1年半
約1年半ぶりにあの子と顔を合わせる。
不安なような、気まずいような、苦しいような…
でもそれ以上に嬉しくて仕方ない自分に笑いしか出ない。
どんなことを話せば良いのか、そんなこともわからないけど。
2年前、人生を変えたいと思った。
遅くまで働いて、帰って寝て、起きてまた仕事に行って。
土日もお客さんから連絡の電話がかかってきて応対する。
残業代は払われずに、ボーナスは良かったけど、働いている時間に見合っていないという感覚があった。
何よりも週に何回も同じメンバーで飲みに行くのが嫌だった。
お酒は嫌いではないが、週に何回も夜遅くまで、次の日に仕事もあるのにわざわざ仕事の愚痴を聞きに飲みに行くのは御免だった。
今思えば大して大事な仕事もできていないのに、見合うも何もないだろうと思うが、この生活を抜け出したいと思った。
一生この仕事をしていくのかという不安もあったと思う。
情報を探してこれだと思ったものを見つけて、突っ走って副業みたいな形でビジネスを始めた。
全然うまく行かなくて、実績もあってないようなものだったけど。
独立したらうまくいくと決めて会社を辞めた。
そのときに4年間付き合っていた彼女に事後報告みたいな感じで伝えたら、
「辛そうだったもん、いいんじゃないの」
と返事をもらって理解してくれたと思った。
絶対にビジネスをうまく軌道にのせて、それで彼女を幸せにしようと舞い上がっていた。
幸せだった、全部うまく行っていると思っていた。
ただその一方で、「お互いに無理だと思ったらバンドを解散しようぜ」という彼女の言葉は本気で捉えていなかったけど。
独立して少しずつ、段々と彼女の反応が薄く、鈍くなっていっている感覚はあった。
その時期に彼女は大事な試験を控えていたから、そのせいで余裕がないんだと思っていた。
試験が終わったら盛大にねぎらってあげよう。
その時までに自分も全力で仕事に打ち込もう。
そんな風に考えていた。
楽観的だった。
自分だけは。
大学のときに同じサークルだったメンバーと夏に集まった。
自分も彼女も同じサークルのメンバーで、それがきっかけで大学時代に付き合い始めた。
久々に合う友人たちと、馬鹿みたいに騒いだ。
昔に戻ったような気持ちだった。
彼女のいないところで「結婚とかどうするの?」とか友人に聞かれて。
「まずは仕事を形にしてからかな」とか答えてたと思う。
ずっと付き合っていられることが普通だと思っていたから。
きっと同じことを聞かれていたんだろうな。
あの子はなんて答えていたんだろう。
楽しい旅行を終えて、日常に戻って数日。
突然彼女から直接会って話せないかというメッセージが来た。
不安を感じてすぐに電話をかけた。
冗談かと思って「別れ話?」と聞いたら
「うん」と返答が来た。
全部が真っ白になった感覚がして、理由を尋ねた。
先が見えないって。
自営業というのが不安だと。
よく覚えていないけど色々説得をしようとして話したと思う。
完全に泣いていたと思う。
電話越しだったけど、彼女にも伝わっていたと思う。
でも彼女の答えは変わらなかった。
「どうしても無理なの?」と聞いたら、「今のところは」と返ってきた。
何も言えなかった。何を言えばよかっただろう。
今でもわからない。
独立して別にすごくうまく行っているわけでもないのに、自分はすごいと思っていた。
この歳で独立している男なんてそうはいないって。
絶対に稼いで成功してやるって思っていた。
どうしてあのとき会社員に戻るという選択ができなかったんだろう。
こんな思いをするくらいなら、そんなプライド投げ捨てればよかった。
あの子のことを「元カノ」と呼ぶ日が始まった。
そんな日が本当に来るなんて、全く思ってなかった。
数日間は現実と夢の区別がつかなかった。
