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色彩世界

作者: 阿賀沢 隼尾

 今日は七夕祭りの日。

 ユリちゃんやリーちゃんには悪いけれど、今日はおねぇと一緒に行くことにしているから。


 毎年、この七夕祭りはおねぇと行くのが恒例になっている。

 夜の七時。


 外がかなり暗くなった頃、おねぇが私の部屋に来て、

「ローズ。そろそろ七夕祭りの準備をするにゃよ」

「分かったにゃ。今行くのにゃ」


 居間に行くと、浴衣が置かれてあった。


 お姉ちゃんは水色と白色の浴衣を着ていた。

 細身のお姉ちゃんの身体を優しく包み込んでいる。

 とっても綺麗な姿をしていた。

 ――――清廉されたその姿。


 水の妖精のようだ。


「うちっていつも浴衣にゃよね。他の民族衣装とか無いのにゃ?」

 姉のボタンはぷくっと頬を膨らまして、

「何? 浴衣じゃ不満なのにゃ?」


 そ、そういう事じゃないけどにゃ……」

 今年で16歳。

 おねぇが私と同じ歳に着ていた着物を着る時が遂に来たというわけじゃ。


 サイズを測ってみる。

 丁度いい感じだ。


「あ~あ。ローズも私と同じで胸は育たなかったかぁ。残念なのにゃ」

「う、うるさいうるさいうるさいのにゃ。もう!! おねえちゃんったら!!」

「ふふふっ♪」

 ぽこぽこお姉ちゃんの胸を叩く。


「ほら、動かない。前を向く。動いたら浴衣乱れちゃうのにゃ」

「むう!!」

 ふくれっ面になって前を向く。

 だって、お姉ちゃんが私をからかうから……。


 そうこう話しているうちに、着付けが終わった。

「ほら。こんな感じでどう?」

 お姉ちゃんはそう言って、立ち鏡を私に見せる。

「おおぉぉぉ」

 思わず歓声が零れる。


 ――――紫を基調とした浴衣。

 所々にピンク色や水色など女の子らしい表現も混ざっていて、少女らしさを残しつつも、ミステリアスな雰囲気を様々な豊かな紫の色彩が美しく出演させている。


「ほら。良く似合っているにゃよ?」

 そう言って、ぎゅっと真っ白な肌の腕で抱きついてきた。


「お姉ちゃん暑苦しいのにゃ。離れて!! せっかくの浴衣が着崩れしちゃうのにゃ」

「あ、ごめんごめんにゃ。でも、ウチの妹って改めて目茶苦茶可愛いなって思って……」

「そ、そんな恥ずかしいこと言わないでなのにゃん!!」

「ふふふ♪」

 手に唇を当ててクスリと笑う。


「それじゃ、行くにゃんよ」


 **********************************************

 **********************************************


 今日は妹と久しぶりのデート。

 しかも、七夕デート。


 私が毎年楽しみにしているイベントの一つだ。


 二階にいる妹のローズを呼んで、着付けをする。

 ああ、可愛い。

 さすが、私の妹。


 可愛すぎて思わず抱き締めちゃった。

 なんてふわふわな肌なんだろう。


「ほらほら、行くよ。ローズ」

「ま、待ってよ。お姉ちゃん」

 妹は子犬みたいにテクテクと付いてきた。

 なんてかわいいんだろう。


 この頭からは生えた獣耳と、背中まである濡烏色の綺麗な髪。

 155cmほどの小さい体。


「ほら、行くよ」

 そう言って、妹の手を握りしめる。

「お姉ちゃん。もう高校生なんだからこんな事やめてよ」

 妹は拒否する意思を見せるけれど、ぎゅっと手を握り返してくる。


 町の真ん中にある大通り――――フェアリー通りに行く。

 既に人が集まっており、準備も殆ど完了しているようだ。


 屋台もフェアリー川の端から端までずっと続いている。


 焼肉、お面、射的、ラーメン、金魚すくい、うどん、焼肉、いちごあめ、りんご飴――――。


 美味しそうな屋台の匂いがプンプンする。

 祭り独特の匂い――――。


 腕時計を見て時間を確認する。

 20時10分。

 七夕祭りまでは少し時間がある。


「ねぇ、何か欲しいものある? 七夕祭りまで少し時間があるから何か欲しいものがあったら買ってあげるにゃんよ?」

「い、いらないにゃんよ。もう!!」

 ぷいっ、とそっぽを向く。


 そんな仕草も可愛い。

 そっぽを向いた顔をツンとつつく。


「むう!! もう、なんなのなにゃ。お姉ちゃん!!」

「うふふ♪ ローズったら、ぽっぺたを紅くしちゃって。可愛い♪」

「もう。お姉ちゃんは……」

 嫌々な仕草は見せてくるものの、本心ではそれ程嫌とは思っていないっぽい。


「ねねね、ローズは何を食べたい?」

「もう。そんなにべとべとくっつかないでよお姉ちゃん」

「だってぇ……」

 妹の腕に両手を絡める。


 まるで、恋人みたいに。

 胸の鼓動が止まらない。

 少しずつ、少しずつ大きくなる。


 身体中に流れる血液が増加し、体温が高くなる。

