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第一章 第四節「フロントマン」

 黒猫が如月創きさらぎ そうの胸から抜け出して、フロアに飛び降りる。その俊敏な動きは野生を忘れたわけではないことを語っていた。絨毯を駆け抜け、今しがたロビーに入ってきたばかりの少女の胸に飛び込んだ。彼女は瞬間驚いた顔をするが、直ぐに冷静さを保って、黒猫を胸に抱きかかえた。


「あら。黒猫さんですか。珍しいですこと」


黒猫は彼女の胸に収まって、安心でもしたかのように甘え声をあげた。


ミャー。ミャー。


「さてと。この子の保護者はどなたかしら」


彼女は黒猫が走ってきた方角をたどって如月創と目を合わせた。如月創は軽く会釈を返す。彼女は黒猫を抱き抱えたまま一人でズカズカとフロアを歩き出す。東洋の美少女が現れたことでロビーにいた人々に華やいだ雰囲気が広がる。彼女は如月創のところまで真っすぐに進むと、彼と対じした。


 腰まで長く伸びた黒髪はよく手入れされており、跳ねることなく、シャンデリアの灯を受けてツヤツヤと輝いている。前髪は眉の所で真っすぐに切りそろえられ、少し上を向いた意志の強そうな眉毛がのぞいている。奥行きの少ない卵型の小さな顔に小さな鼻と唇、大きめの黒い瞳が二つのっていた。彼女は如月創の女の子のような顔を好奇心丸出しの瞳で見つめる。彼女は口角を少し上げて社交界向けに訓練された笑顔をつくる。細くしなやかな指先で胸に抱えた黒猫を示す。


「この子。キミの子かしら?」


如月創は笑顔を返した。


「どうやら、そうらしい」


フロントマンが口をはさむ。


「おかえりなさいませ。麗華れいか様。ペントハウスのカギをこちらに。お荷物はいつものようにお部屋に入れてあります」


そう言って、プラチナ色に輝くカードキーをカウンターに乗せた。

彼女はカードキーの横に積まれた100ドル紙幣の束を見つめる。


「彼、何か問題でも?」


何を見ても聞いても動じなそうなフロントマンの顔色がはじめて鈍る。如月創はフロントマンの顔を見て、それほどの客かと関係を理解した。


「はい。こちらのお客様もペントハウスを望まれてまして」


フロントマンは隠すことなく丁寧に彼女に告げた。


「そう。なら丁度いいわ。彼にも同じキーを渡してあげて。彼は私のゲストです。それと、そのお金。カジノのチップに変えておいて」


「これ、全てですか?」


フロントマンはさすがに慌てた。厚さ約6cm。およそ6万ドル。日本円に換算すると約600万円。彼の年収の半分を占めていた。大人ならいざ知らず、子供がカジノで遊ぶにはあまりにも大金だった。彼女はフロントマンにかまわず、如月創の方を向いて言った。


「それでかまわない?」


「ええ、どうぞ」


如月創は顔色一つ変えずに笑顔を保って答えた。彼はスーツの内ポケットから、さらに100ドル紙幣の束を一つ取り出してフロントマンに手渡した。


「お礼のチップがなくなってしまったので。チップは現金でよろしですか?」


フロントマンは顔をほころばせる。とんだ上客が舞い込んだものだ。ここ近年、高級ホテルで大枚をはたく上客はアメリカ人でも減ってきている。未だにチップを給料の一部とみなしているオーナーのおかげて、彼の収入は減る一方だった。出元が不明の大金に不安を抱いていたが前島財閥の一人娘である前島麗華まえじま れいかの連れと言うことなら何が起きても後で何とでも言い訳できる。


「いえ、喜んで。ご要望がございましたら、何なりとお申し付けください。ご希望とあればビジネスジェットでも何でも手配します」


如月創は、フロントマンがプライドを持って受け取りを拒むことを少し期待した。しかし、彼の中に腹黒い欲望が目覚めたのを確認して、欲望が人間の行動の原点であることを再認識した。如月創は前島麗華と共にチェックインカウンターを後にしてエレベーターホールへと向かった。

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