ふわふわしているような、現実じゃないような感覚だった。
全部夢で明日起きたら全部元に戻っているんじゃなかとも思った。
ただそんなことは全く無くて、普通に毎日が過ぎた。
最後にメッセージを送った日がだんだんと昔になって、
連絡を取らない日が今までではあり得ないくらい過ぎた。
段々と別れたんだという実感が出てきた。
出てきてしまったという感覚だった。
ああ、別れてしまったんだなって思った。
どこに行っても何をしていても
「ああ、ここあの子が好きそうだな」とか、
「写真を送ったら一緒に行こうとか連れてけとか言い出すかな」とか。
そんなことばかり頭に思い浮かんで。
でもその度にもう二度とそんなことはないと気がついて。
そう思ったら涙が出てきた。
本当に涙が止まらなかった。
楽しいことをしていても、その度に彼女のことが脳裏にちらついた。
こんなに苦しいことってあるんだって思った。
失恋ソングを聞いたときとか、カップルを見たときとか、彼女の名前に近い文字を見てしまったときとか。
忘れることなんて無理だった。
好きで大切で、どうしようもなかった。
もうどうにもならないのに。
それをメッセージや電話でも伝える勇気もなかった。
もう一回直接話そうとなんて、全く考えられなかった。
否定されるのが怖すぎたから。
忘れなきゃって、ずっとプライドが邪魔で話せなかった。
今もそうだけど。
仕事で遠くに行くきっかけが来て、迷わすその話に乗った。
会おうと思えば会えてしまう距離にいることが辛かったから。
遠くに行って新しい生活を始めれば忘れられるって。
もっといい人に、自分のことを受け入れてくれる人がいるかもしれないと思った。
それから早いもので、もう一年が経つ。
この街にもだいぶ慣れて、新しい知り合いも、友達もできた。
仕事も忙しくなって、出費が増えてお金は貯まらないけど、それでもビジネスマンとしてはかなり成長できたと思う。
充実している。
それでも彼女のことだけは忘れられなかった。
たまにメッセージのやり取りができると嬉しくて仕方がなかった。
返信が待ち遠しくて、でも来たメッセージにすぐに返すと待ってたのかと思われるかな、とか。
もうちょっと経ってから返そうかな、とかそんなことを考えて。
気持ち悪いなって自分でも思う。
こんなにあの子のことが好きなくせに、自分で歩み寄る努力を全くせずに機会が来ることだけを待っている。
臆病で、逃げ腰で、プライドが高くて、勇気がない。
自分から近づいて傷つく勇気が持てない。
そんな生活が続いて、大学のサークルメンバーで行く旅行の予定が近づいてきた。
あと2週間で、約1年半ぶりに顔を合わせる。
何を話せばいいのか、どんな顔で話せばいいのか、怖くて仕方ない。
全然考えがまとまらない。
何を伝えればいいんだろう。
何を話せばいいだろう。
もう新しい彼氏ができているかもしれないし、結婚とかそういう話も出ているかもしれない。
どんな顔をして、どんな自分で話しかければいいんだろう。
つい1年半前まではこんなことで悩んだことなんて一度もなかった。
そんな思いがここ最近はぐるぐる続いていて、色んなことが手に付かない。
それでも会えることが嬉しくて楽しみで仕方がない。
どんなに準備しても絶対に意味ないんだろうなってわかってしまうくらい。
もう笑いしか出ない。
笑いも出ない。
どんだけ好きなのだろうか。
うじうじして、振られたことを吹っ切れない男にはなりたくないと思っていた。
そんな女々しい男はだめだと思っていたけど、俺はそんな男だったらしい。
会った瞬間に泣きそうでちょっと怖い。
でも今あの子からキャンセルの連絡とか来たら超絶へこむと思う。
行く楽しみが10分の1くらいになるだろう。
ああ、もう本当に不安で不安で仕方ないけど
早く会えないかな。
何を話そうか。