 今、私の顔は真っ赤だろう。


「そ、それじゃ、あれ買おう。あれ」

 適当に指を指す。


「え? あれ? お姉ちゃん、アイスクリームを食べたいの?」

「え? あ、うん。そうそう。アイスクリームを食べたい」

 適当に指を指しただけだけど。

 まあ、それでもいいか。


 買ってみてもいいかもね。


「おじさん。バニラ味を一つ」

 店主に近づいて、バニラアイスを頼む。


 一つにしよう。

 そうすれば、妹と――――。


「ほら、食べよ。ローズ」

「え? これ、お姉ちゃんが食べるんじゃないのにゃ?」

「違うにゃんよ。ローズも一緒に食べるのにゃんよ」

 そう言って、一番先の所をぺろりと舐めとる。


「ほら」

 ローズの方にアイスクリームを向ける。

「ローズ、バニラ味好きだったでしょ?」

「そ、それは昔の話で今はそんなに……」


「本当に?」

 ローズの方にアイスクリームを向ける。


 ローズは、ごくり、と唾を喉に通す。

「ほら。ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら」

「もう。分かった。分かったから……」

 彼女は、真っ赤な舌を出して白い生クリームを舐めとる。


 ふふふ。

 心の中でほくそ笑む。


 これで、間接キッス完成。

 ふふふ。


「あ、これ美味しい」

「でしょ?」


 ローズの目が光った。

「もっと、頂戴!!」

 パクリと、アイスクリームにかぶりつく。


「ああっ!! わ、私の分は!?」

「そんふぁのありまふぇんふぇ(そんなのありませんにゃ)」

 パクパクパクパク。


 あっと言う間にアイスクリームが無くなっていく。

 ほんと、素直じゃないんだから。


 でも、可愛い。

 まるで、小動物みたい。


「ほら、始まるよ」

 川に注目する。


 すると、銀色に川が光っていた。

 幻想的に。

 美景な。


 その風景に私達は――――いや、その場にいる人々は目を奪われた。


 本物の天の川のように、一つ一つの水滴が光の源となって光っている。

 何の魔術を使っているのかは全く分からないけれど……。


 上流の方から、太鼓を叩く音が聞こえてくる。

 空気を揺らし、魂を揺さぶるその情熱的な音は、その場にいる私達の気分を高揚させた。

 提灯の付いた木で造られた船がゆっくりと川の流れに沿って上流から下流へと流れる。


 子供たちは船の後ろから紅色の光を薄い膜に包んだ球を川へと流す。

 その球には色んな色で彩られていて見ていてとてもきれいで、カラフルだ。

 ――――魂流し。


 今日は、先祖の魂が帰ってくる日。

 この祭りはその魂を町のみんなで見送るのだ。

 温かい。


 みんなの気持ちが、「ゆっくり休んでね」と、「また、会おうね」という気持ちがこの場に集まっている。


 この白き星屑の一つ一つは人の魂らしい。

 船が死に行く魂たちを、現世から黄泉へ帰る人々を先導していく。


 船に乗っているのは、教会のシスターや死霊術使い(ネクロマンサー)達だ。


 隣にいる妹の手が私の左手を握る。


「あそこにお父さんやお母さんもいるのかにゃ」

 少し、悲し気で寂しい声だった。


「もちろんにゃ。ほら、私達もお父さんとお母さんを見送らにゃいと」

 私と妹のローズとで魂球(こんたま)を一つずつ片手に持って上流の方へ行く。


「ほら、怪我しないようににゃ」

「うん」

 二人で手を繋いで人ごみの中を搔き分けて進む。


 これだけは姉妹二人でやると決めていた。

 このイベントだけは妹とやらないといけなかった。


 これは、私達5年間ずっと続く暗黙の約束だった。


 人混みを抜けて、橋の手すりの近くまで行く。

「ほら、流すよ。ローズ。お父さんとお母さんにお別れの挨拶を言った?」

「うん。また、来年来てね。パパ。ママ」


 また、来年。

 この日が来るまで。


 魂球(こんたま)は風に揺られて、ぽとりと水面上に落ちた。


 私達の七夕。

 私達の織姫と彦星――――。


 妹の手に力が込められる。


 ああ。

 まただ。

「ほんと、泣き虫ね。ウチの妹はにゃ」

「泣き虫じゃないもんにゃ」

 そう言う彼女の顔はしわくちゃの紙みたいになっていた。


 ほんと。

 こりないなぁ。


 手に持ったバッグから、ハンカチを取り出して妹のしわしわの顔に拭いてやる。


 お父さん。

 お母さん。


 私達は元気だよ。

 姉妹でふたりとも仲良くやっていくからね。


 白銀に光る川の中で、二つの魂は黄泉の国へと導かれて行ってしまった。


 また、来年に。

 絶対会おうね。


 妹にばれないように小さく手を振る。

 その手には、どこから降って来たのか、小さな雫が数滴付いて冷たかった。









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