ティンカーベル
神流 聖:29才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
1月17日、
聖は隣組の会合に向かった。
県道を暫く走り、
森を抜け出ると、小さな集落が在る。
畑の中にポツポツと七軒。
いずれも築年数不詳の、敷地の広い、純和風の家。
集会は、かつては、組長の家で開く習わしだった。
しかしいつからか、楠本家に固定された。
県道沿いにある<楠本酒店>
前がバス停。
酒屋だが、日用品、お菓子、飲料も売っている。
昔食堂もやっていた名残で、店の奥は二十畳の和室。
寄り合いの場所には都合が良かった。
ついでに会合の数も減った。
毎月、顔を合わせる用事も無い。
盆と正月と秋祭りで良いと、なった。
座敷にあがると、車座に座布団が八枚敷かれ、七人座っていた。
見知った顔が一斉にセイを見る。
60代からから90代の顔が。
皆顔が赤い。料理に酒は半分減っていた。
「セイちゃん。遅かったな」
新年会の雰囲気。
車で来たので飲めないのが残念。
シロも待たせている事だし、挨拶して皆にお酌して、
早々に帰ろうと、決めた。
「ミチルさんに薬局であったよ。相変わらず、着物で、しゅっ、として綺麗やった」
「あの人は若いときに女優さんやったらしい」
と<ミチルさん>の噂話に花が咲いていた。
「誰、ですか?」
一応話に入ってみる。
「セイちゃん見た事無いか? 今時、いつも着物でな、水色の軽自動車、運転している、」
「……着物」
聖は<着物>に反応する。
今時着物、お婆さんでも珍しいのだと、あらためて思う。
実は、
工房で、ちらちらと、<着物を着た何か>が目に入るのだ。
白地に春の花……袖の柄は、ハッキリ見た。
「今夜も……出るのかな。いやだな」
幽霊か魔物だと、思っている。
怖いから、ソレが目に入ったら、即座に眼を閉じて
「成仏して下さい」
と割合大きな声で言う。
「シロ、側に居て。……マジで怖いんだ」
犬を膝でしっかり挟んでパソコンの前に座る。
(霊に取り憑かれる・お化けが付いてくる)
と検索してみる。
ソレが現れるようになったのはクリスマスの後からだ。
時期的に、京都の古井戸が怪しい、と思っていた。
あの井戸は、恐ろしかった。
じぶんには霊は見えなかったが、禍々しい気配だけで、ゾッとした。
「シロ、あの時に憑いてきたと思う……お祓い、したらいいのかな」
でも、幽霊なのか、何なのか、分からない。
<着物>は総絞りで精巧な刺繍が施してある。
高級すぎる感じも、何だか怖い。
「怖いけど、どうして出るのか、聞いてみるしか無いな」
まずは、魔物か幽霊か、確かめなければ。
背後に、
気配を感じた。
さらりと、袖が肩に触れる。
後ろに、立っている。
「あの……座って話しませんか?」
聖は、隣の椅子を指差してみた。
マユの椅子だ。
ずっと同じ場所に置いたままだった。
ソレがゆっくり移動する。
隣に座っている。
半分透き通った白い指が、見える。
綺麗な、人間の手だ。
(化け物じゃないかも)
セイは恐る恐るソレの顔を見た。
同時に、
「セイ、」
と呼ばれた。
「うそ、いやホントだ、ホントにマユだ」
「セイ、やっと話しかけてくれた、ずっと、ずっと呼んでいたのに」
二人は早口で喋り会う。
「ねえ、私どうしたの? いつからか、この部屋にずっと居るのよ。なにがあったか教えて」
「……ずっと、ここに?」
「そう。見た事も無いドレスに着物……どうして?」
マユは白いノースリブのドレスで、
振り袖をガウンのように羽織っていた。
ドレスはフワフワしていて、一見ファーのようで、よくみると羽毛を編み込んだ生地だった。
「あ、もしかして」
<白いオウム>が関係していると思う。
ワン、とシロが短く吠える。
(シロがくれた骨……山に残っていたマユの……)
と推理する。
では着物は?
マユだったと分かれば、母親が棺に入れた死装束だと察しが付いた。
「何から話せばいいかな。色々ありすぎて……」
聖は、山で遺骨が発見された時からの、全部の出来事を話した。
(君は死者と口にするようなもので、辛かったが)
マユは、悲しい表情は見せなかった。
本当の名前は雪菜だと知って、
「本当の両親じゃなかったんだね。なんだか凄い話。それで? 本当の山本マユは古井戸に?」
興味深げに、興奮して、話の続きを急かせた。
「遺体はあったよ。幼稚園の帽子を被っていた。君の帽子をね。間違えて自分の娘を井戸に落としたのだと……。覚えてないよね」
「……ええ。何も覚えていない」
「これが、君の生まれた家……本当の両親」
パソコンに取り込んだ画像を見せた。
「京都、なのね」
「そう」
「お母さんは君にそっくりだよ」
「そうなの……ああ、でも覚えていない」
「そうだよね(何も覚えて無い方がいいかも)」
「父も母も事故で死んだのね。……身代わりで殺された子は可哀想だね」
マユは、
自分の身の上ではなく、他者を思い涙ぐむ。
「私だけ、何も知らないまま……幸せだったのね。父も母も、いつだって優しかった。とても大切にされていた」
「……それなら、良かったよ」
聖は心から、そう思った。
「私だけ、幸せだったなんて、申し訳ない気がするわ」
マユには、自分が被害者だという思考は無いらしい。
「申し訳なく、ないよ」
「……でも」
二度と会えないと諦めていたのに、
今、マユが隣にいる。
自分は嬉しくて幸福なのに、マユを悲しませている。
何か、話題を変えないと。
でも、何を話せばいい?
困っていたら、着信。
結月薫からだ。
話の流れを変えるチャンスだ。
「カオル、どうした?」
スピーカーにしてマユにも聞かせる。
「セイ、夜分にゴメン。とんでもなくミステリーな事件や……知恵を貸して欲しい」
「とんでもなく、ミステリーか」
聞いているマユの瞳が輝く。
「ニュース見てないか? 池にティンカーベルが浮いていた事件や」
「はあ? ……池に、ティンカーベル?」
ティンカーベルって?
ピーターパンにでてくる、ちっちゃい羽根があるのしか、
思い浮かばないんですけど?
「それや。幼稚園の発表会でピーターパンの劇をしたんや。ティンカーベル役の子が、衣装着て、池に浮いていた。……溺死やな」
「なんだ、それじゃあ、」
事故じゃ無いの?
ティンカーベルって
たまたま、その服だっただけ。
幼児の水難事故、じゃないの?
すっと、興味が薄れた。
「ティンカーベル役の子は4人や。シーン事で替わるわけ。
その4人が、池に浮いてたんや」
「よ、に、ん?」
真冬の池に、
ティンカーベルの衣装を着た小さな女の子が
四人浮かんでいる。
緑色のドレス
青い羽根
アップにした髪。
小さな足……。
頭に浮かんだ光景に、身体が震えた。