第十章 第三節「育て人」
吉澤栞里は捨て子だった。彼女に家に何度か遊びに行って高木彩佳はそのことを知った。彼女の家でトランプ遊びをしていたら日が暮れていた。
「彩佳ちゃん。もう暗くなったよ。危ないから送っていく」
星崎大貴が吉澤栞里の部屋のドアを開けて言った。
「うん。じぁ、帰る」
二人は山道を並んでおりた。山の夜は早い。外はまだ夕焼けの時刻だったが、うっそうと茂った木々に光がさえぎられて、まるで夜のようだった。
「いつも栞里と遊んでくれてありがとう。転校早々、友達ができて安心したよ」
「栞里ちゃんのお父さんとお母さんはどこにいるの」
高木彩佳は好奇心から、ついつい聞いてしまった。
「・・・」
星崎大貴は急に目を吊り上げて彼女に襲いかかった。
「いいか。栞里に近づくな!」
高木彩佳は小学生とは思えない素早さで、彼の手を逃れて飛び退いた。距離をとって星崎大貴の様子をうかがう。手には既に木の枝が握られている。彼女は尖った枝の先を彼に目に向けて飛んだ。星崎大貴は手のを上げてそれを防いだ。小枝は彼の右手の平を突き抜けて止まった。星崎大貴は顔をひきつらせながら刺さった小枝を引きぬいた。赤い血が流れ出る。
「守り人なのか?」
「いつからそうなった」
高木彩佳は全身にためた力が抜けていくのを感じた。
「栞里ちゃんと初めて出会った日、学校の屋上で『声』を聞いたの。『守り人』になれと」
「そうか。キミが『守り人』なのか」
星崎大貴は右手を押さえながらため息をついた。
「わるいことをした。あやまらせてくれ」
星崎大貴は小学生の高木彩佳に向かって深々と頭を下げた。その後、星崎大貴が語ったことは、まるで童話そのものだった。
「俺が27歳だったときのことだ。軽いピクニックのつもりで彼女と山歩きに出かけた。激しい雷雨に襲われ、あちこちで土砂崩れが起きた。道は川となって流れ、行き場を失った俺たちは古ぼけた神社を見つけて雨宿りした。初夏だというのに気温がどんどん下がっていき、ずぶ濡れの二人の体力を奪った。朝、目覚めると俺の横で彼女は冷たくなっていた」
彼は一度、天を見上げて続けた。星崎大貴の瞳に涙がたまっていることを高木彩佳は見逃さなかった。
「俺は泣き叫んで神を呪った。その時、朝焼けの空から赤ん坊がふわふわと降りてきた。その姿はまるで天使のようだった。空から『声』が聞こえてきた。彼女、吉澤栞里を育てろと。迎えがくるまで。そして俺は『育て人』となった。『声』は時が来たら『守り人』を使わすと言った。キミがそうだったか」
「はい」
「いつからそんなことができる。俺を殺す気だっただろ」
「・・・。知らない。体が勝手に動いたの」
高木彩佳の体はブルブルと震え出した。




