは、事故の可能性が出てきた。
乱暴する娘を友達から引き離そうと、抱き上げ、それでも暴れ
運悪く、落ちたのではないか。
「事故なら、どうしてすぐに救急車を呼ばなかったのかしら?」
「深い井戸だよ。頭から落ちて助からない事は分かったと思うよ」
「私を誘拐して身代わりにしたのは、何故かしら?」
「現実を受け入れられなかったんだろうな。……娘が死んだ事実も、どうして死んだかといういきさつも」
わずか3才の娘が、友達の髪を引っ張り、井戸に落とそうとしていた、
母親にすれば悪夢のような光景ではないか。
「私は全てを目撃していた、だから連れ去ったのね」
「君を身代わりに出来る条件は揃っていた。元々人づきあいは無く、引っ越した直後だ」
「身代わりは成功したわ。本当の両親だと信じて育ったもの」
「本当の娘だと思い育てたからかも。過去は忘れて」
「井戸の中の娘も忘れたの?……父も母もいつも優しくて明るい家だった。病気のせいで人並みに学校に通えなかったけれど、幸せだった」
「愛されてたんだ」
「そうね」
マユは微笑む。
「そんな事より、なんか映画みる? 見放題の登録したんだ。いつでも映画見れるよ」
「アニメもあるの?」
「うん」
「すごーい。こんなに、あるの。迷っちゃう」
嬉しそうだ。
「取りあえず、今夜はコレかな」
近未来戦闘モノをチェイス。
「……なあんだ。セイが決めるんだ」
「今夜はね。順番にしよう。明日はマユが選んで。そういう約束にしよう」
「成る程。わかったヨ。それでいいわ」
聖は(やった)と思った。
これで毎晩でも、マユに会う理由が出来た。
なにか事件があると(約束のように)マユは現れる。
何も無いときは(それも約束のように)会えない。
明日の約束を、
マユは承諾した。
聖は特別な事(事件)が無くても
毎夜、マユに、
出てきて、欲しかった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
仙堂ルリコ




