第十一章 第三節「償う時間」
「どうやら人違いだったようだな。奇妙な能力を持つ者はこっちの青年のようだ」
ベッドの上の老人は枕の下から拳銃を取り出して吉澤栞里に向けた。銃口が横に動いて吉澤栞里を抑え込んでいる黒ずくめの男の頭をとらえた。
「ばかもんが!わしに恥をかかせおって」
老人は怒鳴り声を発すると、迷うことなく引き金を引いた。
パーン。
日本庭園に拳銃の発射音が響きわたる。
バシュ。
男の目の前で弾は煙となって消えた。
「ほお。これはけったいな能力だ。青年よ。おまえのしたことか」
老人はゆっくりと首を動かして天乃解の方に向き直る。
「わしの病気がわかるか?」
「ええ、末期ガンです。全身に転移していますので、もってここ数日です」
「そうか。わしの体を治せるのだな」
老人は先ほどとは打って変わって、やわらかい表情を天乃解に向けた。天乃解を追ってきた組員達が、彼の頭に銃を向けてかまえている。天乃解は表情一つ変えずに答えた。
「ええ」
老人は急に笑い出す。
「ふっははは。これは滑稽だ。久しぶりに笑ったわい。では、治してもらおうか」
鋭い口調にかわり、天乃解をにらむ老人の目に光が宿る。組員たちが拳銃を握ったまま天乃解に近づく。
「お望みなら」
天乃解はさらりと答えた。
「ちょっと。解君。何、言っているの!」
吉澤栞里があきれて声を上げる。
「こんな人たちがいるから。おびえて暮らす人がいるのよ!」
「命は命です」
天乃解は老人に向けて手をかざした。老人の体の中に広がっていた黒い霧のようなものが消えていく。それと同時に老人の目の前の日本庭園とそれを取り巻く塀、重厚な古い屋敷の屋根や壁が空気に溶けるかのようにして消えた。
「なっ。なんだ」
さえぎる物を失い、太陽の強い光に老人はさらされた。老人は慌ててあたりを見まわす。何一つ無くなった屋敷の周りは、何十人もの警官隊によって取り囲まれていた。
老人も組員たちも拳銃を隠す暇がない。天乃解は老人に向かって告げた。
「お望み通りガンは治療しました。うまくいけばあと四、五十年は生きられるでしょう。罪を償う時間がたっぷりできましたよ」
老人も組員たちも力なく肩を落とすしかなかった。




